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(何が起きているんだ──……っ)

セリウス・レブナワンドは顔色を真っ青にして唖然と目の前で繰り広げられる事象を見詰める事しか出来ない。

シャロンが何か得体の知れない物を喚び出し、その存在を「神様」と言い出したと思ったら、メニアの護衛と顔見知りの様子で会話をしている。

(ちょっと、待て──……っ、それよりもっ、あの存在は護衛の男をネウス、と呼んだか……!?)

じり、とセリウスはこの騒動の中心から距離を取るように後退る。

ネウス、と言う名前を聞いて頭の中に警鐘が鳴り響く。
嫌と言う程、子供の時から学んでいる。
この国が、魔の者と友好関係を学んだ切っ掛け、この国が魔の者にどれだけ助けられたか、そして魔の者の王の名前だって嫌と言う程目にした。
歴史の教材で、家庭教師の口から、学院の教材で。
嫌と言う程見聞きしたのだから、覚え違いをする筈が無い。

そして、何よりも。

普通の人間では死んでしまっても可笑しくない傷を負ったのに、メニアが施した治癒魔法でけろり、と平気そうな顔をしている。

(ネウス、とは……っあの魔の者の王か──……っ)

それであれば自分は。
魔の者の王である人物に不遜な態度を取り続け、王である人物の配下と手を組み、魔の者の王の弱点になるような書物をその配下に渡してしまっている。

それより、何より──。

(メニア、を……っ陥れようとしてしまった……っ)

セリウスは夜会の時の様子を思い出し、顔色を真っ青にした。

メニアを守る護衛としてメニアと共に現れたネウスは、ぴったりとメニアの側に立ち、どう見てもネウスの色で着飾っていたメニアを熱の篭った瞳で見詰めて居た。

(護衛、が……聖女と言う存在に分不相応にも懸想していたのか、と思ったが……)

セリウスはそこでちらり、と先程王城の方向からやってきた宰相であるラドがいる方向へと視線を向ける。

(メランド卿からメニアの護衛役の許可を貰っている、と言っていた……護衛の団服もこの国の物だ……っ、そうなるとこの国の上層部では内密に魔の者の王とやり取りがあった事は明白──)

セリウスは今までのメニアに対して発した発言達を思い出してゾッとする。
魔の者の王であるネウスが明らかに執着し、想いを寄せているであろうメニアに対して、自分はどれだけメニアを貶め、無礼な発言を重ねただろうか。

(くそ──……っ、国民を煽動なんてするんじゃなかった……!)

金を払い、メニアを貶める為に「偽りの聖女」と噂を流す為にやってしまった自分の行動を思い出す。
国が主体で動き出し、魔の者の王であるネウスが関わっていると分かれば金で雇った人間などいくらでも口を割るだろう。

「──くそっ、くそ……っこんな筈じゃなかったのに……っ」

セリウスはヤケになったように声を荒らげ、自分の前髪をくしゃり、と握り潰した。

隣に居たシャロンは不思議そうな表情を浮かべて、セリウスの腕にそっと手を触れて来る。

「セリウス、どうしたの……?アーモ様が出てきてくれたのよ。もう何も心配する事は無いわ。アーモ様がメニアをどうにかしてくれるだろうし、あの男性の名前も分かった……、アーモ様があの男性を私のモノにしてくれる……!」
「──は?何を言っているんだ、シャロン……?本当にそんな事が出来ると思っているのか……?」
「そうよ?メニアには絶望を味わって貰わなくっちゃ……!メニアから全て取り上げて、幸せになんかしてやらない、メニアの側に居るあの男性も、セリウスも、全部全部私のモノにしてやるんだから……!」
「──っ何で、そんなに……っ」
「だって、家柄も容姿も、頭脳だって何もかも私の方が優れているのに、何故メニアばかり良い思いをするの?たかが光属性の魔力を持っているだけで、私がずっとずっと欲しかったセリウスを簡単に自分の物にして、それが当然のように当たり前のように享受しているのが許せないじゃない?だからメニアには一生惨めな思いをして貰わないと……!」

シャロンの滅茶苦茶な言い分にセリウスは頭が痛くなるが、セリウス自身もシャロンと同じような考えを持っていた。

大した努力もせず、分不相応な幸せを享受したメニアを深く憎み、メニアの将来を滅茶苦茶にしてやろう、と考えていた。
だが、それを客観的に一歩下がって冷静に見て考えれば酷い言い掛かりだ。
冷静に物事を考えれば、簡単に分かる事なのに。

セリウスはシャロンの奥に居るアーモ、と呼ばれた存在に視線を向ける。

何やら先程からネウスと話しをしているようで、こちらから意識が逸れている。

(──あの存在を喚び出したのは、シャロンだ……っ、俺はあの存在なんて何一つ知らなかった……今、この場でシャロンを置いて逃げる事は出来るか……?)

あんなモノを喚び出したシャロンは恐らくこの場から逃げ出す事は出来ないだろう。

この場の視線は今、あの喚び出された禍々しいモノに集中している。
宰相だって、あの存在を注視していてこちらを気にしている者はいなさそうに見える。

セリウスは、自分さえこの場から逃げる事に成功すればどうとでもなる、と考える。
この国で今までのように暮らして行く事は出来ないかもしれないが、隣国にでも逃げてしまえば。
亡命すればどうにでもなる筈だ。

(俺は、こんな瑣末な事で人生を台無しにしたくはない……!)

セリウスは自分だけ逃げ出そうと考え、じり、と足を一歩後方に向かって引く。

先程自分の隣に居たシャロンも、うっとりとアーモと言う存在を見詰めている。

セリウスは逃げ出す為にくるり、と踵を返して駆け出す為に一歩足を踏み出した──。

だが。
その瞬間、ガチリ、と何かに足を拘束されているような感覚がしてセリウスはその場に不格好に転倒した。
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