上 下
65 / 155

65

しおりを挟む

「メニア!」
「メニアさんっ!」

自分の腕を掴み、引き寄せた男の声が聞き慣れた男の声で。
その声を聞いた瞬間、メニアは体から強ばっていた力が抜けてしまう。

「マティアス……っ」
「かしこまりました、ネウス様っ」

メニアを抱き留めた男──ネウスが、共にこの場所に来たマティアスに声を掛けるとマティアスがネウスに返事をした後、メニアの背後にいたセリウスへと素早く近付く。

「な……っ、お前達は……っ!」

セリウスの焦ったような声がメニアの背後から聞こえて、メニアが自分を抱き留めるネウスの腕の中からネウスを見上げると、ネウスは入って来た扉を閉めてこの貴重蔵書保管庫を王立図書館と切り離す。

メニアは何故ここに、と言う考えが浮かんだがネウスはメニアの魔力を辿る事が出来ると言う事を思い出して、直ぐに納得する。
学院で、約束の時間になっても姿を表さわないメニアを探しにやって来てくれたのだろう。

「──すまない、メニア。この室内に魔力感知阻害の魔道具があって探すのに時間が掛かっちまった……」
「大丈夫、です……っ。ありがとうございます」

ネウスはメニアを安心させるように優しくメニアの頭を撫でると、安堵したように溜息をついている。

「さっき、何か魔法を発動したろ?それのお陰でメニアの魔力を感じる事が出来た。くそっ、こんな所に連れ込んでたのかよ、こいつ」

忌々しげにそう吐き捨てるネウスに、メニアは先程セリウスから逃れる為に風属性の身体強化の魔法を発動した事をネウスに話す。

「咄嗟に発動したんですけど、発動して良かったです」
「ああ。今後は後の事は考えず、俺に居場所を知らせる為に何でもいいから魔法を発動してくれ」

メニアとネウスが先程から話していると、背後からどたんばたんと激しい物音が聞こえている。
メニアはその物音が気になり、何度か振り返ろうとしたがネウスに「振り返るな」とでも言うようにがっちりと拘束されてしまっていて振り返る事が叶わない。

「──くそっ、メニアを離せ!彼女は俺の婚約者だぞ、他の男が軽々しく手を触れていい存在でもない!それにお前達、レブナワンド侯爵家の嫡男である俺にこんな事をしていいと思っているのか!?ただの近衛騎士ごとき、俺のさじ加減でどうとでも出来るんだ!」

セリウスの言葉にメニアの頭上から鼻で笑うような音が聞こえて来た。

「侯爵家がどうした。そんな肩書き、俺にはどうでもいいしな」

ぽつり、と声を漏らしたネウスにメニアは「確かに」と納得してしまう。
セリウスはこの国の侯爵家の嫡男で、確かにこの国で暮らす人間であれば侯爵家嫡男、と言う言葉に些か怯む可能性もあるが、ネウスはこの国の者ではないし、もっと言えば人間でも無い。
魔の者の国の王であるので、この国の、人間の爵位など関係無い。

ネウスの拘束が緩んだ事で、メニアがちらりと背後を振り返ると、セリウスはマティアスに床に引き倒されており、両手を後ろ手にマティアスの片手で拘束され、もう片方の腕で頭を床に押さえ付けられている。
額が赤くなっているので、引き倒された際に強かに床に額を打ち付けたのだろう。
ちょっぴりとだけその場所から血が滲んでいる。

メニアから視線を外し、しっかりとセリウスを見下ろすネウスに、ネウスの顔を見たセリウスがはっと瞳を見開いた。

「──お前、あの時の……伯爵家の男だな……」
「……?あー、ああ、そうか。そう言えば会っていたか」
「……っ、ははっ。やはりそうだったか。たかが伯爵家の三男が侯爵家の嫡男である俺に怪我を負わせたと知られれば、お前は近衛騎士を解雇されるし、聖女の婚約者である俺に対する犯罪行為に実家も取り潰されるぞ!聖女であるメニアに色目を使って取り入り、恩恵を得ようとしていたようだが、メニアが愛しているのは俺だけだ!メニアは俺の意思で動くし、聖女の恩恵や権限を全て手に入れるのは俺だけだ!」

