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 そうして理仁と琴葉はマンションまでの帰り道を並んで歩く。

 以前のように今日は特に寄り道をするでも無く真っ直ぐに家へと帰って来ると、二人はお互い自宅の扉の前で顔を見合わせてから「おやすみなさい」と言葉を交わしてそれぞれ自分の家へと入って行った。



 玄関を開けて中へと入った琴葉は、室内が真っ暗な事に何処かほっとすると、廊下にある照明のスイッチを押してリビングへと進む。

 コートを脱ぎながら、理仁から貰ったお土産の袋をそっとリビングのローテーブルに置くと、ソファにコートを一旦置き、洗面所へと向かう。
 さっと手をかざすと自動でハンドソープが出て来て、軽く手を洗いうがいもする。

 洗面所を出ると、琴葉はいそいそとリビングへ戻って来て、理仁から貰ったお土産が乗っているローテーブルの前にちょこん、と座ると胸を弾ませながらそっとラッピングの紐を解いた。
 ガサガサ、と袋を開けて中に入っている物を取り出す。
 琴葉の指先にはつるり、とした感触が伝わって来て、指先が触れた部分は冷たい。

「──何だろう……」

 琴葉は、袋から取り出した物を自分の手のひらの上にちょこん、と乗せて小さく瞳を見開くと言葉を零す。

「──か、可愛い……!」

 硝子細工の猫だろうか。
 小さな黒猫が体をぐぅ、と伸ばしているような体勢を模しているのだろう。
 背中が丸く反っていて、琴葉はぴん、と何かを思い付くとそのお土産をローテーブルに丁寧な仕草で置くと、パタパタとキッチンの方へと駆け足で向かい、引き出しを開けると中にあった物をむんず、と鷲掴んで急いで戻って来る。

「これ、箸置き──」

 ちょこん、と自分の箸を猫の反った背中に乗せると丁度いいバランスで小さな猫が箸を支えてくれる。

 可愛らしい見た目の箸置きに、琴葉はついつい小さく笑みを零すと、旅行中にも関わらず自分の存在を覚えて気に掛けてくれていた隣の部屋の理仁に嬉しさと同時に何だか擽ったいような気持ちが湧き上がる。

「今度、大隈さんにお礼を言わないと……それに……」

 琴葉はそこでぽつり、と言葉を途切るとそっと視線を俯かせる。

「割られないように気をつけなくちゃ……」



 琴葉が扉を開けて中へと入った直ぐ後。
 理仁も自分の家の中へと入ると、靴を脱いでリビングへと向かう。

 リビングの灯りを付けてコートをソファにばさり、と投げると手荷物をテーブルに置いて洗面所へと向かう。

「藤川さんとまさか駅で会えるとはな……」

 偶然にも、旅行から帰ってきたその日に琴葉と会う事が出来て、そして浮かれて買ってしまったお土産を渡す事が出来て良かった、と一息着く。

「あれだったら……物も小さいし、土産でもらったとしても負担にならない、よな……」

 理仁は手を荒いながらついつい無意識にちらり、と琴葉の部屋の方向に視線を向けてしまう。

 硝子細工の猫の箸置き。
 見た目も可愛らしいし、日常的に使用する事が出来る。
 あの箸置きを見た瞬間、何故か理仁は琴葉を思い出してしまい、自然とあの箸置きを手に取ってしまっていた。

 同じように土産物屋に来ていた同僚の蒲田に散々からかわれたが、恥ずかしい思いをしてでも買って良かった、と理仁は満足気に表情を緩めると、タオルで手を拭いてから小さく鼻歌を歌いながらキッチンへと足を向ける。

 常備している缶ビールを数本取り出すと、琴葉と帰って来る途中に寄ったコンビニで買った弁当を取り出してリビングのソファへと座る。

 出勤時間と、帰宅時間の違いから中々琴葉と顔を合わす事が少ない状況で、偶然にも帰り道で姿を見付けて一緒に帰って来れた事はとても貴重だ。
 この偶然で出会わなければ土産を渡す事無く忘れてしまっていたかもしれないな、と理仁は考えながら、買った弁当の蓋を開けておかずにかぶりついた。

 渡せないかもしれない、と思っていた土産を渡す事が出来てすっかりと浮かれきっていた理仁は、箱根で出会ったあの占い師の女性の言葉がすっかりと頭から抜けてしまっていた。
 旅行の最中はあれだけ気にしていたと言うのに、日常に戻れば綺麗さっぱりとその占い師の助言を忘れてしまっていた。

 理仁は、数ヶ月後。
 その占い師に言われていた言葉をすっかり忘れていた事を後悔するはめになる。
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