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しおりを挟む夜会で出される軽食や、飲み物。その飲み物の中にはアルコールもある。
今夜の夜会は王家主催で、そして会場も王宮と言う事もありあまり良く無い飲み方をしている人は少ないだろうが、それでも酒に酔ってはいるのだ。
酒に酔った人間は普段よりも大胆な行動にでやすかったり、気が大きくなる。
そして、一番質が悪いのは記憶を無くしてしまうタイプの人間だ。
(会話している声の感じからして、三人程かしら……)
フィファナはなるべく音を立てないように声が聞こえて来る方向から離れる。
ヨードの後を負いたかったが、いくら何でも男性の走る速度に追い付ける筈が無い。
(もし見つかったとしても、落ち着いて対応すれば大丈夫……王家主催のこの場所で、そんな大胆な行動を取る筈が無いわ)
フィファナがそう考え、足を進めていると男性達の会話する声が近くから聞こえて、そしてぴたりと消える。
その瞬間、フィファナはついつい悪態をつきそうになってしまったが、既の所でそれを飲み込んだ。
会話する声が止まった、と言う事は近付いて来ていた者達にフィファナが見つかってしまった、と言う事だろう。
その証拠に、すぐ後ろから声を掛けられる。
「──あれっ、あそこにいるのはフィファナ・リドティーじゃないか!?」
「おっ、おいやめろよ……っ」
「お前っ、酔っ払い過ぎだぞ!」
顔が見られた訳でも無いのに、何故一瞬で自分の正体を知られてしまったのだろうか。
フィファナは焦ったが、どうやら話しかけて来たのは複数いる内の一人で、連れ立って来ている者達はその男性をどうやら諌めている様子が伺える。
(これなら、何事も無く会場に戻れそうね)
フィファナはほっと安堵し、笑顔を張り付けるとくるり、と振り返る。
「こんばんわ、少しだけ庭園で涼んでいたのです。私は会場に戻りますので、ごゆっくりどうぞ」
ぱぱっと要件だけを伝えてフィファナはさっさとその男達の横を通り過ぎようとする。
どうやら男性は三人組のようで、酒に酔って声を掛けて来たのはその内の一人のようだ。
残りの二人はその一人を止めながら、通り過ぎるフィファナに見蕩れていた。
だからだろうか。
酒に酔った男が、フィファナが横を通り過ぎる瞬間、ぱしっとフィファナの腕を掴んで引き止めた。
「まあまあ、少しだけお話しましょう……! 私、学園でご令嬢を見てから一度で良いからお近付きになってみたくて……!」
「おっ、おいやめろってお前っ!」
「酔っ払い過ぎだぞ……! 夫人の手を離せ……っ」
「……っ、ご冗談を……っ、このような場所で複数の男性と歓談する事など出来ませんわ……。お話でしたら会場に戻って……」
酒に酔った男性の友人達は真っ青になりながら男を止めるが、酔った男はまあまあと言いながら薄暗い庭園に戻ろうとフィファナを引っ張る。
こんな薄暗い庭園で、複数の男性と過ごしていた、などと噂が流れれば大変な事になる。
ただでさえ、婚約者や夫以外の男性とこんな場所で二人きりでいれば要らぬ噂を引き込んでしまうフィファナだ。
フィファナは焦りながら心の中で勘弁してちょうだい! と叫ぶ。
酔っ払いの男の友人達も何とか自分達の友人をフィファナから離そうとしているが、フィファナの腕をガッチリと掴んだ腕は離れない。
それにフィファナに触れぬようにしているせいか上手く力が入れられず、苦戦しているようだ。
酔っ払いの男の体が大きいからか、それとも友人達が非力なせいか。
どちらかは分からないが、フィファナは離してくれない酔っ払いの男の顔面目掛けて拳を叩き込んでしまおうか、と自分の拳を握った所で。
「美しい女性を口説きたいのは分かるが……嫌がっているのが君には分からないのか?」
低く冷たい声がフィファナ達四人の背後から聞こえて来て。
その場に重く響く声音に全員が声の方を振り向いた。
「──っ、」
息を飲む音が聞こえる。
息を飲んだのはフィファナか、男達か。
その男達の内の誰かが泣きそうな声音で言葉を発した。
「おっ、王弟殿下──……っ!」
アレク・ラディス・キーティング。
この国の王弟で、国王陛下とは少しばかり年の離れた弟だ。
王位継承権は国王の王子三人がいるため、四位ではあるが、この度王太子と婚約者の婚姻が結ばれるのも近いと噂があるため、二人の子が生まれれば、王弟であるアレクは継承権を返上するのでは無いか、と言われている。
だが、継承権が無くとも武術に優れ、王国の騎士団の団長を務めている事、年もまだ若く二十八で、独身と言う事から未婚の女性達からお誘いや結婚の打診が途切れないらしい。
だが王弟殿下が女性に人気なのは彼の整った容姿も関係がある。
王族に伝わるアメジストの宝石のような美しいパープルの瞳に、月のように輝くシルバーの髪の毛。
目鼻立ちも整い、薄暗い庭園で、月の光を浴びて輝く髪の毛は確かに美しい。
(……世のご令嬢方が騒ぐのも無理はないわね。確かにとても容姿の良い方だもの)
フィファナは何処か現実離れした心地で王弟を見詰める。
先程までフィファナを掴んでいた酔っ払いの男の手はいつの間にか離れ、アレクから後ずさっている。
「……嫌がっている女性に対してしつこく声を掛け続けるなど恥ずかしく無いのか。さっさと酔いを冷まして来い」
「もっ、申し訳ございません……っ!」
「ほっ、ほら行くぞお前っ、この馬鹿!」
「──あっ、フィファナ嬢っ」
酔っ払った男を必死に連れて行こうとする友人二人と、酔った男は未だにフィファナに手を伸ばし、悪足掻きを続けている。
その様子を見ていたアレクは呆れたように溜息を零し、後ろに居た部下だろうか──その人物に声を掛ける。
「おい、手伝ってやれ……。会場に戻し、水をしこたま飲ませてやれ」
「はっ」
アレクの言葉を受け、酔った男を友人二人と引きずって行く姿を見て、フィファナはほっと安堵の溜息を吐き出す。
そして、お礼を言わねばとアレクに向き直った。
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