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しおりを挟むうっとりと瞳を細めてネウスに視線を送るシャロンに、嫌な気持ちになってしまいメニアは眉を顰める。
あれだけ、セリウスと仲睦まじく寄り添い、学院であのような事をしていたのに、とつい頭の中で考えてしまう。
お互い、想い合っているのではないのか。
それなのに、何故シャロンはネウスに見惚れたような表情をして、しきりにネウスの名前を知りたがっているのだろう、と疑問に思ってしまう。
メニアがちらり、とネウスに視線を向けるとネウスもメニアを見ていたのか、パチリと視線が絡んだ。
「──ネ、むぐっ」
「……初めまして。名乗る程の者ではありません。私は伯爵家の三男坊ですから侯爵家のご令嬢に挨拶させて頂く程の者でもございませんし……」
ネウスは、自分の名前を呼びそうになってしまったメニアの口を素早く自分の手のひらで塞ぐと、にっこりと作り笑顔を浮かべてシャロンにそう言葉を返す。
伯爵家の三男坊、と言う言葉を聞いてシャロンは一瞬残念そうに眉を下げたが、それでもネウスの優れた容姿に惹かれる事は変わらないのだろう。
更に近寄って来ると、メニアに視線もくれず、ネウスに近付いて行く。
「まあ、そうでしたのね。どちらの伯爵家の方なのかしら?私達より年上かとは思いますが……メニアとは何処で出会ったのかしら?」
「──先程、私が腹痛で蹲っている時にこちらのご令嬢に助けて頂きまして。お礼を告げていたのです」
にっこりと笑顔でスラスラと引っかかりもせず嘘を吐くネウスに、メニアは呆れてしまう。
自分の事を「私」と発言し、普段の粗暴な態度を一切感じない程貴族らしく振る舞うその姿に違和感を感じてしまう。
ネウスはちらり、とメニアに視線を向けると「話を合わせろよ」とでも言うような愉しげな光を瞳に宿している。
「まあ、ご体調が……?それは大変だわ……。我が家の使用人に薬を用意させましょう。侯爵家の医師は優秀ですから、直ぐに治ると思いますわ」
シャロンは心配そうに眉を下げると、ネウスに自分の手を伸ばすがネウスはメニアの肩に自分の手を置くとぐっ、と力を入れて庭園の方向へと促す。
「ご心配には及びません。こちらのメニア嬢に案内して頂きますので。失礼致しますね」
「──あっ、」
ネウスがシャロンにそう告げると、シャロンが何かを口にする前にそのままメニアをずいずいと押して歩いて行く。
名残惜しそうにネウスに視線を向けるシャロンを気にも止めず、ネウスが庭園の方向へと足を進めて行くと、メニアとネウスが姿を表した事に気付いたのだろう。
メニアの両親と談笑していたセリウスがメニアを視界に入れ微笑みを浮かべた瞬間、メニアの肩を借りて歩いて来るネウスを見てセリウスは不愉快そうに表情を歪めた。
「──メニア、!」
セリウスが声を上げ、こちらに歩いて来る。
メニアは自分の隣に居るネウスに視線を向けて小声で問いかける。
「セリウス様にも見つかっちゃいましたが……大丈夫ですか……?」
「──ああ。メニアの側に"他の男が居る"と言う事を認識してあの小僧がどう動くか確認出来るだろう?」
ネウスはそう言葉にすると、口端を持ち上げて愉しげに笑う。
セリウスと、シャロン。
その二人にネウスは自分の姿を敢えて認識させたのだろう。
折角メニアに魅了と信用の魔法を掛けて自分達の言う事を良く聞く人間にさせたのに、他の人物が介入して来た事でその効果が薄れる可能性がある事を心配しているのかもしれない。
魅了は、異性の魅力を底上げする。その為、対象に他の異性が近付いたりしてしまうと効果が半減する可能性がある。
そして、信用は自身の言葉を相手に信じさせる力が働く。
信用には性別は関係無いが、信用を掛けられ続ければ掛けられた人物は信用を使用する人物の言葉を無条件で信じ込んでしまうようになる。
その為、セリウスとシャロンはメニアに他の人間が近付く事に神経質になっているのだろう。
セリウスはメニアの近くまで歩いて行くと、メニアの隣に居るネウスに視線を向け、訝しげに視線を細めると「こちらの方は?」とメニアに問う。
「先程、この方が体調を崩されている所に偶然通りかかりまして、介抱をしておりました」
「体調が優れないのですか……?それならば早めに帰宅した方がいいでしょう。馬車を用意致しますので乗って帰宅して下さい」
セリウスは些か強引にネウスを返そうと唇を開く。
メニアの肩に手を置くネウスに、若干眉を顰めたのがメニアにも確認出来、メニアは自分に手を伸ばして来るセリウスから距離を取るように半歩後ずさる。
メニアのその行動に、セリウスは驚きに目を見開き「メニア?」と小さく名前を呼ぶ。
「──体調が悪いそうですので、私がこの方をお送りしますね。リュドミラ卿とのご挨拶も終わりましたので、この方をお送りした後に私も一足お先に帰宅させて頂きます。お父様、宜しいでしょうか?」
メニアの言葉に、メニアの父親は構わないと言うようにこくりと頷く。
メニアは父親が許可してくれたのだから、とネウスの体を支えながらくるりと振り返り馬車止めの方へと体を向けた。
「それでは、お父様お母様、セリウス様。また」
「ああ、気を付けるんだぞメニア」
「私達も早めに帰宅するわね」
「──メニア、っ」
メニアはぺこり、と一礼してその場から離れるように足を動かして行く。
この場に長く居続ければ、また周囲の人達に囲まれてしまう。
ネウスを送る、と言う名分が出来て良かったとメニアは表情を綻ばせながら馬車へと足取り軽く向かった。
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