44 / 82
44
しおりを挟む「何、だ……これは──……」
フィファナの父、トルソンは呆然としつつ掠れた声でそう呟くのが精一杯で。
共に随行させていた護衛もトルソンと同様、室内の惨状に戸惑っており、誰もが動き出せない状態で。
その中でもトルソンは何とか平静さを取り戻し、ぎこちなく足を踏み出す。
靴底で割れた硝子を踏み、じゃりじゃりと不快な音を出しながら、先日この部屋で会った筈の前伯爵と、伯爵夫人の痕跡を探す。
薄暗い室内のため、護衛にランタンを持ってこさせ、地面を照らしながらトルソンはある地点で足を止め、その場にしゃがみ込んだ。
地面をランタンの灯りで照らし、目を細めて凝視する。
「……これは、血か……?」
割れた硝子に所々付着している赤茶色の汚れを見付け、トルソンは眉を顰める。
場所によっては赤黒く変色していて、その色から大分時間が経っている事を察したトルソンはしゃがみ込んでいた体勢から勢い良く立ち上がり、護衛に向かって指示を出す。
「──もしかしたら前タナストン伯爵は何者かの襲撃に会い、連れ去られた可能性がある……! 邸内をくまなく確認しろ!」
トルソンの言葉に、彼を守る護衛数人だけがその場に残り、残りの護衛達はすぐさま部屋の外へと向かう。
「くそっ、話を聞こうとしたのにタイミングが悪い……」
悔しそうにトルソンは言葉を紡ぐが、果たしてタイミングが悪いのか、良かったのか。
トルソンはまだフィファナ達の邸で何が起こったのかは知らないため、何故こんな事が起きたのか理解が及ばない。
だが、タイミングから見て十中八九、前伯爵と伯爵夫人は事件が露呈すると都合が悪い何者かに連れ去られた可能性があるのだ。
「室内に何か痕跡は無いか……?」
この邸は広い建物では無い。
部屋数もカントリーハウスにしては少なく、以前トルソンが訪問した際は使用人も必要最低限。
隅々まで手入れが行き届いている訳でも無く、長い歴史を持つタナストン伯爵家の前当主夫妻が過ごすには適していない邸だ。
だが、そんな邸に両親を追いやる事が出来るのは息子であり、現タナストン伯爵のヨードのみ。
ヨードは罰を与えるつもりでこの邸に両親を軟禁したのだろう。
だが、使用人の数も少なく、護衛もいた様子は無かった。
そんな守りの手薄な邸で過ごしていれば、襲撃された際は簡単に乗っ取られてしまうだろう。
トルソンは始め、野盗か何かに襲撃でもされたのか、と考えていたが考えを改める。
「これは……物取りに見せ掛け、細工をしているな」
一見すれば運悪く物取りの被害に会ってしまったように見えるが、その被害の作り方が「綺麗過ぎる」のだ。
そして、そんな面倒くさい手を使う人物は自分達と同じ階級の人間。
トルソンは気付きたく無かった、と言うような表情でぽつりと呟いた。
「──高位貴族が良く使う手だ……」
トルソンが室内の確認を終えた頃、邸内を見て回るよう指示していた護衛が戻って来た。
「旦那様。裏口に馬の蹄の跡がございました」
「裏口に?」
「はい。跡は消されていたのですが、一つだけ漏れてしまったようです」
「そうか、そうか……」
トルソンは顎に手を当てて考え込む。
ここまで用意周到に襲撃しておいて、蹄の痕跡だけを一箇所だけ残す、と言う失態を犯すだろうか。
答えは否であり、トルソンは顔色を悪くさせた。
「──わざと、残したのか……。こんな事をやってのける力がある、と示した……。これは警告か……」
これ以上調べるな、と言うようなメッセージだろうか。
その考えに至ったトルソンは急ぎその場を離れる事に決める。
恐らく、この後屋敷内部を探っても何も出ては来ないだろう。
「それよりも、殿下にご報告をしなければ……」
トルソンは急かされるように足を動かし、邸の玄関に向かった。
175
お気に入りに追加
4,714
あなたにおすすめの小説
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
結婚式当日に私の婚約者と駆け落ちした妹が、一年後に突然帰ってきました
柚木ゆず
恋愛
「大変な目に遭ってっ、ナルシスから逃げてきたんですっ! お父様お姉様っ、助けてくださいっ!!」
1年前、結婚式当日。当時わたしの婚約者だったナルシス様と駆け落ちをした妹のメレーヌが、突然お屋敷に現れ助けを求めてきました。
ふたりは全てを捨ててもいいから一緒に居たいと思う程に、相思相愛だったはず。
それなのに、大変な目に遭って逃げてくるだなんて……。
わたしが知らないところで、何があったのでしょうか……?
【完結】どうかその想いが実りますように
おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。
学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。
いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。
貴方のその想いが実りますように……
もう私には願う事しかできないから。
※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗
お読みいただく際ご注意くださいませ。
※完結保証。全10話+番外編1話です。
※番外編2話追加しました。
※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】貴方を愛していました。
おもち。
恋愛
婚約者には愛する人がいるが、その相手は私ではない。
どんなに尽くしても、相手が私を見てくれる事など絶対にないのだから。
あぁ、私はどうすれば良かったのだろう……
※『ある少女の最後』はR15に該当するかと思いますので読まれる際はご注意ください。
私の小説の中では一番ざまぁされたお話になります。
※こちらの作品は小説家になろうにも掲載しています。
旦那様、離婚してくださいませ!
ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。
まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。
離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。
今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。
夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。
それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。
お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに……
なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
【完結】公女が死んだ、その後のこと
杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】
「お母様……」
冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。
古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。
「言いつけを、守ります」
最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。
こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる