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第九話
しおりを挟むクランディア伯爵家の書斎では重苦しい雰囲気が室内に充満している。
ティアーリアの父親である現当主のクランディア伯爵は、頭に手をやり項垂れている。
執務机の前に黙って立ち尽くすティアーリアはじっと俯いて、父親からの言葉を待っていた。
どれくらい時間が経っただろうか、目の前の父親がはあー、と長い長い溜息を吐き出してのそり、とその頭を上げる。
ティアーリアはびくり、と肩を震わせるとそっと父親から視線を外した。
「ティアーリア、何故私に一言も相談なく顔合わせを断ったんだ」
「……申し訳ございません」
婚約前の顔合わせを断る場合、女性側は家族へ事前に断る事を伝えておく必要がある。
完全なる独断で家同士の縁を結ぼうとする行為を個人的な感情で決めてはいけない。
恋愛結婚が多いとはいえ、貴族の婚姻に関わる物なのだ。せめて当主である父親に伝えておかねばならない。
「ティアーリア、私が許可しない事を知っていて無断で断ったな?」
びくり、とティアーリアの肩が大きく跳ねる。
その娘の反応を見て、図星か、と溜息を吐くと父親は何故急に、と嘆く。
「ティアーリア、お前は最初あんなに喜んでいたではないか。子供の頃にお会いしたアウサンドラ公との顔合わせの申し込みが来て、もしかしたら自分の事を覚えて下さっていたのかも、と喜んでいたではないのか?」
「ええ…、そうです、最初は」
悲しそうに俯くティアーリアに、父親はならば何故?と言い募る。
「使用人からもアウサンドラ公とティアーリアの顔合わせは順調だ、と報告が上がってきていた。あと少しで約束の三ヶ月が終了するというのに何故今なんだ…!」
「──私は、私を愛していらっしゃらない方と結婚等出来ません!」
叫ぶように声を上げるティアーリアに、父親は驚きに目を見開く。
いつも冷静に、静かに物を話す自分の娘がこんなに取り乱している姿を見た事がない。
それに、今自分の娘の口からは信じられない言葉が聞こえてきたではないか。
「待て、一体どういう事だ。アウサンドラ公がお前を愛していない、と言ったのか?」
ならば何故我が家に顔合わせの申し込みをしてきたんだ?と父親は訝しげに眉を顰める。
「いえ、クライヴ様からは直接言われてはおりませんが…」
「…ならばお前の勘違いではないか?」
父親の言葉にティアーリアはふるふると首を横に振ると、「聞いてしまったのです」と震える唇で言葉を零す。
「前回の顔合わせの後、偶然にもクライヴ様とその従者の方が本当は妹のラティリナへ顔合わせを申し込みたい、と思っていたのに間違えた、とお話していた所を聞いてしまったのです」
妹の、ラティリナと?と開いた口が塞がらない。
妹のラティリナからは、先日の顔合わせの時にアウサンドラ公を我が家の庭園に案内した、と話が上がってきている。
その際、お互いラティリナは姉の素晴らしさを。アウサンドラ公はティアーリアの愛らしさを語り合い、友情が芽生えて固い握手を交わした。と。
そしてラティリナはあの公爵様だったらお姉様を幸せにしてくれますわ!とキラキラと瞳を輝かせて語っていたのだ。
ラティリナが本当に好きなのであればそんな好きな女性の前で他の女性をべた褒めするだろうか。
ラティリナが嘘をついているようにも見えなかったし、今自分の目の前にいるティアーリアも嘘をついているようには見えない。
父親は何か話がおかしな方向にこんがらがっている事を察した。
このまま、ティアーリアの言う通りにこの顔合わせを終了させたら何か大変な事になりそうな気がして、父親は自分の額に手を持ってくるとティアーリアに唇を開く。
「…分かった、とりあえずティアーリアの言いたい事は分かったが、ティアーリア自身もアウサンドラ公としっかり話をしていないな?再度アウサンドラ公から面会の申し入れがあったらきちんと話してみなさい。完全に断るのはそれからだ、いいね?」
「──っ、はい、ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございません」
父親はティアーリアに退出するように伝えると、ティアーリアはその場で一礼して書斎から退出する。
何か、勘違いして拗れてしまっている事は明白だ。
何がどうなってここまでの事態になってしまっているのか分からないが、父親はそっと便箋と万年筆を取り出すとクライヴ宛に手紙を認め始める。
自分ではどうする事も出来ないから何か勘違いを起こしているティアーリアとどうにか一度話してみて欲しい、という文章を綴り急ぎアウサンドラ公爵家へと送る事にした。
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