セリウスは普段メニアに見せるような温厚な態度では無く、他者を嘲笑うかのような卑下するような表情を浮かべてネウスを侮辱する。

ネウスはセリウスを一瞥して、つまらなさそうな表情を浮かべるとメニアを自分の背後へと隠し一歩足を踏み出した。

ネウスが近付いた事により、何か身の危険を察知したのだろうか。
セリウスの目がネウスが腰に下げる騎士の剣にひたり、と止まり顔色を悪くさせている。

「お前……、まさかこの場で俺をどうにかするつもりなのか……?こんな場所で?そんな事をやったら──っ、」
「マティアス」
「はっ」

喚き続けるセリウスには目もくれず、ネウスがマティアスに視線を向けて唇を開くとセリウスを拘束していたマティアスがその場に立ち上がり、素早くメニアの方へと駆け寄るとメニアの両肩に手を置いてくるり、と体を反転させて扉の方へと促す。

「──え、え?マティアスさん……?」
「さあさあ、メニアさんは早く邸に帰りましょう。その方がいいですよ」

のんびりとした口調でマティアスがそう口にすると、そのまま王立図書館内へと続く扉へとどんどん歩を進めて行く。

「ネウス様も直ぐ来ますから心配しなくて大丈夫ですよ。寧ろ、この部屋の中に居た方が色々とやりやすいと思うので!」
「え、ええ?」

何がやりやすいのだろうか。
メニアが不安げな表情でちらり、とネウスの方へ視線を向けるとメニアの視線に気付いたネウスがいつもの雰囲気と変わらないリラックスした表情で口元に笑みを浮かべながらひらひらと手を振っている。

有無を言わさず、出ていけ、と言っているように感じたメニアははあ、と溜息をつくとマティアスに促されるまま扉へと視線を戻した。

扉から退出する寸前、セリウスの額に付いた切り傷が痛そうで、メニアは無意識にセリウスの傷に治癒魔法を掛けてしまった。




──ぱたん。
扉が閉まった音がして、室内にネウスとセリウス二人だけが取り残されると、ネウスはセリウスの額にあった傷跡がメニアの治癒魔法によって治された事に、眉を下げる。

「──ったく、治癒魔法の使い手っつーのはミリアベル然り、メニア然り、お人好しが多いのかね?」
「は?貴様、何を言って──」

セリウスが何かを口にしようとしたが、そのままネウスがしゃがみ込んで来た際にネウスの片手で再度そのまま床に強い力で叩き付けられる。

「なあ。お前、誰からこの本を持って来いと言われた?これを必要としているのは誰だ?名前くらい明かされただろう?」
「……っ、何の事だかっ!俺はただ、自分の興味がある分野を勉強したいから、この本を手に取っただけだ……!」
「へえ?聖女の権限を得て、勉強したかっただけ?そうじゃねえだろ?これ以外にも、もっと必要な物があるんだろ?」

ネウスはちらり、と室内の奥へと視線を向けると、とある書架にきっちりと収められている本を数冊魔法で抜き出すと、自分の手のひらの上にその本を喚び出す。

「──ああ、これとかお前が欲しかったんじゃねえの?魔の者の土地の詳細図。数百年前の地図ではあるが、その時、その場所にどんな魔の者が住んでたか分かるもんな。それに、こっちは……ああ、ほら。魔の者の王に関する書、だってよ?お前に協力している魔の者はこれが喉から手が出る程欲しいだろうな?」
「──っ、寄越せっ!」

ネウスが愉しそうに笑い、セリウスの目の前にその本を見せると拘束された身で、セリウスが何とか手を伸ばそうとして来る。

「──いいぜ。いくらでも持ってけよ?ただ、本に記載されている情報が本物だったらいいな?」

ネウスはからからと笑い声を上げ、セリウスとひたり、と視線を合わせる。
じんわり、とネウスの瞳が紅く煌めき、その瞳に魔力の揺れが生じる。

「お前を唆したのは誰だろうな?」

ネウスが声を発した瞬間、闇色の魔力に二人の姿が包まれ、セリウスが悲鳴を上げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

(本編完結)家族にも婚約者にも愛されなかった私は・・・・・・従姉妹がそんなに大事ですか?

