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しおりを挟む「……っ、ラティルド男爵家と……タナストン伯爵家、両家だけの問題では無い……」
「ああ……、もしかしたらそれ以上の──……」
ぽつり、と呟いたフィファナの声に答えるようにアレクがフィファナに顔を向けて、そこでハッと目を見開いた。
「タナストン夫人……!」
フィファナの顔色が悪く、アレクは焦る。
「すまない、私の今の言葉は聞かなかった事にしてくれ……。恐ろしい思いをしたと言うのに配慮に欠けていた……すまない」
「とんでもございません、殿下……。両家だけの問題で無いと言うのであれば、タナストン家と縁を繋いだ我が家にも被害が及ぶ可能性がございます……教えて下さり、ありがとうございます」
「──貴女の父君であるリドティー伯爵にも報せを送っている。リドティー伯爵家が巻き込まれないよう、こちらも手を打つから安心して欲しい」
アレクの言葉にフィファナは曖昧に頷く。
──本当に大丈夫、なのだろうか。
アレクは巻き込まない、と言ってくれるが先程言っていた両家とは違う、「それ以上の」何かが絡んでいるとすれば。
そして、フィファナはアレクの様子を見つめる。
フィファナの視線を受けてアレクは不思議そうに首を傾げているが、先程一瞬だけ垣間見えた焦りの表情。
この国の王弟であり、近衛騎士団長を務めている人物が焦るような素振りを見せた、と言う事はアレクの頭の中には高位貴族の関わりがある可能性が、と浮かんだのだろうか。
(侯爵家……いえ、公爵家すらも殿下の中では疑いの範囲内にあるのかしら……)
この国には侯爵家は五家、公爵家は二家のみ。
その内の何れかの家が関わっている可能性がある、とアレクは疑っているのかもしれない。
(……待って、そうしたら……本当に大事になるじゃない……!? とてもじゃないけど、到底伯爵家だけでは解決出来ない……。それに、もし、万が一高位貴族が絡んでいるのであれば……)
物事を慎重に進めなければ相手に気取られ、逃げられる可能性がある。
「その可能性に思い至った」と言う事を相手に知られれば排除される可能性もある。
フィファナは頭の中に一気に駆け巡ったその考えにぞわり、と悪寒を覚えてそろり、とアレクに視線を向けた。
アレクは暫し無言でじっとしていたフィファナを見ていたようで、フィファナの視線を受けて苦笑を浮かべた。
「……タナストン夫人。私に何も伝えないでくれ。貴女は今、タナストン伯爵と離縁する事で頭の中がいっぱいで、他の事を考える余裕は無いだろう?」
「そうですわね、殿下」
言い聞かせるようなアレクの言葉に、フィファナも引き攣った笑みを浮かべて肯定する。
アレクは何とも形容し難い表情を浮かべながら後頭部をかいた後、話題を変えた。
「あー……、そう言えば。夫人の学園時代の友人がこの邸に滞在するとか……? だが、夫人は暫く母君の看病でリドティー伯爵家に戻ると聞いていたがどうするんだ?」
「そう、ですね……。友人には事情を話して、明日の朝一番に帰宅してもらうつもりです。私も友人をゆっくり持て成す時間も取れないですし……。また別の機会を設ける予定ですわ」
「うん、その方が良いだろうな。私も明日、リナリーを別の拘留場所に連れて行く。タナストン伯爵から返事が戻って来たら夫人にも知らせよう。その間は母君とゆっくり過ごしていてくれ」
「……かしこまりました、殿下。本当に色々とありがとうございます」
にこり、と笑顔を浮かべるフィファナだが、その顔色は未だに青白いままだ。
そろそろリナリーの移送の準備に取り掛かるか、とアレクは腰を上げかけたがソファに座ったままのフィファナを疑問に思う。
今までのフィファナであれば、アレクが退席する雰囲気を察して素早くソファから立ち上がるのだが、今は何かに耐えるようにぐっ、と拳を握りしめたままソファに座ったままだ。
「タナストン夫人、どうした? やはり具合が……?」
「あ、いえ……! 大丈夫です……!」
アレクの言葉に慌てて答えるフィファナだが、ソファから立ち上がる素振りは見せない。
アレクがフィファナの態度に心配して更に話しかけようとした所で、同じ部屋に控えていたフィファナの侍女、ナナが咄嗟に口を開いた。
「勝手に発言をする事をお許し下さい、殿下……! 奥様は先程の一件で足首を痛めており、その痛みが増して来ているのです……っ!」
「──ナナっ!」
「何だと!?」
侍女、ナナの言葉を聞きさっと顔色を変えたアレクは素早くフィファナの座るソファの前に移動して跪いた。
そうしてナナを呼び、フィファナの足首が隠れてしまっているドレスの裾を少しだけ上げさせ、確認する。
「──っ、タナストン夫人、すまない。私が倒れた時に巻き込んだせいで怪我をしたのだろう。……部屋まで送ろう」
「殿下のせいではございません! 痛みも酷くありませんので大丈夫ですわ」
「いや、駄目だ。添え木で固定されているじゃないか。固定しないと痛くて歩けないのだろう? ──ああ、だから夫人の歩く速度がゆっくりだったのか、気付かずすまない」
アレクは動きやすいよう、上着をナナに預けて袖を捲り、「触れるぞ」と断ってからフィファナを抱き上げた。
一気に高くなる目線に、フィファナは「ひっ」と情けない声を出してしまい、硬直する。
「夫人の部屋に送ろう。先程私の手当をしてくれた医者もまだ邸に残っているな? 呼んで来てくれ」
「かしこまりました」
アレクは護衛騎士に素早く指示を出して、フィファナを抱えたまま部屋から退出した。
◇◆◇
王都、タナストン伯爵邸からは大分離れたタナストン伯爵領。
前伯爵と、伯爵夫人が軟禁のような形で留め置かれている邸にやってきたトルソン・リドティーは目の前に広がる光景に呆然としていた。
抵抗した後だろうか、室内は荒らされ、窓硝子なども無惨に割られている。
そして、その部屋にいる筈の人物は姿を消していた。
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