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第二十四話
しおりを挟む以前訪れた公爵家の門前で馬車が止まると、御者が馬車の扉を開く。
アルヴィスは開かれた扉から素早く外に降りると、エレフィナに自分の手のひらを差し出す。
「ありがとうございます」
「いーえ、公爵家のご令嬢にお手を貸すのは当然の事だからな」
にやり、と笑うアルヴィスにエレフィナも悪戯っぽく笑むとアルヴィスの手を借りて地面に降り立つ。
「······さて、頂いたコンラット殿下からのお手紙はお父様とお兄様に報告しようかと思うのですが、アルヴィス様もその方が宜しいですよね?」
「ああ、そうだな。公爵家が王家とどんなやり取りをしているか分からない今、こちらで勝手に判断して動くのは頂けない。判断を仰いだ方がいいだろう」
それでは、そうしましょうか。
と二人話しながら公爵家の邸前まで足を進めて行くと、玄関に差し掛かった所でアルヴィスがエレフィナに向き直る。
「······聞いておきたい。エレフィナ嬢はどこまでやるつもりだ?」
真剣味を帯びた眼差しのアルヴィスに、エレフィナも表情を引き締めると、きっぱりと言い放つ。
「無論、全ての事柄を最後までですわ」
「······分かった」
"最後まで"······誰を最後まで、とは明言しなかったが全ての者達であろう事がわかる。
最後まで、と言葉を濁してはいるが考えうる最悪のパターンを頭の中に思い浮かべてアルヴィスはひやり、と心が冷え付くのを感じた。
慈悲も容赦もない。
不敬となる恐れがある為明言しないだけで、公爵家はそのように動くつもりだろう。
そうでなければ隣国まで引っ張り出す意味が無い。
「さぁ、入りましょうアルヴィス様」
「ああ」
エレフィナが扉に手をかける前にアルヴィスは扉を開けると、エレフィナの後に自分も公爵家へと足を踏み入れる。
踏み入れた先で、まるで二人が帰ってくるのを分かっていたかのようにエレフィナの兄、エヴァンが微笑みを浮かべながら待っていた。
「フィー、今日の学園はどうだった?」
「今日も変わりなく、アルヴィス様のお陰で穏やかに過ごせていますわエヴァンお兄様」
にこにことエレフィナの頭を撫でながら会話をする二人にアルヴィスは黙って後ろを着いて行く。
溺愛している妹との会話を邪魔したが最後、エヴァンがどんな態度を取るか手に取るように分かるアルヴィスはただ二人のやり取りを黙って見守っている。
「そうか、そうか。アルヴィスが学園に行ったかいがあるね。役に立ってるみたいで安心したよ。本当は俺がフィーに着いていてやれれば良かったんだけど······」
「ふふ、ありがとうございますエヴァンお兄様。そのお気持ちだけで嬉しいですわ」
「可愛いフィーの為ならいくらでも学園の校則を変えてあげるからね」
(このまま暴走したら保護者同伴可能、なんて校則を作ってしまいそうで怖いなこの公爵家)
権力と人脈でいくらでもやれてしまいそうな公爵家にアルヴィスは顔を青くする。
(もしくは、エレフィナ嬢の為だけに魔法を学べる施設を作っちまいそうだな)
エレフィナがもし途中で弱音を吐いていたら。
父親と兄に辛い、と気持ちを吐露していたら。
思い浮かべた事を実行していそうな自分の友人にアルヴィスは口元が引き攣るのを感じる。
「さぁ、フィー。いつものように夕食までここでお茶をしていようか」
父上ももう少ししたらこちらに来るから、と言葉を続けるとエヴァンはそこで初めてアルヴィスに視線を向けると口を開いた。
「アルヴィス、少し話したい事があるからこっちへ。ああ、フィーはここにいてくれ。お茶を頼む」
エヴァンはアルヴィスをサロンから連れ出すように扉前まで移動して行く。
扉付近に控えていたメイドに指示を出すと、そのまま扉から外へと出ていく。
アルヴィスは一瞬エレフィナに視線を向けると、エレフィナもこちらを見ていたのだろう。
ぱちり、と視線が絡み合った後ひらひらとエレフィナに手を振られて早く追いかけろと指示される。
エレフィナに軽く頷くと、アルヴィスは扉の向こうに姿を消したエヴァンを追って自分もサロンを出て行った。
その部屋は薄暗く、むわりと空気が澱んでいた。
女はむくり、と上体を起こすと隣で裸で寝ている男の顔を一瞥してつまらなさそうに溜息を吐いた。
何も身に付けていない自分も簡素なベッドから足を下ろして下に散らばった衣服を身につけて行く。
女の動く気配に反応したのか、男が背後で身動ぎするのが分かる。
「──もう帰るのか?」
色に濡れたその声に、女はぶるりと体を震わせると振り向いてその男ににこりと微笑みかけた。
「ええ、もうそろそろ戻らないと親が心配してしまうのです」
「そうか、もう夜になる、気を付けて帰れ」
女は甘えたようにはぁい。と甘い声で答えると、男に近付き唇を合わせる。
「また、魔法を教えて下さいね、今度はもっともっと強いやつがいいです」
「…反動が起きたら面倒くさいからな、追追だ」
まずは制御を安定させろ、と男に背中を指先でなぞられて吐息を零す。
衣服もろくに着ていない姿で撓垂れ掛かると、甘えるように言葉を零す。
「だって、邪魔な女を完全に消したいんですもの。今、新しく欲しい人も出来ちゃったし。早く"そーゆう"魔法を覚えたいんです」
「まあ、素質はあるし時期を見て、だ」
早くお戻り、と背を押す男に女は頬を膨らませると、衣服を身につけていく。
「じゃあ、またお願いします、カーネイル様」
「ああ、またな。ラビナ」
女、ラビナ・ビビットはにんまりと笑むと足取り軽く扉を開けて出て行った。
パタン、と音を立てて閉じた部屋の中。
男は口元を歪ませて静かに声を出して笑った。
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