青空一夏
恋愛
 私はラバジェ伯爵家のソフィ。婚約者はクランシー・ブリス侯爵子息だ。彼はとても優しい、優しすぎるかもしれないほどに。けれど、その優しさが向けられているのは私ではない。  私には従姉妹のココ・バークレー男爵令嬢がいるのだけれど、病弱な彼女を必ずクランシー様は夜会でエスコートする。それを私の家族も当然のように考えていた。私はパーティ会場で心ない噂話の餌食になる。それは愛し合う二人を私が邪魔しているというような話だったり、私に落ち度があってクランシー様から大事にされていないのではないか、という憶測だったり。だから私は・・・・・・  これは家族にも婚約者にも愛されなかった私が、自らの意思で成功を勝ち取る物語。  ※貴族のいる異世界。歴史的配慮はないですし、いろいろご都合主義です。  ※途中タグの追加や削除もありえます。  ※表紙は青空作成AIイラストです。

【完結】好きにすればいいと仰るのであれば、私は貴方を思う気持ちを捨てます

高瀬船
恋愛
「結婚はするが、お互い交友関係に口出しは無用だ。僕は僕で好きな女性を、君は君で好きな男性と過ごせばいい」 政略結婚。 貴族に生まれたからにはそれは当たり前の事だと、諦めていた。 だが、婚約期間を経て結婚し、信頼関係を築ければいいと思っていたが、婚約者から冷たく言い放たれた言葉にウルミリアは唖然とする。 公爵家の嫡男であるテオドロンはウルミリアとの顔合わせの際に開口一番そう言い放ち、そして何の興味もないとでも言うように部屋から立ち去った。 そう言い放ったテオドロンは有言実行とばかりに、学園生活を好きな女性と仲睦まじく過ごしている。 周囲からの嘲笑も、哀れみの視線も今では慣れた物だ。 好きにすればいいと言うのであれば、その通り好きにさせて頂きましょう。

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

殿下の御心のままに。

cyaru
恋愛
王太子アルフレッドは呟くようにアンカソン公爵家の令嬢ツェツィーリアに告げた。 アルフレッドの側近カレドウス(宰相子息)が婚姻の礼を目前に令嬢側から婚約破棄されてしまった。 「運命の出会い」をしたという平民女性に傾倒した挙句、子を成したという。 激怒した宰相はカレドウスを廃嫡。だがカレドウスは「幸せだ」と言った。 身分を棄てることも厭わないと思えるほどの激情はアルフレッドは経験した事がなかった。 その日からアルフレッドは思う事があったのだと告げた。 「恋をしてみたい。運命の出会いと言うのは生涯に一度あるかないかと聞く。だから――」 ツェツィーリアは一瞬、貴族の仮面が取れた。しかし直ぐに微笑んだ。 ※後半は騎士がデレますがイラっとする展開もあります。 ※シリアスな話っぽいですが気のせいです。 ※エグくてゲロいざまぁはないと思いますが作者判断ですのでご留意ください  (基本血は出ないと思いますが鼻血は出るかも知れません) ※作者の勝手な設定の為こうではないか、あぁではないかと言う一般的な物とは似て非なると考えて下さい ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※作者都合のご都合主義、創作の話です。至って真面目に書いています。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

公爵閣下に嫁いだら、「お前を愛することはない。その代わり好きにしろ」と言われたので好き勝手にさせていただきます

柴野
恋愛
伯爵令嬢エメリィ・フォンストは、親に売られるようにして公爵閣下に嫁いだ。 社交界では悪女と名高かったものの、それは全て妹の仕業で実はいわゆるドアマットヒロインなエメリィ。これでようやく幸せになると思っていたのに、彼女は夫となる人に「お前を愛することはない。代わりに好きにしろ」と言われたので、言われた通り好き勝手にすることにした――。 ※本編&後日談ともに完結済み。ハッピーエンドです。 ※主人公がめちゃくちゃ腹黒になりますので要注意! ※小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しています。

処理中です...