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しおりを挟むネウスもシャロンに触れられるのは嫌だったのだろう。
メニアの腕に掴まれると、ネウスはあっさりとメニアの側までやって来て不快感を顕にシャロンを睨み付けた。
「あ……っ」
シャロンは残念そうに眉を下げるとネウスに熱い視線を向け続ける。
「先日から……何故私にそこまで執着するのですか……?お隣の男性は貴女の婚約者ではないのですか……?婚約者の目の前で、他の男に色目を使うなど、淑女としてはしたない……」
ネウスが呆れたように、蔑むようにシャロンにそう声を掛けると、シャロンの横に立っていたセリウスが怒りを顕にネウスに向かって唇を開いたが、シャロンがセリウスの腕にそっと触れて何事か声を掛けている。
落ち着かせるようなシャロンの言葉に、セリウスはぐっと黙り込むと抱いた怒りの感情そのままに、ネウスを睨み続けている。
ネウスは呆れたように肩を竦めるとメニアにちらりと視線を向ける。
この二人の事など無視をしてさっさとラドの元にネウスは向かいたかったが、正門の外にいる貴族達がちらちらとメニア達に視線を向けているのが気配で分かって、ネウスは下手に動いてこの国でのメニアの評価が下がってしまう事は避けたい。
そんな事をネウスが考えていると、悲しそうにしなを作り、シャロンが唇を開いてネウスへと話し掛けて来る。
「──そんな、色目なんて……。メニアを守る方だから、メニアの親友である私も、あなたと仲良くしたくて……仲良くしたいのにあなたの名前すら知らないと、あなたの名前を呼べないでしょう?」
「名乗る程の者ではありませんから……。私は聖女様の為だけに存在しているのです。聖女様以外と関わりを持つ事を望んでいません」
「でもっ、名前くらい教えて頂いてもいいじゃありませんの……!」
ネウスの頑なで、冷たい態度に焦れて来たのだろう。
シャロンは焦りを顕にしてネウスに近付いて来るが、シャロンの腕を掴み、セリウスが静止する。
「──シャロン、もうそろそろ……。周囲に人が……」
「それがどうだって言うのよ……!あの人の名前さえ……っ」
ボソボソと小声で会話をする二人の声を聞いて、ネウスは眉を顰める。
「何で……あの女はそこまで俺の名前に拘る……?」
「──!そう言えば、昨夜突然シャロン様が邸に来た時も名前ばかり気にしてました……!」
ネウスの呟きに、ハッとしたメニアが体を寄せてネウスに囁く。
メニアの言葉にネウスは暫し考え込むと、メニアの腕に付いているブレスレットを確認する為にメニアの腕を掴んで持ち上げた。
「メニア。昨夜、これに反応は……?」
「え……?ブレスレットですか……?あの日以来、熱くなってはいませんが……」
「昨日は反応無しか……今日も反応はしてねえな?」
「し、してないです。それに……恐らくあの二人が王城からやって来たのは私とセリウス様の婚約破棄の歎願書を陛下に提出したんだと思います……。婚約の破棄がシャロン様の"目的"なのだとしたら、もうシャロン様の中に居る存在は還ったのでは……?」
「──いや……」
メニアの言葉に、ネウスは難しい顔をして首を横に振る。
「それにしても、俺の名前に固執し過ぎている。"名前"は俺達に取って重要な物だから、あの女の願い事に俺の名前が関係するんだろう」
「──え……っ」
ネウスの言葉に、メニアはびくりと体を強ばらせるとセリウスとシャロンの方へと視線を向ける。
メニアとネウスがコソコソと身を寄せあい話しているのが面白くないのだろう。
シャロンは嫉妬に塗れた瞳でメニアを強く、強く睨み付けて居る。
「──私が、これだけお願いしているのに……!メニア!その方の名前を教えなさい……!」
「……捕らえますか?」
シャロンが怒り任せに叫ぶ声を聞いて、メニアとネウスのやや後ろに居たロザンナがネウスにそっと話し掛けるが、ネウスは小さく首を振る。
「……騒ぎになって来ている。ラドの元に連絡が行くのも時間の問題だろう。俺達はあいつらから距離を取るぞ」
「分かりました……っ」
ネウスの言葉に、メニアとロザンナが頷くと喚くシャロンをそのままやり過ごし、二人から距離を取って王城へ向かうように歩き始める。
自分達を避けて王城へ向かおうとしている事に気付いたのだろう。
シャロンはキッとメニアとネウスの方へと視線を向けると、止めようとするセリウスを振り切ってこちらへと駆けて来る。
「──シャロン!やめるんだ!」
「"これ"があればきっと……!」
セリウスが青い顔をしてシャロンを止めようとするが、シャロンは何処からか取り出した魔石を手のひらの中で握り締めると自分自身に身体強化の魔法を掛けた。
身体強化魔法のお陰で、セリウスの手を振り切ったシャロンは更にもう一つ魔石を取り出すとそれを手に持ちながらメニアへと向かって来る。
「──馬鹿が。そんな攻撃で俺がメニアを傷付けられるのを黙って見てると思ったのか」
シャロンがメニアに向かって行くのを、ネウスは呆れたように眺めながらメニアの前に自分の体を割り込ませると、シャロンの腕を掴もうと自分の腕を上げた。
このような多くの人の目の前で人に向かって暴力を振るおうとした瞬間をシャロンは大勢に見られている。
恐らく、厳しい処罰がされる筈だ。とネウスが考えていると、目の前に迫ったシャロンがにたりと嫌な笑みを浮かべるのが分かった。
「あなたが、そう行動するのは分かっていたわ」
「──……っ!?」
シャロンが手にしていた魔石をネウスに向かって翳した。
ネウスは、その魔石に込められた魔力を察した瞬間焦ったような表情を浮かべたが、シャロンの腕がネウスに触れる事の方が早かった。
驚く程あっさりと、その魔石はネウスに弾かれる事も防がれる事も無く、ネウスの体に簡単に触れた。
そして、魔石が触れた瞬間。
シャロンが魔石に自分の魔力を流し込み、その魔石ごと自分の腕を力任せに押し込んだ。
「──くそっ」
ネウスが小さく叫んで、衝撃に備えたのが隣に居たメニアにも分かった。
そうして、メニアの目の前で嫌な音を立ててシャロンが手にした魔石ごと、ネウスの体にずぶり、と沈み込んだ。
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