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しおりを挟むこの邸に何度か出入りしているアレクは、使用人が先程のタイを身に付けている姿を記憶していた。
そして、フィファナの専属侍女ナナ、と言う女性の顔を見た事があるアレクは、ナナもタイを身に付けていた姿を見ていた。
──まるで隠すように入れられていたタイ。
部屋の中は荒れ果て、物には血痕が付着している物が多いと言うのに先程見付けたタイは真新しく、綺麗な物だった。
タイの状態を見るに、まるで荒れ果てた後にやって来た人物が何か自分の証を残すようにして置いていったように思えてしまう。
「隠すように……? 引き出しの中の物も先程のタイ以外は外にぶちまけられている……。何か、隠れなくては行けない状況になって……自分の痕跡を残したのか……? 何のために……。誰かに見付けて欲しくて……? 誰か、とは……フィファナ嬢か……?」
この部屋を探ってみる、と侍女のナナは言っていたらしい。
それならば、ナナの姿が無ければその違和感に一番初めに気付くのはフィファナだ。
そして、恐らくフィファナなら自分を探してくれる、とナナは思っていたに違い無い。
そして、もしかしたらナナは自分の痕跡を残したのだろうか。
「だが、血痕の状態から見て……日にちは経っていない……。けれどナナが姿を消したのは数日前から……? 時間が合わないな……」
どう言う事だろうか。
アレクがそう考えていると、廊下からフィファナの焦ったような声が聞こえて来て、アレクははっとして部屋の外の様子を確認する事にした。
「──これは……っ、ナナの物ですわ……! 私も部屋の中に入れて下さい……っ」
「リドティー嬢、それは出来かねます……っ」
アレクが部屋の外を確認する為に出てみれば、案の定フィファナが取り乱した様子で護衛に声を掛けている。
「フィファナ嬢」
このままでは部屋の中を見られてしまう。
あの凄惨な部屋の状態を女性に見せる事は憚られる。
そう考えたアレクはフィファナに向かいながら声を掛けた。
部屋から出てきたアレクに気付いたフィファナは、はっとして振り向き、アレクに顔を向ける。
フィファナの手にはタイが握りしめられており、フィファナの剣幕にトルソンも、フィファナの友人二人も、そしてヨードすら戸惑っている様子で。
「キーティング卿……っ。これはっ、これはナナの物です……っ。私の専属となってくれたナナに、私が持っていたブローチを贈ったのです……」
「──なるほど。それが、ここに付いているのか」
差し出されたタイの裏側には、フィファナが示す通り、小粒の宝石をあしらったブローチが付けられている。
フィファナ本人がナナに贈った、と言うのであればやはりこのタイの持ち主はナナで間違いないのだろう。
「だが、フィファナ嬢。それが行方の知れない侍女の物だとしても、女性にあの惨状を見せる訳にはいかないんだ……。すまないが分かってくれ」
アレクの「惨状」と言う言葉に、フィファナも、傍に居たエラもぴくり、と怯むように肩を震わせた。
「惨、状……? そんな事に……」
「やはり、先程感じた匂いは……」
トルソンとハリーが顔を見合わせ、小さく言葉を交わし合う。
アレクはフィファナ達の前で説明を始めた。
「あの部屋で、誰かが襲われた事は確かだ。……恐らく、あの状況からして襲われた人物はもうこの世にいない可能性がある……。その状態の部屋の中で、真新しいタイが見つかった……。フィファナ嬢、ナナと言う侍女は数日前から姿が見えない、と言っていたな?」
「──え、ええ……はい、そうです……」
「ならば、もしかしたらナナは無事な可能性がある。数日前から姿が見えないのであれば、何らかの事情に巻き込まれ、姿を消したかもしれない……あの部屋の中でタイだけが綺麗と言う事は、誰かが襲われた後にナナがこの部屋にやって来た、と言う事だ」
「邸で……こんな事が……」
アレクの説明を聞き、ヨードが顔色を悪くして呟く。
参ったように頭を抱える様子や表情からして、この一件には無関係なのだろう、とアレクはそう判断した。
「タナストン伯爵。直ぐに街の騎士隊に連絡を。正式な調査は彼らの管轄だ」
「──かっ、かしこまりました、殿下……!」
アレクにそう言われ、ヨードは慌てて踵を返して引き返して行く。
足を引きずるヨードに気付いたアレクは、近くにいた護衛に「手伝ってやれ」と声を掛けた。
そして、その後にアレクはフィファナに向き直って口を開く。
「フィファナ嬢。この邸で、仕事を怠けるのに都合が良い場所……。そうだな、人気が無い区画などはあるか?」
「──ありますわ!」
「分かった、案内してくれ」
こくり、と頷いたアレクは廊下を引き返すようにして歩き出したフィファナの後を追った。
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