20 / 60
20
しおりを挟む理仁と昂太がバスに乗り込んで少し。
会社の前で乗る予定だった全員が乗り込んだのだろう。
バスの扉が閉まり、発車のアナウンスが車内二流れる。
自分で運転せずに車に乗るのは久しぶりだな、と理仁が考えていると隣に座った昂太が楽しげに話し掛けて来た。
「理仁先輩! 今日俺たちが泊まる場所って露天風呂あるんですね、露天風呂! 俺、長く湯に浸かるの好きなんですよね~」
「──へえ、そうなのか。俺とは真逆だな。俺は熱い風呂が苦手だからあんまり長く浸かれないんだよな」
「あー、結構長湯するのが苦手な人多いっすよね。理仁先輩もそのタイプだったのか~……宿泊施設の露天風呂には酒とか持ち込み禁止っすけど、個室とかに付いてる露天風呂は酒持って入った事ありますよ!」
「──アルコール摂取して、風呂に入るのは不味いだろう……。しかも飯沼は酒に弱いんだから今後はやめとけよ……」
理仁が「ぶっ倒れたらどうすんだ」と呆れたように昂太に話し掛けると、昂太も笑顔で理仁に返す。
「まあ、でも一人で入る事あんまりないじゃないですか! 友達とか、彼女と来てたら彼女居ますし大丈夫っすよ!」
「──ああ、そっか……一人旅じゃねえもんな」
始めから理仁の中では一人旅での温泉と変換されていたのだろう。
理仁は「そうか、連れがいるもんな」と呟くと昂太が不思議そうに理仁に話し掛けて来る。
「えっ、旅行とかって友達とか彼女とかと来ません? 理仁先輩って一人旅とかの方が好きなんですか?」
「あー……、まあ……そうだな。一人旅の方が俺は好きかもしれない。一人でゆったりと好きに行動したいと思うからな……」
「ええ……理仁先輩って俺より二つ年上ですよね? これだけしか年齢変わらないのに、俺の父親みたいな事言ってる……」
「はぁ? 俺が実年齢より老けてるって言いたいのかよ?」
「やっ、違いますっ違いますって! 落ち着いてるって事ですよ!」
自分の失言に気付いたのだろう。昂太はあわあわと慌て出すと、必死に理仁に弁解を始めるが、理仁はふん、と鼻を鳴らすとそのまま座席に深く凭れて寝てしまおうと目を閉じた。
昂太は未だあわあわと慌てているようだが、理仁はそのまま眠気に逆らう事無く、寝てしまおうと顔の向きを窓側へと向けて寝に入った。
理仁が寝入ってしまってからどれくらい時間が経ったのだろうか。
隣に座っていた昂太は下手に理仁に話し掛け続けて怒らせてしまう事を避けて、自分も少しの間寝ようか、と目を瞑ったが楽しみにしていた慰安旅行に感情が昂ってしまっているのか、全く眠れる気配が無くてぱちり、と目を開けた。
バスの車内は、小声で会話をする声や、理仁と同じく長距離の移動の為睡眠を取っている人も多い。
席に座った状態でゴソゴソ動くのも周囲に迷惑が掛かってしまう為、手持ち無沙汰にスマホをいじる事しか出来ない。
「次にバスが止まる時には理仁先輩起きてくれるかな……」
昔から昂太はじっと大人しくしている事が苦手だ。
仕事中や、学生の時の授業中などは真面目に仕事なり授業を受ける事が出来るが、こうした「私生活」の時にじっとしている事は苦手だ。
人と会話をするのも好きだし、誰かを笑わせる事も好きだし、自分が笑う事も好きだ。
昂太がこの会社に入社して半年とちょっと。
入社した時に自分の指導担当になってくれた理仁が、次第に暗い表情になって行くのに気付いた昂太は、初めは自分がミスばかりする新人で、理仁を煩わせているのかと思ったのだが、どうも理由は自分では無い、と気付いて、昂太は理仁がそんな表情をするのが気になっていた。
「──半年前くらいが、一番酷かったんだよなぁ……理仁先輩……」
半年前、一番理仁の表情が強ばり、感情が抜け落ちたかのような表情を毎日していた。
「最近、何か元気そうに表情が動くようになったと思ったんだけど……」
昂太はちらり、と眠っている理仁に視線を向けて考え続ける。
最近は、昂太の無茶な要求にも嫌そうにしながら頷いてくれる事が増えた。
だからこそ、昂太は以前よりも会社の先輩、後輩として距離を縮める事が出来たか、と期待したのだがさっさと眠ってしまった理仁にその考えも自分の自惚れか、と少しだけがっかりとしてしまった。
0
お気に入りに追加
106
あなたにおすすめの小説
英雄になった夫が妻子と帰還するそうです
白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。
愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。
好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。
今、目の前にいる人は誰なのだろう?
ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。
珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥)
ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。
となりの席の変態さん
犬派のノラ猫
ライト文芸
のんびりとした休み時間
今日も今日とていつものように
君は俺に話し掛けてくる。
これは二人の秘密の雑談から
始まるすこし変わった彼女と俺との
青春の物語。
こちら4西病棟特別室〜ワケあり患者様たちに翻弄されています〜
氷雨そら
ライト文芸
看護師として働く橘美咲は、ある日、院長室に呼び出される。
そこで、配属先が告げられる。
それは、4西病棟特別室だった。
「えっと、なぜか患者様に狐みたいなケモ耳が見えます。んんっ? ベッドの下に尻尾が二本ある三毛猫? それに騎士様? 気のせいですよね」
「他のスタッフには、普通の人間に見えているはずだ」
神社の家系である美咲と、一部の人間だけに、見えてしまうらしい患者様たちの真実の姿。
特別室で、働き始めた美咲と変わった患者様たちの少し切ない、ほのぼのストーリー。
夫が離縁に応じてくれません
cyaru
恋愛
玉突き式で婚約をすることになったアーシャ(妻)とオランド(夫)
玉突き式と言うのは1人の令嬢に多くの子息が傾倒した挙句、婚約破棄となる組が続出。貴族の結婚なんて恋愛感情は後からついてくるものだからいいだろうと瑕疵のない側の子息や令嬢に家格の見合うものを当てがった結果である。
アーシャとオランドの結婚もその中の1組に過ぎなかった。
結婚式の時からずっと仏頂面でにこりともしないオランド。
誓いのキスすらヴェールをあげてキスをした風でアーシャに触れようともしない。
15年以上婚約をしていた元婚約者を愛してるんだろうな~と慮るアーシャ。
初夜オランドは言った。「君を妻とすることに気持ちが全然整理できていない」
気持ちが落ち着くのは何時になるか判らないが、それまで書面上の夫婦として振舞って欲しいと図々しいお願いをするオランドにアーシャは切り出した。
この結婚は不可避だったが離縁してはいけないとは言われていない。
「オランド様、離縁してください」
「無理だ。今日は初夜なんだ。出来るはずがない」
アーシャはあの手この手でオランドに離縁をしてもらおうとするのだが何故かオランドは離縁に応じてくれない。
離縁したいアーシャ。応じないオランドの攻防戦が始まった。
★↑例の如く恐ろしく省略してますがコメディのようなものです。
★読んでいる方は解っているけれど、キャラは知らない事実があります。
★9月21日投稿開始、完結は9月23日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる