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しおりを挟む「メニア!」
「メニアさんっ!」
自分の腕を掴み、引き寄せた男の声が聞き慣れた男の声で。
その声を聞いた瞬間、メニアは体から強ばっていた力が抜けてしまう。
「マティアス……っ」
「かしこまりました、ネウス様っ」
メニアを抱き留めた男──ネウスが、共にこの場所に来たマティアスに声を掛けるとマティアスがネウスに返事をした後、メニアの背後にいたセリウスへと素早く近付く。
「な……っ、お前達は……っ!」
セリウスの焦ったような声がメニアの背後から聞こえて、メニアが自分を抱き留めるネウスの腕の中からネウスを見上げると、ネウスは入って来た扉を閉めてこの貴重蔵書保管庫を王立図書館と切り離す。
メニアは何故ここに、と言う考えが浮かんだがネウスはメニアの魔力を辿る事が出来ると言う事を思い出して、直ぐに納得する。
学院で、約束の時間になっても姿を表さわないメニアを探しにやって来てくれたのだろう。
「──すまない、メニア。この室内に魔力感知阻害の魔道具があって探すのに時間が掛かっちまった……」
「大丈夫、です……っ。ありがとうございます」
ネウスはメニアを安心させるように優しくメニアの頭を撫でると、安堵したように溜息をついている。
「さっき、何か魔法を発動したろ?それのお陰でメニアの魔力を感じる事が出来た。くそっ、こんな所に連れ込んでたのかよ、こいつ」
忌々しげにそう吐き捨てるネウスに、メニアは先程セリウスから逃れる為に風属性の身体強化の魔法を発動した事をネウスに話す。
「咄嗟に発動したんですけど、発動して良かったです」
「ああ。今後は後の事は考えず、俺に居場所を知らせる為に何でもいいから魔法を発動してくれ」
メニアとネウスが先程から話していると、背後からどたんばたんと激しい物音が聞こえている。
メニアはその物音が気になり、何度か振り返ろうとしたがネウスに「振り返るな」とでも言うようにがっちりと拘束されてしまっていて振り返る事が叶わない。
「──くそっ、メニアを離せ!彼女は俺の婚約者だぞ、他の男が軽々しく手を触れていい存在でもない!それにお前達、レブナワンド侯爵家の嫡男である俺にこんな事をしていいと思っているのか!?ただの近衛騎士ごとき、俺のさじ加減でどうとでも出来るんだ!」
セリウスの言葉にメニアの頭上から鼻で笑うような音が聞こえて来た。
「侯爵家がどうした。そんな肩書き、俺にはどうでもいいしな」
ぽつり、と声を漏らしたネウスにメニアは「確かに」と納得してしまう。
セリウスはこの国の侯爵家の嫡男で、確かにこの国で暮らす人間であれば侯爵家嫡男、と言う言葉に些か怯む可能性もあるが、ネウスはこの国の者ではないし、もっと言えば人間でも無い。
魔の者の国の王であるので、この国の、人間の爵位など関係無い。
ネウスの拘束が緩んだ事で、メニアがちらりと背後を振り返ると、セリウスはマティアスに床に引き倒されており、両手を後ろ手にマティアスの片手で拘束され、もう片方の腕で頭を床に押さえ付けられている。
額が赤くなっているので、引き倒された際に強かに床に額を打ち付けたのだろう。
ちょっぴりとだけその場所から血が滲んでいる。
メニアから視線を外し、しっかりとセリウスを見下ろすネウスに、ネウスの顔を見たセリウスがはっと瞳を見開いた。
「──お前、あの時の……伯爵家の男だな……」
「……?あー、ああ、そうか。そう言えば会っていたか」
「……っ、ははっ。やはりそうだったか。たかが伯爵家の三男が侯爵家の嫡男である俺に怪我を負わせたと知られれば、お前は近衛騎士を解雇されるし、聖女の婚約者である俺に対する犯罪行為に実家も取り潰されるぞ!聖女であるメニアに色目を使って取り入り、恩恵を得ようとしていたようだが、メニアが愛しているのは俺だけだ!メニアは俺の意思で動くし、聖女の恩恵や権限を全て手に入れるのは俺だけだ!」
