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第二十五話

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サロンから離れていく友人の後ろ姿に困惑してアルヴィスは前を歩くエヴァンに声を掛ける。

「おい、エヴァン。こんなにサロンから離れる必要がある程不味い話なのか?」
「ああ、フィーにはまだ聞かれたくない」

ちらり、と振り返ってそう答えるエヴァンにアルヴィスは背中に嫌な汗が伝う。
ああ、嫌だ。自分の嫌な予感は当たるんだよ、と胸中で毒づくとサロンからある程度距離が離れた場所でエヴァンが足を止める。
予め人払いしていたのか、公爵家の廊下には人の気配がまったくない。

エヴァンは廊下の壁に自分の背を預けると、唇を開いた。

「──思ったよりあの女、厄介そうだぞ」

おもむろに話し始めたエヴァンに、アルヴィスはラビナ・ビビットの事か?と問いかける。

「ああ、あの女複数の男と関係を持っている。学園の教師、特定の講師を誑かして関係を持っている。······その中で、どうしても一人素性を洗えなかった男がいる」
「公爵家の暗部の追跡を逃れる程の男か?」
「そうだ。身のこなしからして同類だろう、と報告が上がっている」
「何だと······?」

随分きな臭い話になってきた。

ただの馬鹿二人の暴走による婚約破棄騒ぎではないのか。
エヴァンが、公爵家が暗部を使い調べたのに素性が分からないとなると相手も相当な人物だ。
もしかしたら国の上位貴族の雇った人物か。そうなると話は変わってくる。
国を掌握しようとラビナに男を接触させ、第二王子を手中に収めようとしているのであれば今後の動きが大幅に変わってくる。

「どうする?」

アルヴィスの問に、エヴァンはひたり、と視線をアルヴィスに止めるとその問いに答える。

「······公爵家では引き続きラビナとその男の関係性を探るのと男の素性を洗う。それと同時にスロベスト国のシリル皇女と関係を結ぶ方向に動く。隣国との繋がりを強固にしておかねばならない」
「······国が荒れた場合、敵国が攻め入って来る可能性があるからか」
「そうだ。アルヴィスもそのように動いてくれ。学園内には変わらず犬を放っているが今は十分な人数を学園に割けない。周辺諸国へ動向を探らせる為に大半を動かすからフィーを頼む」

友人のその頼みにアルヴィスは頷くと、エレフィナがコンラット王子から呼び出しの手紙を受けた事をエヴァンに伝える。

「今日の帰りに、エレフィナ嬢にコンラット殿下から呼び出しの手紙が送られた。場所は人気の無い来賓室。おまけに一人で来い、とご丁寧に指定して下さっているがどうする?」

アルヴィスのその言葉に、エヴァンは暫し思案するように自分の顎に指先を当てると唇を開いた。

「──あれ、はフィーの体に大層興味を持っている。女性的な成長を見せるフィーに昔から劣情を抱いている素振りは見せていた。······婚約破棄により傷付けた見返りに体の関係を迫って来そうだな、あれにはその事しか頭に無い」

発情期を迎えた猿のようだよ、とエヴァンが嘲笑う。

「それなら、エレフィナ嬢を向かわせるのは危険だよな?無視させるか?」
「いや、待て。······アルヴィス、お前記憶操作は使えたっけか?」

突然の問いかけにアルヴィスは目を見開く。
記憶操作は高度な精神操作魔法だ。他人の精神に干渉する事は国の法律で禁止されている。使用が許可されるのは犯罪者やその予備軍に罪を暴く為等に特例として王家が使用を許可する。
そんな記憶操作を王族に使用しろ、というのか。

「待て待て待て······、一応その魔法は使えるが流石に王家の許可も無く、しかも相手は王族だぞ······!使用出来ない······!」
「─······ならば、ハフディアーノ公爵家として当主エドゥアルド大公から正式に許可を出してもらおう。それならば我が公爵家の一存で押し通す事が出来る」

エヴァンからその言葉を聞いてアルヴィスは低く呻く。
エドゥアルド大公からの許可、となると話は別になってくる。それ程までに事態は深刻なのか。
王族に匹敵する権限をこの場で出されてしまったらアルヴィスは拒否する事が出来ない。

「······それがエドゥアルド大公のご命令でしたらその御心のままに私は動きましょう······」

ぎり、と奥歯を噛み締めてアルヴィスは友人の瞳を見つめ返す。

「······まあ、その時と場合によって"そう"するかどうかはアルヴィスの判断に任せる。ただの発情期の猿だった場合はその場に乱入して止めてくれ······それ以外の、想定外の事が起きたら記憶操作を行ってくれ······後程父上から正式な書状を渡してもらうよう伝える」
「······分かった、想定外の中にラビナ・ビビットが含まれたら?あの女、思っていたより魔法について理解が深いぞ。交戦されたらどうする?やってしまっていいのか?」
「······そうだな、記憶操作を行って構わない。流石にアルヴィスの精神魔法に対抗する程の力は無いだろう」

エヴァンは一つ頷くと、話は終わりだと言うように凍りつくような重い威圧を解く。
は、とアルヴィスは安堵の吐息を零すと強く握りしめた自分の拳からふと力を抜いた。

(エドゥアルド公爵······大公もバケモンだが、エヴァンもその血をしっかり受け継いでるバケモンだな······)

そんな男と友人をやっている自分に自分でも驚く。
普段はそんな気配など微塵も見せず気さくな態度だから忘れがちだが、自分が今相対している相手はあのエドゥアルド公爵の跡継ぎであり、この公爵家を継いでいく男だ。ただのシスコンの男なんかではない。恐ろしい力を秘めた男なのだ。
気さく過ぎる一家に忘れがちになるが、アルヴィスはこの国で唯一公爵でありながら大公としての役割を許可され、王家にも匹敵する権力を持つこの家が国を引っくり返す力がある事を今一度自分の胸中に刻み込んだ。
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