73 / 82
73
しおりを挟む「リドティー嬢。使用人の多い時間帯とは言え、あまり食堂に長居せぬよう……」
「──ええ、承知しております」
周囲をそれとなく警戒しながら護衛に声を掛けられ、フィファナは微笑みながら頷く。
(リナリーの部屋にはもう行く必要は無いわよね……。もう一人敵が潜んでいるのであれば、その敵は何の目的があって邸にいるのかしら)
食堂に到着したフィファナは、使用人達と軽く言葉を交わしながら水を用意してくれるよう伝える。
フィファナの頼みに快く対応してくれる使用人達に笑顔を返しながら、フィファナはそれとなく使用人達を観察する。
(もし、タナストン邸に使用人として潜り込んでいたのなら……当主交代の時に一部の使用人は入れ替わっているけど、前伯爵が以前から大公家に弱味を握られていたのであれば、今回の入れ替わりより前から働いているはず……)
使用人達に不自然な行動を取る者はおらず、フィファナはふ、と食堂の奥──普段料理を行う人間が居る方向に視線を向けた。
広い厨房の中には何人かの料理人が居て、食材の確認や整理を行っている。
何の気なしに見ていたフィファナだったが、その中で一人。
フィファナから不自然に顔を背けた人間が居た。
「──……、?」
「リドティー嬢……? どちらに?」
「ええ、ちょっと……気になる人が居て……」
フィファナは手に持っていたグラスをテーブルに置き、ふらりと厨房の方向に体を向けた。
フィファナの行動に違和感を覚えた護衛が声を潜めて問い掛けて来る。
フィファナはすっと護衛達に近付き、ひそりと声を落として護衛達に先程感じた違和感を共有した。
「ただ、厨房の方向を眺めていたのですが……。その中で一人、あからさまに私から顔を背ける人がいたのです」
「──本当ですか? ちなみにどんな風貌の人間ですか? 何かおかしな行動をしていますか?」
フィファナと護衛二人は相手を刺激してしまわないよう気をつけながら言葉を交わし合う。
フィファナは厨房に向けていた体の向きを自然に逸らし、護衛達と談笑する形を装ってグラスに手を伸ばした。
グラスで自分の口元を隠しながら、護衛に向かって伝える。
「あれは……確か料理長のハーキンス……? そのような名前だったはずです……。料理長は普通の料理人とは色の違うタイを付けておりますので、すぐに分かるかと」
「──……ああ、あの水色のタイを付けた男が料理長ですね」
「ええ。私の視線から逃げるように顔を背けましたわ。声を掛けてみてもいいかもしれません」
「……分かりました」
フィファナと、護衛二人はお互い顔を見合わせて頷き合い、フィファナはその場を動かず。
護衛の二人の内一人は真っ直ぐ料理長に向かい、もう一人はフィファナの前方少し進んだ辺りで攻撃に備え停止した。
護衛の一人が近付いて来る事に気付いたのだろう。
料理長、ハーキンスは顔色を悪くさせて後退している。
彼の同僚達はハーキンスの行動を不思議がり、ハーキンスに声を掛けている。
(不味いわね……。使用人達を人質に取られてしまったら……!)
フィファナの焦りとは裏腹に、ハーキンスは心配して声を掛けてくる同僚には言葉を返す事は無く、近場にあったシルバーナイフを何本か鷲掴みにした。
「──っおい!」
ハーキンスの行動に、流石にギョッとした護衛は怒声を上げるが、ハーキンスは動揺している同僚達の体を近付いて来る護衛に向かって突き飛ばす。
厨房の出入口でそのような行動を起こし、護衛は突き飛ばされて来た他の料理人を咄嗟に受け止める。
「──っ、待て! 止まれ……!」
ざわつく他の使用人達の間を抜い、ハーキンスがフィファナ達に向かって駆けて来る。
その必死の形相に、フィファナも前に居る護衛も、この料理長ハーキンスが大公家が密かに潜り込ませていた人物なのだろう、とあたりをつける。
「……逃げられる訳が無いだろう……! 大人しく捕まり、詳細を吐け! さすれば殿下方も悪いようにはしないはずだ!」
護衛が叫び、腰の長剣を抜き放つ。
食堂内は一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、無関係の使用人達が突然の事に逃げ惑う。
「そんな事、信じられるか……! そこを退け……!」
「……っ、!」
ハーキンスが一吼えし、掴み持っていたシルバーナイフを護衛目掛けて投擲する。
護衛は素早くナイフを床に叩き落とす。
だが、護衛の動きを読んでいたのだろう。ハーキンスは気にする事無く、続けてナイフを投擲する。
「……っ何かないかしら……っ」
フィファナは護衛の背に庇われたまま、きょろりと周囲を見回す。
使用人を受け止めた護衛がもうすぐに合流する。
数秒間だけハーキンスの足を止めてしまえば、後は護衛がハーキンスを捕らえてくれるだろう。
「──あっ!」
フィファナは、先程まで自分が使っていたグラスを握り締めたままだった事を思い出し、勢い良くハーキンスに体の向きを変える。
ハーキンスは未だに諦めずシルバーナイフを投擲している。
護衛がそれを上手く弾いてくれているので、フィファナは安心して少しだけ体の位置をずらし、ハーキンスの姿を自分の視界でしっかりと捕らえた。
突然護衛の背中からひょこり、と姿を現したフィファナにハーキンスは驚き、目を見開いた。
そして、ハーキンスが握り締めていたシルバーナイフがフィファナに狙いを定めようと腕の位置が変わった。
その動きがとてもゆっくり見えて。
その不思議な感覚には戸惑う事無く、フィファナは握ったグラスを力一杯振りかぶった。
そして、数瞬後。
食堂にはグラスの割れる音が響いたのだった。
169
お気に入りに追加
4,714
あなたにおすすめの小説
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
【完結】どうかその想いが実りますように
おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。
学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。
いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。
貴方のその想いが実りますように……
もう私には願う事しかできないから。
※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗
お読みいただく際ご注意くださいませ。
※完結保証。全10話+番外編1話です。
※番外編2話追加しました。
※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】貴方を愛していました。
おもち。
恋愛
婚約者には愛する人がいるが、その相手は私ではない。
どんなに尽くしても、相手が私を見てくれる事など絶対にないのだから。
あぁ、私はどうすれば良かったのだろう……
※『ある少女の最後』はR15に該当するかと思いますので読まれる際はご注意ください。
私の小説の中では一番ざまぁされたお話になります。
※こちらの作品は小説家になろうにも掲載しています。
旦那様、離婚してくださいませ!
ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。
まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。
離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。
今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。
夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。
それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。
お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに……
なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
【完結】公女が死んだ、その後のこと
杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】
「お母様……」
冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。
古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。
「言いつけを、守ります」
最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。
こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜
みおな
恋愛
大好きだった人。
一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。
なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。
もう誰も信じられない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる