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2nd day
ぶっ
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振り返ると、そこには長い髪をポニーテールにした少女が不思議そうな顔をして立っていた。
「ミリー? 何してるんだ、こんなところで」
訊ねると、目の前の少女はその可愛らしい顔をたちまち呆れたものへと変える。
「あのね、先に訊いたのはこっちなんだけど……まあ、私は久しぶりのオフだったから、ちょっと買い物にね。貴女のことも誘おうとしたんだけど留守だったから、てっきり仕事にでも行ってるのかと思ってたんだけど……それでアウローラ、その子は?」
対面に座るソラを見やり、ミリーが訪ねてくる。
……まあ、当然訊いてくるわよね。
今回の件は特段セリアから口止めはされてないけど、あまり大っぴらに言うのもどうかと思う。
かと言って、一緒にいる経緯を話そうとすれば、記憶喪失のことも含めて、この子の事情を説明せざるを得ない。
さてどうしたものかとコーヒーを啜っていると、当の本人があっさりと口を開いた。
「初めまして、お姉さん。僕はソラ。実はしばらくの間、アウローラのところで同棲することになったんです」
「――はぁっ⁉ ど、同棲⁉」
「―――ぶっ⁉」
驚いた声を上げるミリーを横目に、思わずコーヒーを吹き出す。
て、何を妙な言い回しをしているか、このガキは―――っ⁉
「……けほっ、こほっ! お前な、」
「あれ? もしかして言ったらマズかった?」
「言い方に問題があり過ぎだ。居候みたいなもんだろ、お前は……あと色々と要点をすっ飛ばしすぎだ。誤解されたらどうするつもりだ」
「誤解?」
よく分からないとばかりにソラが不思議そうな顔をする。
今すぐその能天気な顔を引っ叩いてやりたい。
そんなことを考えているとミリーが、バンッ、と勢いよくテーブルを叩いて、身を乗り出してきた。
「ちょっ、どういうことよ、アウローラ⁉ あ、貴女、男がいないのは知ってたけど、まさかこんな小さな子と同棲するつもり⁉ 人の趣味にとやかく言うつもりはないけど、いくらなんでも犯罪よっ⁉」
「だから同棲じゃなくて居候だっての。落ち着け、ミリー。ちゃんと説明する……あと、男がいないのはお前も同じだろうが」
ちゃっかりと失礼なことを宣うミリーに一応言い返しておく。
唾を飛ばしながら詰めよってくる彼女を押しのけながら、私は、はあ、と溜息をついた。
「――なるほど。そういうことだったのね」
一通り事情を説明するとミリーは安心したとばかりに息を吐いて、注文してきた紅茶を口に含む。
「まったく、びっくりしたわよ。一緒に住むなんて言うから、てっきりショタにでも目覚めたのかと思ったわ」
「……あのな、お前は私を何だと思ってる」
じとり、と睨みつけてやると、ミリーはわざとらしく肩を竦めた。
「だってアウローラってば恋愛とか結婚とか、そういうのに全く興味なさそうだったんだもの。貴女ぐらいのルックスなら男なんてそれこそ選り取り見取りでしょうに。いつまで経ってもそんな気配がないから、てっきり特殊な性癖でも持ってるのかと」
「別に興味がないわけじゃない。周りに良い男がいないっていうだけで、私は至ってノーマルだよ」
そう。別に興味がないわけじゃない。
ただ私は極上の男を知っているというだけ。
あの人以外の男なんて、私にとってはそれこそ路傍の石とさして変わりはしない。
「そういうミリーこそどうなんだ。あまり仕事にばかりかまけていると婚期逃すんじゃないか?」
「余計なお世話です。私は騎士としてこの都市の市民を守れればそれでいいの……だっていうのに、最近は本当にもう、」
言って、ミリーは疲れたようにテーブルに突っ伏す。
「なんだ、例の生意気な新人は相変わらずか?」
「相変わらずっていうか、最近は特に拍車がかかってるっていうか。訓練の時もああでもない、こうでもないって。挙句の果てには、『これだから平民は』って馬鹿にして……っ! ああ、もう! 貴族様がナンボのもんじゃあ―――――ッ‼」
