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 ──何を言っているのだろうか、この人は。

 最早厚顔無恥とも取れるヨードの主張に、フィファナは呆れ切ってしまう。

「……もし、旦那様が私の立場でしたらやり直す事を選びますか?」
「──っ」

 フィファナの言葉に、ヨードは羞恥で顔を赤く染めつつ、膝の上に置いた拳を握り締めた。

「旦那様も私の答えなど分かっているとは思いますが、敢えてはっきりとお答え致しますわ。離縁を考え直すなど、到底無理なお話です。離縁して下さいませ」
「……だがっ、私はリナリーに騙されて……っ」

 フィファナにはっきりと拒絶されたと言うのに、それでもヨードは諦め切れないようで尚も声を上げ続ける。

 何故そんなにも離縁を渋るのか。
 タナストン伯爵家にとって、それ程リドティー伯爵家は逃がしたく無い家なのだろうか。

(いえ……。実家をこう言ってしまうのは何だけど……。我が家には資金は潤沢にあれど、横の繋がりはそれ程強く無い筈だわ。リドティー伯爵家の資産に執着しているの……? けれど、潤沢とは言え、昔から続く侯爵家や公爵家に比べれば全然下よ……? 旦那様の様子から、資金に執着しているような雰囲気は無いし……)

 何か企みのような物でもあるのだろうか、とフィファナはちらりとヨードを窺う。
 けれど、裏がある人間特有の落ち着きの無さは見受けられず、離縁をしたくない、と言い出したヨードの目的が分からずフィファナは首を傾げつつヨードに向かって否定の言葉を返す。

「騙された、としてもです旦那様。婚約期間中も、そして婚姻後も私の話を聞いて下さらず、距離を取り、避け続けたのは旦那様です」
「──っ、それ程までに俺と夫婦を続けるのは嫌か……っ」

 未だ、しつこく言い募るヨードにフィファナはしっかりとヨードを見詰め返してはっきりと言葉を放った。

「旦那様が首を縦に振って下さらなければ、私は自死を選びます。……我が国で自死は最も重い罪……ですが、それを選ぶ程の気持ちだと言う事をどうか理解して下さい」
「──っ、」

 フィファナの口から「自死」と言う言葉を聞き、ヨードはひゅっと息を飲み込む。

 この国では、この世界を創った神が国になる前のこの土地に降り立ち、人間が住みやすいよう手助けをしてくれた、と言う建国神話がある。
 その神は創造主であり、全ての命の源と考えられているからこそ、この国では人の命は尊いものであり、自ら命を絶つ事などあってはならない、と教えられている。

(……建国神話を信じず命を軽んじる人間も居るけれど……)

 表面上は皆建国神話を信じている、と言う態度でいる。

「そんな……それ程……」
「……むしろ、何故私が旦那様の提案に乗る可能性がある、とお考えになったのか……疑問ですわ。……話が終わったのであれば、もうよろしいでしょうか? 私もそろそろ邸を出なければならない時間ですので」

 フィファナがナナを呼ぶベルに手を伸ばし、掴んでもヨードは俯いたまま返事をしない。

 ここまで頭から拒絶されるとは思わなかったのだろう。
 ヨードは未だショックから立ち直れていない様子だが、フィファナはヨードに構わずベルを鳴らした。

 すると、部屋の直ぐ外に控えてくれていたのだろうか。
 ベルの音が鳴り終わる前に扉から直ぐにナナが姿を現した。

「お呼びでしょうか、奥様!」
「──ええ。旦那様とのお話は終わったわ。このまま玄関に向かうから手を貸してくれる?」
「勿論でございます! どうぞお掴まり下さい!」
「ありがとう、ナナ」

 にこやかに侍女と言葉を交わすフィファナを、ヨードは唖然としたまま見詰める。
 式を終えて、フィファナが邸で過ごすようになってから笑顔を向けられた事の無かったヨードは悔しそうに唇を噛み締め、再度俯いた。

 あんな事を言われてしまえば、これ以上離縁には応じない、と言い続ける事は不可能だ。
 そして、フィファナにその発言をさせてしまった原因は自分にある。
 原因は自分なのだ、と言う事に漸くヨードはもう夫婦の仲はどう足掻いても修復不可能である事を認める。

(……修復も何も、初めから俺とフィファナの間には何も始まっていない……)

 ヨードは乾いた笑い声をか細く上げる。

 フィファナはヨードの声にぴくりと反応したが、特に触れる事は無く、ナナの肩に手を当てた状態でヨードに半身だけ振り返った。

「それでは旦那様……私はここで失礼します。さようなら」

 フィファナはにっこりと可憐な笑顔を浮かべてヨードにそう告げると、晴れやかな気持ちで部屋を出て行った。


 室内には、一人ぽつりと残されたヨードが暫くソファに座ったまま、項垂れ続けた。
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