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しおりを挟む二人が車から降りると、むわっとした空気に包まれる。
「あー……箱根とは言え、八月はやっぱり暑いですね」
「確かに……、標高が高い所だったら少しは涼しいかも、って思ってたんですけど……東京よりは少し涼しい? くらいですねー」
琴葉は自分の首元を手のひらでパタパタと仰ぐような仕草をして理仁に笑い返すと、足湯がある場所を探す。
駐車場を歩いて温泉宿の方向へと進めば、建物の影になって丁度日陰となる部分にその足湯があり、利用客がいない事に理仁は「利用客が居ないなんて珍しいですね」と琴葉に話し掛けた。
「足湯を始めたの、今年からでまだ観光に来ている人達もこの宿で足湯に入れるって知らないみたいです! 美術館とか、カフェと併設している所にやっぱり皆行っちゃうみたいですね」
「──なるほど。何だか凄い得した気分になりますね」
「ですよね。利用料金も安いし、ここでもソフトドリンク頼めるし、喉を潤しながら景色を楽しめて温泉にも足だけですけど、浸かる事が出来るのは嬉しいですよね!」
琴葉はにこにこと笑顔を浮かべながら理仁の手を引き、温泉宿へと入館する。
どうやら足湯の利用はフロントで申し込んで、そこでタオル等を借りるようだった。
「大隈さん、何か飲み物飲みます?」
「そうですね……足湯に浸かったら喉乾きそうですし……緑茶でも頼みます」
理仁が藤川さんは? と琴葉に聞くと、琴葉も私も頼みます、と笑顔で言葉を返した。
フロントで利用料金を払い、タオルを受け取る。
ドリンクは足湯温泉の場所まで持ってきてくれるらしく、理仁と琴葉はタオルだけを手に持ち再び外へと出てきた。
「貸し切り状態、ラッキーですね!」
「藤川さんが選んでくれたからですよ。凄い贅沢な気分を味わえて得しました。ありがとうございます」
「いえいえ! 今日はまったりしましょ!」
理仁が琴葉に向かってお礼を告げると、琴葉は照れ笑いのような表情で嬉しそうに返事をする。
少し標高が高い場所にある温泉宿だからか、足湯に浸かりながら目の前に広がる景色も楽しめそうで、理仁は椅子に腰掛けると早速履いていた靴や靴下を脱いで行く。
自分の靴や靴下を備え付けのボックスに入れて、板張りになっている床を進んで席へと向かう。
自分の目の前を進んで行く琴葉に、手を引かれながら理仁は眼前に広がる景色に瞳を細める。
「──秋頃に来てもまた違う景色を楽しめそうですね」
「そうですね、紅葉の季節はすっごく綺麗だと思います……! それに、冬も雪化粧をされたみたいになって凄く綺麗だと思うんですよね」
「確かに。寒い時に足湯に入るのもまた気持ち良さそうですね」
二人で談笑しながら席へとやってくると、腰を下ろす。
標高が高い場所にあり、足湯の施設がある部分も駐車場から少し高く設置されているからか、椅子に腰掛けると目の前は広大な大自然が広がり、理仁と琴葉は知らず知らず感嘆の溜息を零した。
暫し二人で無言のまま景色を楽しんでいると、先程フロントで頼んだドリンクが運ばれて来て、二人が着いているテーブルの上に置かれる。
「何だか、すっごく贅沢な時間ですね」
「──ですね……。日々のストレスが綺麗に浄化されそうです」
「ふふっ、ストレス社会ですもんねぇ」
琴葉が笑いながら運ばれて来たドリンクに口を付けて楽しげに瞳を細める。
「これも、大隈さんが教えてくれた映画の"非日常"みたいでわくわくしますね」
琴葉の言葉に理仁も「確かに」と頷く。
「あの主人公もこうやって色々な所に出向いて、色々な経験をしてましたもんね」
「ええ。沢山の経験って、自分の糧になりますもんね。様々な経験をして、時々大変な目に合って、それでも"新しい事"にアグレッシブでしたもんね」
「そうなんですよね。……俺、あの映画が何でこんなに好きなんだろう、って思ったんですけど。非日常を楽しむ主人公を通じて、俺もその願望を叶えて貰ってたのかなぁって……。だから何度でも観るし、何度でも楽しめるのかなぁ、って」
「主人公の経験を、自分が体験しているように共感して自分の事のように昇華してたんですかね?」
「そうかもしれないですね。……アクション映画とかで得られるハラハラ感や感情の昂りも好きですけど……なんか、こう……じんわりと積もって行くような……非日常何だけど日常的な雰囲気が好きなのかもしれません」
理仁はゆるり、と瞳を細めるとドリンクの入ったグラスを持ち上げて一口飲み込む。
琴葉に言われた通り、非日常的な楽しみをしている主人公に日常から抜け出せない自分を投影して、楽しんだり、少し羨ましく思ったりしていたのかもしれない、と理仁は考える。
けれど。
理仁はちらり、と横に居る琴葉に視線を向けてすぐに視線を目の前の景色に戻す。
(藤川さんと一緒に居ると、日常だったものがこうして簡単に非日常になるんだよな……一緒に居て楽しい、し……安心する……)
理仁と琴葉は、長い時間その場で景色を楽しんでから宿へと向かった。
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