セリウスは普段メニアに見せるような温厚な態度では無く、他者を嘲笑うかのような卑下するような表情を浮かべてネウスを侮辱する。
ネウスはセリウスを一瞥して、つまらなさそうな表情を浮かべるとメニアを自分の背後へと隠し一歩足を踏み出した。
ネウスが近付いた事により、何か身の危険を察知したのだろうか。
セリウスの目がネウスが腰に下げる騎士の剣にひたり、と止まり顔色を悪くさせている。
「お前……、まさかこの場で俺をどうにかするつもりなのか……?こんな場所で?そんな事をやったら──っ、」
「マティアス」
「はっ」
喚き続けるセリウスには目もくれず、ネウスがマティアスに視線を向けて唇を開くとセリウスを拘束していたマティアスがその場に立ち上がり、素早くメニアの方へと駆け寄るとメニアの両肩に手を置いてくるり、と体を反転させて扉の方へと促す。
「──え、え?マティアスさん……?」
「さあさあ、メニアさんは早く邸に帰りましょう。その方がいいですよ」
のんびりとした口調でマティアスがそう口にすると、そのまま王立図書館内へと続く扉へとどんどん歩を進めて行く。
「ネウス様も直ぐ来ますから心配しなくて大丈夫ですよ。寧ろ、この部屋の中に居た方が色々とやりやすいと思うので!」
「え、ええ?」
何がやりやすいのだろうか。
メニアが不安げな表情でちらり、とネウスの方へ視線を向けるとメニアの視線に気付いたネウスがいつもの雰囲気と変わらないリラックスした表情で口元に笑みを浮かべながらひらひらと手を振っている。
有無を言わさず、出ていけ、と言っているように感じたメニアははあ、と溜息をつくとマティアスに促されるまま扉へと視線を戻した。
扉から退出する寸前、セリウスの額に付いた切り傷が痛そうで、メニアは無意識にセリウスの傷に治癒魔法を掛けてしまった。
──ぱたん。
扉が閉まった音がして、室内にネウスとセリウス二人だけが取り残されると、ネウスはセリウスの額にあった傷跡がメニアの治癒魔法によって治された事に、眉を下げる。
「──ったく、治癒魔法の使い手っつーのはミリアベル然り、メニア然り、お人好しが多いのかね?」
「は?貴様、何を言って──」
セリウスが何かを口にしようとしたが、そのままネウスがしゃがみ込んで来た際にネウスの片手で再度そのまま床に強い力で叩き付けられる。
「なあ。お前、誰からこの本を持って来いと言われた?これを必要としているのは誰だ?名前くらい明かされただろう?」
「……っ、何の事だかっ!俺はただ、自分の興味がある分野を勉強したいから、この本を手に取っただけだ……!」
「へえ?聖女の権限を得て、勉強したかっただけ?そうじゃねえだろ?これ以外にも、もっと必要な物があるんだろ?」
ネウスはちらり、と室内の奥へと視線を向けると、とある書架にきっちりと収められている本を数冊魔法で抜き出すと、自分の手のひらの上にその本を喚び出す。
「──ああ、これとかお前が欲しかったんじゃねえの?魔の者の土地の詳細図。数百年前の地図ではあるが、その時、その場所にどんな魔の者が住んでたか分かるもんな。それに、こっちは……ああ、ほら。魔の者の王に関する書、だってよ?お前に協力している魔の者はこれが喉から手が出る程欲しいだろうな?」
「──っ、寄越せっ!」
ネウスが愉しそうに笑い、セリウスの目の前にその本を見せると拘束された身で、セリウスが何とか手を伸ばそうとして来る。
「──いいぜ。いくらでも持ってけよ?ただ、本に記載されている情報が本物だったらいいな?」
ネウスはからからと笑い声を上げ、セリウスとひたり、と視線を合わせる。
じんわり、とネウスの瞳が紅く煌めき、その瞳に魔力の揺れが生じる。
「お前を唆したのは誰だろうな?」
ネウスが声を発した瞬間、闇色の魔力に二人の姿が包まれ、セリウスが悲鳴を上げた。
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