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しおりを挟む自分の目の前で、ネウスが自分の息子を腕に抱き、エリシュオンと共に出て行く後ろ姿を見詰めていたが、セリウスの視線の先で無情にも扉は閉められ、無理矢理立たされる。
口元を覆う布でまともな言葉も発する事も出来ず、セリウスは同じような状態のシャロンにちらりと視線を向ける。
(こんなつもりじゃなかった──)
あの頃から数年後、自分はこんな状態になる筈が無かったのに、とセリウスはじわりと自分の視界が悔しさと、メニアに対する憎しみで滲んで来る。
メニアが従順に、セリウスとシャロンに従い続ければこんな事にはならなかったのに、と後ろから進むように促され、震える足でゆっくりと足を動かす。
(何処で、計画が狂ったんだ……あの魔の者と手を組んだ事そのものが間違っていたのか……?それとも、シャロンがこの世の者では無い者と何やら契約をした事……?それとも、メニアの精神干渉が解呪されてしまった事から、狂った、のか……?)
あれ程、美しく艶々と煌めいていたシャロンの深い海の色をしていた髪の毛はざんばらに短く切られ、雪の結晶のように美しかったシルバーの瞳はどろり、と濁りきってしまっていて、昔の美しかったシャロンの面影など何処にも無い。
顔を合わせれば、八つ当たりをされるようにシャロンはセリウスを罵り、淑女であったとは到底思えないような口汚さで罵倒された。
(あの、魔の者共がしくじらなければ……!あの魔の者の王と言うネウスが、メニアに目を付けなければ……っ)
メニアの精神干渉が解呪される事無く、今頃はきっとメニアを不幸のどん底に落とせていたのに、とセリウスは呻く。
セリウスとシャロンは、マティアスと他の騎士達に連れられ、何処かの部屋へと通された。
「──罪人、セリウスとシャロン両名をネウス様のご命令の元マーキライト鉱山へと採掘要員として派遣する。これが許可証だ」
「許可証、確かに確認致しました。罪人達を転送致します」
マティアスが懐から取り出した紙を部屋の中に居た人物に見せると、その人物は内容を確認してからちらり、とセリウスとシャロンへと視線を向ける。
赤い瞳にじぃ、と見詰められセリウスは何処か気味の悪さを感じると、その人物から視線を逸らす。
──どん、とセリウスとシャロンが背中を押されて前方へ二、三歩たたらを踏むように躍り出ると、その部屋にいた者達がセリウスとシャロンを取り囲むように配置されていた魔道具に手をかざした。
「……では、罪人を特級刑罰地マーキライト鉱山へと転移致します」
「──むぐぅ……っ!」
特級刑罰地、と言う言葉を聞いてセリウスは咄嗟にその場から逃げ出そうとしたが、魔道具に手をかざしていた者達が魔力を流し込んだのだろう。
魔力に反応し、魔道具が瞬時に転移魔法を発動させる。
その瞬間、眩い光がセリウスとシャロンを包み込み一瞬の内にマティアスの目の前からセリウスとシャロンの姿が消失した。
「──無事に、到着したでしょう。時空の狭間で彷徨わなければ、ですが……」
「ああ……だが、母さんが開発した魔道具だからな……。大丈夫だろう」
「そうだと良いですね……。時たま……極偶に、ですが転送魔法が上手く働かずにあちらに到着しなかった、と言う報告が上がるものですので……」
「あー……あの二人にとってはどっちの方が幸せだろうな?鉱山で働くか、時空の狭間を永遠に彷徨うか……まあ、どちらにしても地獄には変わりない」
マティアスは冷たい声音で呟くと、ぺこりと頭を下げるその部屋の者達に軽く手を上げてその部屋を後にした。
部屋を出て、廊下を歩きながらマティアスは考える。
「ネウス様には特に指示はされていないが……ネウス様達に合流するのはなぁ……」
嫌そうにガシガシと頭を搔くと、マティアスはネウスとメニアの居住区画のある方向へと視線を向ける。
「──きっと、あっちの国からはまたメニアさんを巡っての外交が繰り広げられているだろうし……あの殺伐とした空気の中に途中から入るのは嫌だし……メニアさん達の所に行こうかな」
未だに、メニアの生国であるアリティネイア国は、メニアを諦めきれてはいない。
何かしらの理由を付けて、メニアの聖属性魔法をアリティネイア国で怪我に苦しむ者達に使用して欲しいと考えているのだ。
だが、メニアはもう既に他国の国王の妃となっている。
だから、そこでいつもメニアの家、ハピュナー子爵家が同席して国同士としての外交役として取引を行っている。
メニアはアリティネイア国には派遣しない、だがメニアが発動した治癒魔法の籠った魔石を聖寺院へ年に一度送っているのだが、その回数増やすか、もしくはメニア自身を聖寺院に派遣して欲しいと友好国としてアリティネイア国は交渉しに来ている。
それ程までに、国で怪我人が続出しているのは国のあちらこちらで一年前からちょっとした暴動が起きているからだ。
メニアの一件で、セリウス達の口車に乗りメニアの悪評を広めた貴族は、漏れなく処罰を受けた。
爵位を王家に返還した家もあれば、取り潰され、平民へと身を落とした者も居る。
そのような者達が今の王政に異を唱え、小さな町に身を隠し私兵を募っている。
その情報を掴んだ国の上層部は、騎士団を派遣して一つづつ対処してはいるが、町や畑を荒らされ、作物も実らなくなった土地に住む住民達が不満を覚えて時々暴動を起こす。
今はまだ大きな騒ぎになってはいないが、時が経つにつれて、小さな小さな漣はやがて大きな嵐となって国を襲うだろう。
「──ふん。巻き込まれるのは真っ平御免だからなぁ……」
マティアスは小さく呟いて、廊下を進む足を早めた。
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