上 下
13 / 82

13

しおりを挟む

 夜会で出される軽食や、飲み物。その飲み物の中にはアルコールもある。
 今夜の夜会は王家主催で、そして会場も王宮と言う事もありあまり良く無い飲み方をしている人は少ないだろうが、それでも酒に酔ってはいるのだ。
 酒に酔った人間は普段よりも大胆な行動にでやすかったり、気が大きくなる。
 そして、一番質が悪いのは記憶を無くしてしまうタイプの人間だ。

(会話している声の感じからして、三人程かしら……)

 フィファナはなるべく音を立てないように声が聞こえて来る方向から離れる。
 ヨードの後を負いたかったが、いくら何でも男性の走る速度に追い付ける筈が無い。

(もし見つかったとしても、落ち着いて対応すれば大丈夫……王家主催のこの場所で、そんな大胆な行動を取る筈が無いわ)

 フィファナがそう考え、足を進めていると男性達の会話する声が近くから聞こえて、そしてぴたりと消える。
 その瞬間、フィファナはついつい悪態をつきそうになってしまったが、既の所でそれを飲み込んだ。

 会話する声が止まった、と言う事は近付いて来ていた者達にフィファナが見つかってしまった、と言う事だろう。
 その証拠に、すぐ後ろから声を掛けられる。

「──あれっ、あそこにいるのはフィファナ・リドティーじゃないか!?」
「おっ、おいやめろよ……っ」
「お前っ、酔っ払い過ぎだぞ!」

 顔が見られた訳でも無いのに、何故一瞬で自分の正体を知られてしまったのだろうか。
 フィファナは焦ったが、どうやら話しかけて来たのは複数いる内の一人で、連れ立って来ている者達はその男性をどうやら諌めている様子が伺える。

(これなら、何事も無く会場に戻れそうね)

 フィファナはほっと安堵し、笑顔を張り付けるとくるり、と振り返る。

「こんばんわ、少しだけ庭園で涼んでいたのです。私は会場に戻りますので、ごゆっくりどうぞ」

 ぱぱっと要件だけを伝えてフィファナはさっさとその男達の横を通り過ぎようとする。

 どうやら男性は三人組のようで、酒に酔って声を掛けて来たのはその内の一人のようだ。
 残りの二人はその一人を止めながら、通り過ぎるフィファナに見蕩れていた。

 だからだろうか。
 酒に酔った男が、フィファナが横を通り過ぎる瞬間、ぱしっとフィファナの腕を掴んで引き止めた。

「まあまあ、少しだけお話しましょう……! 私、学園でご令嬢を見てから一度で良いからお近付きになってみたくて……!」
「おっ、おいやめろってお前っ!」
「酔っ払い過ぎだぞ……! 夫人の手を離せ……っ」
「……っ、ご冗談を……っ、このような場所で複数の男性と歓談する事など出来ませんわ……。お話でしたら会場に戻って……」

 酒に酔った男性の友人達は真っ青になりながら男を止めるが、酔った男はまあまあと言いながら薄暗い庭園に戻ろうとフィファナを引っ張る。

 こんな薄暗い庭園で、複数の男性と過ごしていた、などと噂が流れれば大変な事になる。
 ただでさえ、婚約者や夫以外の男性とこんな場所で二人きりでいれば要らぬ噂を引き込んでしまうフィファナだ。

 フィファナは焦りながら心の中で勘弁してちょうだい! と叫ぶ。

 酔っ払いの男の友人達も何とか自分達の友人をフィファナから離そうとしているが、フィファナの腕をガッチリと掴んだ腕は離れない。
 それにフィファナに触れぬようにしているせいか上手く力が入れられず、苦戦しているようだ。
 酔っ払いの男の体が大きいからか、それとも友人達が非力なせいか。
 どちらかは分からないが、フィファナは離してくれない酔っ払いの男の顔面目掛けて拳を叩き込んでしまおうか、と自分の拳を握った所で。



「美しい女性を口説きたいのは分かるが……嫌がっているのが君には分からないのか?」

 低く冷たい声がフィファナ達四人の背後から聞こえて来て。
 その場に重く響く声音に全員が声の方を振り向いた。

「──っ、」

 息を飲む音が聞こえる。
 息を飲んだのはフィファナか、男達か。

 その男達の内の誰かが泣きそうな声音で言葉を発した。

「おっ、王弟殿下──……っ!」




 アレク・ラディス・キーティング。
 この国の王弟で、国王陛下とは少しばかり年の離れた弟だ。
 王位継承権は国王の王子三人がいるため、四位ではあるが、この度王太子と婚約者の婚姻が結ばれるのも近いと噂があるため、二人の子が生まれれば、王弟であるアレクは継承権を返上するのでは無いか、と言われている。

 だが、継承権が無くとも武術に優れ、王国の騎士団の団長を務めている事、年もまだ若く二十八で、独身と言う事から未婚の女性達からお誘いや結婚の打診が途切れないらしい。
 
 だが王弟殿下が女性に人気なのは彼の整った容姿も関係がある。
 王族に伝わるアメジストの宝石のような美しいパープルの瞳に、月のように輝くシルバーの髪の毛。
 目鼻立ちも整い、薄暗い庭園で、月の光を浴びて輝く髪の毛は確かに美しい。



(……世のご令嬢方が騒ぐのも無理はないわね。確かにとても容姿の良い方だもの)

 フィファナは何処か現実離れした心地で王弟を見詰める。

 先程までフィファナを掴んでいた酔っ払いの男の手はいつの間にか離れ、アレクから後ずさっている。

「……嫌がっている女性に対してしつこく声を掛け続けるなど恥ずかしく無いのか。さっさと酔いを冷まして来い」
「もっ、申し訳ございません……っ!」
「ほっ、ほら行くぞお前っ、この馬鹿!」
「──あっ、フィファナ嬢っ」

 酔っ払った男を必死に連れて行こうとする友人二人と、酔った男は未だにフィファナに手を伸ばし、悪足掻きを続けている。
 その様子を見ていたアレクは呆れたように溜息を零し、後ろに居た部下だろうか──その人物に声を掛ける。

「おい、手伝ってやれ……。会場に戻し、水をしこたま飲ませてやれ」
「はっ」

 アレクの言葉を受け、酔った男を友人二人と引きずって行く姿を見て、フィファナはほっと安堵の溜息を吐き出す。

 そして、お礼を言わねばとアレクに向き直った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】どうかその想いが実りますように

おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。 学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。 いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。 貴方のその想いが実りますように…… もう私には願う事しかできないから。 ※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗 お読みいただく際ご注意くださいませ。 ※完結保証。全10話+番外編1話です。 ※番外編2話追加しました。 ※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

【完結】貴方を愛していました。

おもち。
恋愛
婚約者には愛する人がいるが、その相手は私ではない。 どんなに尽くしても、相手が私を見てくれる事など絶対にないのだから。 あぁ、私はどうすれば良かったのだろう…… ※『ある少女の最後』はR15に該当するかと思いますので読まれる際はご注意ください。 私の小説の中では一番ざまぁされたお話になります。 ※こちらの作品は小説家になろうにも掲載しています。

旦那様、離婚してくださいませ!

ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。 まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。 離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。 今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。 夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。 それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。 お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに…… なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

処理中です...