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しおりを挟む何故琴葉が自分の同僚と後輩二会った事があるのでは、と考えてしまったか分からず理仁が首を捻っていると、病室に居た理仁の母親が帰り支度を始める。
「もうすぐ面会終了の時間だから、私はそろそろ帰るわね。ホテルでお父さんにもゆっくり電話で伝えたいし、また明日来るわ」
「毎日毎日来てて、大変だったんじゃ……? ある程度医者からも説明は受けたし、母さんも明日一日くらいはゆっくりしてれば?」
「うーん……でもねえ。ホテルに居ても暇だし」
理仁は母親にゆっくり休んでくれ、と告げるが慣れない土地で、東京に殆ど来た事の無い母親は土地勘も無い。
あまりうろうろして道に迷ってしまったら、と躊躇しているのが雰囲気から分かり、理仁は「そうだ」と声を上げると母親に提案をする。
「ホテルで何日も過ごすと大変だろ? 俺の状態がある程度目処ついたら母さん戻るつもりなら、ホテルの宿泊をキャンセルして、俺のマンションに入ればいいんじゃないか? 一応片付いては居るから……あと、冷蔵庫に食材も入れっぱなしだから見といて欲しいかも……。賞味期限過ぎてんのは捨てといてくんない?」
いいアイデアだろう、と言わんばかりに理仁が母親に向かって胡散臭い笑顔を浮かべながらそう言うと、母親はじとっとした視線を理仁に返す。
「理仁……あんた適当な事言って、私に面倒臭い事やらせるつもりでしょう……まったく……けど、息子の家に泊まらせて貰えるなら、それが楽かもね」
「ああ、それなら俺も助かるわ。……家の鍵、そこの、そう、足元の。透明な袋に入ってるのが当日俺が着てた服で、そのジャケットの中にキーケースあるから、キーケースのその真ん中の」
「ああ、はいはいこれね」
母親は、理仁に言われるまま透明の大きな袋から理仁が搬送された時に着ていた服を取り出すと、キーケースを取り出して中身を確認する。
「下のパンツの後ろのポケットに財布入ってるから、何か必要なもんがあればその中の金使ってくれればいいから」
「あら、頼もしい。それじゃあ遠慮無く使うわね。藤川さんも理仁のお金で何か美味しい物食べましょう」
「えっ、ええ!?」
理仁と、母親の会話をにこにこと晴れやかな表情で聞いていた琴葉だったが、突然理仁の母親から話を振られてわたわたとしてしまう。
「あ、藤川さんも是非そうして下さい! お見舞いに来て下さっているお礼はまた今度になっちゃいますが、お礼の前払いで」
「いっ、いえいえ! そんなっ、私はお礼を頂くような……!」
「いいのよいいのよ、藤川さん! 帰り道で何か美味しい物買っちゃいましょう」
ケラケラと笑う理仁の母親と、理仁からそう言われてしまい琴葉は断る事は出来ず曖昧に笑って誤魔化す事しか出来なかった。
理仁の母親は、明日は泊まっていたホテルの荷物を纏めたりする為、明後日の土曜日に来る、と理仁に告げると琴葉と土曜日にまたここで会おう、と約束を取り付けて笑顔で病室を去って行ってしまった。
琴葉も理仁の母親と同じくお暇しようとしたが、母親にまだ居てあげて、と声を掛けられ浮かせた腰を再び丸椅子へと戻してしまった。
まだ、もう少し目覚めた理仁と会話をしたいと思っていた所もあり、琴葉は母親の言葉に甘える事にした。
ベッドに横になっていた理仁が琴葉に視線を向けると申し訳なさそうに唇を開く。
「藤川さん、本当にすみません。俺の母親、結構勢いでパンパン決めちゃう人で……土曜日も無理して付き合わないで大丈夫ですよ」
まるで琴葉を気遣うような理仁の言葉に、琴葉はぶんぶんと首を横に振る。
「と、とんでもないです……! 寧ろ、お母様がああして声を掛けて頂いて嬉しかったです……。大隈さんのマンションまでご一緒出来る事も嬉しいですし」
「あー……土曜日、本当にすみません……でも、助かります、ありがとうございます」
理仁の母親は、明日一日掛けて荷物を纏め土曜日の朝に宿をチェックアウトする予定だ。
そして、その足で土曜日に病院までやって来て、その日もお見舞いに来ると言ってくれた琴葉が面会終了時間が来たら、母親を連れて一緒にマンションまで帰ってくれる事になった。
琴葉は、理仁の隣人である為、マンションまでの案内を自ら願い出ようとしていたのだが、琴葉がその言葉を告げるより早く、理仁の母親が「藤川さんに理仁のマンションまでの道を案内してもらってもいい?」と聞かれ、二つ返事で頷いた。
「いえいえ。大隈さんのお母様を元々ご案内させて頂こうと思っていたので、本当に気にしないで下さいね」
「──ありがとうございます」
申し訳なさそうに、だけど何処かほっと安心したような表情を浮かべる理仁に、琴葉も慣れぬ土地に自分の母親を放り出すのを躊躇していたのだろう、と考える。
まだ暫くは理仁も動ける状態にはならない。
だからこそ、誰か近場に知り合いがいれば、と思っていたのかもしれない。
「私でご協力出来る事があれば、いくらでも仰って下さいね!」
琴葉はぐっ、と拳を強く握り締めると理仁に任せてくれ、と言うように胸を張って力強くそう答えたのだった。
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