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◇◆◇

 ヨードから強く腕を掴まれたフィファナはぎちり、と自分の腕に食い込む程のヨードの手のひらの痛みに顔を顰める。

「──いっ、旦那様……っ離して下さい……っ」
「だ、旦那様っ奥様から手を離して下さい……! 奥様が痛がっております……!」

 先程フィファナを呼びに来た男性使用人が、ヨードの手首を掴み、無理矢理フィファナからヨードの腕を離す。
 ヨードは、まさか自分の家の使用人がフィファナを庇うとは思っていなかったのか。
 男性使用人を唖然と見詰めた。

「お、お前……使用人の分際で私に楯突いたのか……? こんな売女を庇ったのか……?」
「お、奥様をそのような酷い呼び方をしてはいけませんっ、旦那様……。奥様はとても礼儀正しく、我々使用人の名前を一人一人覚えて下さっていて……、とてもそのような、口にする事もはばかれるようなお方ではございません……」

 使用人はこの邸の主人に対して、ふるふると震えながら、だがそれでもしっかりとヨードの目を見て言葉を紡ぐ。

 フィファナはヨードから自分を庇ってくれた使用人の行動に感動していた。

 まさか、こんなに使用人の目がある場所で庇ってくれるとは。
 自分を雇う主人に対して、歯向かうような事をしてしまえば職を失う事もある。
 最悪の場合、主人に逆らったとして処刑されてしまう可能性だってあるのだ。
 それなのに、今目の前に居る使用人はフィファナとヨードの間に壁になるように立ち、恐怖に震えながらもヨードを諌めている。

「──貴様……っ」
「ひぃ……っ」

 歯向かわれた事に逆上したヨードが怒りに顔を真っ赤にする。
 フィファナは「このままだと不味いわ」と考え、目の前に居る使用人の肩を掴み、下がるように声を掛けた。

 フィファナが使用人の肩を掴んで後ろに下がらたのと、ヨードが逆上して腕を動かしたのは同時で。

「──使用人のくせに……!」

 ヨードが怒声を上げながら握った拳を勢い良く横に薙ぎ払った。

「あっ」

 お粗末なヨードの拳がぶん、とフィファナの顔の近くに迫り来る。
 使用人を下がらせるために一歩だけ前に出てしまったのがあだとなってしまったのだ。

 ヨードは自分の握った拳がフィファナに当たってしまう、と言う事に気付いたのだろう。
 あからさまに焦ったような表情を浮かべたが、フィファナは至極落ち着いて対処をした。

 大振りに横に振られたヨードの腕を、とんっ、と軽く後ろに飛ぶようにして避ける。
 フィファナの体はヨードの拳を避ける事に成功したが、フィファナの髪の毛はふわりと靡いたせいで通り過ぎたヨードの腕、手首のカフスボタンに運悪く絡まってしまった。

 フィファナが「あっ」と思う暇無く。

 ──ぶちっ
 と嫌な音を立てて髪の毛の数本がカフスボタンに絡まり、引き抜けた。

「──痛っ!?」
「わっ、悪い……!」

 咄嗟にフィファナが自分の顔の近くを手のひらで覆ったため、ヨードは自分の拳がフィファナに当たってしまったと思ったのだろう。
 つんのめりながらも何とかバランスを取ったヨードが真っ青になりながらフィファナの両肩を掴んだ。

「わ、悪い……、お前を殴るつもりは無くて……っ、そのっ」
「──大丈夫です、髪の毛が数本抜けただけですので」

 必死に弁明してくるヨードに、フィファナは下から睨め付けるようにキッと睨み付け、自分の肩を掴むヨードの手から逃げる。

「……いくら怒りに血が上っても、暴力を振るう事はあってはならない事だと思います。旦那様はもう少し冷静になる方法を探した方がよろしいかと」

 フィファナはヨードに向かって冷たい声音でそう言い放ち、あたふたとしているヨードをその場に残して使用人に声を掛けた。

「王弟殿下にお礼の手紙を今から書くわ。直ぐに出してもらいたいから、一緒に来てくれるかしら」
「はっ、はいかしこまりました奥様……!」

 邸の玄関に向かい歩いて行くフィファナを追うように、使用人もその場を離れる。

 ただ一人、その場に残されたヨードはフィファナが口にした「王弟殿下」の言葉に声にならない声を上げたのだった。







 そして、庭園での一部始終をヨードの執務室から見ていたリナリーは怒りにぶるぶると震えながら、傍にいた侍従に向かって叫んだ。

「ヨードと! あの女が今キスしてたわ! どう言う事よ……っ!」

 近くにあった硝子の器を侍従に投げ付け、リナリーは執務机にある仕事の書類を床にばらまいた。

 リナリーの暴れ様に、侍従はひいっと声を上げながら「見間違いでは!?」と声を掛ける。

「わ、私の所からは旦那様が奥様の肩を掴んだだけに見えましたっ、リナリーお嬢様の勘違いかと……っ」
「キスをしていなくても、何でヨードがあの娼婦みたいな女の肩に触れるのよ! ヨードを呼んでっ、呼んで来てよ!」

 リナリーの怒声に、侍従は慌てて部屋を出て行く。
 執務室に一人残されたリナリーは、ぜいぜいと肩で息をしながらフィファナの名前を何度も何度も呟いた。

「絶対許さないっ、フィファナ・リドティー……! ヨードに色目を使って、いやらしい女っ! 何がなんでも追い出して、私がヨードのお嫁さんになるんだから……っ」
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