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しおりを挟むネウスの唇から告げられた言葉に、周囲は水を打ったかのように静まり返った。
しん、と裁きの間が静寂に包まれた事にネウスは緩慢な動きで玉座から腰を上げると、壇上からゆっくりと降りて行き、裁きの間の中央付近で捕らえられているセリウスとシャロンの元へと向かっている。
ネウスの向かう先が分かったメニアは、ハラハラとネウスに向かって声を掛けるが、ネウスは片手を上げただけでメニアに返事を返すとセリウスとシャロンから少しだけ距離を取った場所に静止した。
「──ネウス、殿?」
この国の国王であるヘンリーも、突然のネウスの行動に動揺しているのだろう。
戸惑い混じりの声音でネウスへと声を掛け、ネウスがどんな行動を取るのか、と固唾を飲んで見守っている。
周囲に居た貴族達は、ネウスを恐れてだろう。
中央付近に居た貴族達はネウスが近付くにつれて後退しており、裁きの間の中央はぽっかりと不自然な程人の居ない空間が出来上がってしまっている。
ネウスの接近に、セリウスはダラダラと背中に冷や汗を流してこの場から逃げ出したい衝動に駆られたが、自分の背中に体重を掛けて押さえ付けている騎士がいる以上、逃げ出す事など出来ずただネウスから必死に顔を逸らした。
セリウスが顔を逸らした先で、シャロンも青白い顔をしてネウスから自分の顔が見えないように必死に自分の顔を俯かせているのが見えてしまい、セリウスはこのような場ではあるが些か呆れてしまう。
あれ程、自分が召喚した人外の存在に懇願する程ネウスと言う男を欲していた筈なのに、シャロンは「魔の者の王」である事を知った瞬間、ネウスを恐れ、自分から意識を逸らしてもらおうと静かに俯いている。
だが、今更俯いていたとて遅い。
執行官から読み上げられたセリウスとシャロンの罪状は全て自分達に身に覚えがある事だ。
そして、先程ネウスが口にしたメニアのハピュナー子爵家を窮地に落とそうと、「こうなる前」に手配していた。
金で雇った者達を使い、王都中にメニアを偽の聖女だと流布させ、自分達の両親に魅了の魔法を掛けて書類を無理矢理通させた。
自分達の両親は、その事すら覚えていないだろう。
魔の者の魅了は、それ程に強力で、掛けられた人間に違和感を覚えさせない。
セリウスがぐぅっ、と唇を噛み締めて何も言葉を発さないでいると、近付いて来ていたネウスが唇を開いた。
「──こいつらに協力した魔の者を参考人としてこの場に召喚する。子爵家の事にこの魔の者がどれだけ関わっているか、確認しようじゃねえか」
ネウスがそう言い放つと同時、ネウスの体から黒い魔力がぶわり、と膨れ上がり誰も居なかった場所に突然男が姿を表した。
どしゃり、とバランスを崩して裁きの間の床へ体を投げ出す男と、その男の後ろにもう一人男性が立っている。
突然その場に姿を表した男達に周囲はざわめくが、ネウスはそのざわめきを完全に無視してヘンリーの方へと向き直る。
「──国王。この、四肢を縛られている男がこいつらに加担した魔の者だ。……後ろにいるのはラティージルだ。俺が不在の間、国を任せている男だ」
ネウスから名を紹介されたラティージル、と呼ばれた男性はふわりと優雅に微笑むと国王ヘンリーに向かって胸に手を当て軽く会釈をする。
ラティージルの挨拶に、ヘンリーもゆったりと玉座から立ち上がり、「うむ」と小さく声を発すると頷いた。
ネウスが不在の間、国を任せられていると言う事は、ネウスの腹心中の腹心だろう。
そのような男に挨拶をされてヘンリーは傲慢に座して挨拶を返す事を避ける。
ヘンリーは、何故ネウスが自分自身の隣にメニアの席を用意させたのか、疑問に思っていた。
ネウスの執着心が強い事が関係しているのか、と思っていたのだが、先程ネウスから告げられた言葉で、悟る。
メニアの子爵家を、窮地に陥らせたこの国を。
国民からの悪意ある行動に、メニアが傷付けられたのを。
ネウスは許さなかったのだろう。
ヘンリーは、じわり、と自分の背中に嫌な汗が伝うのを感じて、ぐっ、と一度瞼を強く閉じてから再度開く。
この二日間、ネウスからも、メニアからも、子爵家からも何も連絡は入らなかった。報告すら、何も無かったのだ。
それ故の、ネウスの王妃という立場のメニア。
この国で例えメニアの居場所が無くなっても、ネウスの国では王妃と言う居場所が出来た。
そして、ある意味メニアの子爵家はこの国での役割を無くし、この国に拘る必要が無くなってしまった。
ヘンリーがその事に気付いたのと同時に、宰相であるラドも察したのだろう。
先程よりも顔色悪く、ネウスとメニアへと視線を交互に向けている。
慌てる二人を気にも止めず、ネウスは四肢を拘束された男──、第二騎士団師団長のフィエンの声を封じていた枷を解くと、ぐっとフィエンの体を起き上がらせて唇を開いた。
「フィエン、嘘偽りは吐くなよ。お前は、この二人に協力して魅了の魔法を込めた魔石を二人に渡し、俺を廃そうと画策したな?更に、この二人の願いに応じて、この国内の貴族達が流す悪評を拡散する為に知恵を授け、手を貸した事を認めるか?」
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