うがあっ、とミリーが頭を掻きむしりながら叫ぶ。
突然騒ぎ出したミリーに、周りにいた他の客がぎょっと振り向いてくる。
私はそれを眺めながら、コーヒーを飲み干した。
「ふーん。色々大変なんだな、隊長職っていうのも」
「なによ、他人事みたいに言ってくれちゃって」
「それは仕方ないだろ。実際他人事なんだから」
ミリーはたちまち不貞腐れたような仏頂面になる。
それから、隣の席に座るソラにしみじみと眺めた。
「それにしても記憶喪失、か。貴女もなんだか大変な仕事を引き受けたみたいね」
「まあな。ミリー、騎士団の方でその手の事件や事故の話は聞かないか? もしくは伝手を伝って調べられたりとか」
ミリーは、「んー」と考え込むように口元に手を当てる。
「残念だけど、そういった話は聞かないわね。それに調べるって言っても、アークレイ市長でも今のところ手掛かり一つ見つけられてないんでしょ? この都市の最高権力者でさえ無理だったのに、私みたいな一介の騎士がそう簡単に調べられるとは思えないけど」
「まあ、それもそうか」
なんとなく訊いただけだったので、特に落胆もない。
私が受けた依頼は、この少年の護衛であって、この子の記憶を取り戻すことじゃない。
仮にこの少年の記憶がずっと戻らなかったとしても、それは私の仕事とは関係のない余分な思考でしかないのだ。
と、それまで会話に置いてけぼりだったソラが、横から私の裾をくいくいと引っ張ってくる。
「あのさ、アウローラ。そろそろ紹介してよ。この人はアウローラの友達?」
「ん?」
ああ。そういえば、ソラは名乗ったのに、ミリーの方はちゃんと挨拶していなかったか。
「まあ、そんなところだ。というわけでミリー。自己紹介」
「ちょっ、何よその振り方⁉ いくらなんでも雑過ぎるでしょっ⁉」
ミリーが大げさに仰け反る。
相変わらずリアクションがオーバーな女だわ。
「うるさいな。別にこんなのに丁寧も雑もないだろ。ただ自分の名前とか趣味とか、そういうのを言うだけじゃないか」
「そう思うならアンタが言いなさいよ。てか普通こういうのってアンタが間に立って私たちを紹介するもんでしょうが」
「? いや私を経由する必要なんてないだろ。こうして本人たちが顔を突き合わせてるんだから」
そんなの効率が悪いにも程がある。
それに第三者を間に挟んでしまえば情報というものは往々にして正確性を欠いてしまう。だからこそ大切な情報ほど相手に直接伝えるべきなのだ。
そんな当然のことを言ってやると、ミリーは呆れたように溜息をついた。
「……なんだよ」
「いや、いいわよ、もう。貴女のそういうところは今に始まったことじゃないものね」
ミリーは眉間をぐりぐり揉んで、それから改めてソラに向き直った。
「えーと、はじめまして、ソラ君。私はミリアリア=エイベル。『王立騎士団』東方方面軍第十七師団第六分隊小隊長を務めているわ。アウローラとは友人で、普段から仲良くさせてもらっているの。気軽にミリーって呼んでね」
差し出された手を、ソラはにこやかに握る。
「よろしく、ミリーさん。もしかして、アウローラの言っていた知り合いって、ミリーさんのことだったのかな。たまに一緒に出掛ける人がいるって言ってましたけど」
「ああ、それ多分私のことね。何しろこの人ったらいつも不機嫌そうな顔してるでしょ? 積極的に友達を作るようなタイプでもないし、一緒に出掛ける相手も今のところ私以外いないはずよ」
「あ、不機嫌そうっていうのちょっと分かります。僕も昨日話した時はてっきり怒ってるのかと思いました」
「でしょう? 初対面だと結構誤解されるのよね、この人。下手に顔が整っているせいで、無表情だと周りに変な威圧感与えちゃうしね」
「美人過ぎるっていうのも考え物ですよね。アウローラの顔は綺麗系だから。ミリーさんみたいな可愛い系だったら少しは違ってたんでしょうけど」
「あら、お上手。あと五年も歳がいってたら惚れてたかも」
「…………」
初めて会った同士にも関わらず、ソラとミリーはテンポよく会話を続ける。
まあ二人とも私と違ってコミュニケーション能力が高いからなんだろうけど。
私と話しているよりも楽しそうで、なんだかすごく、面白くない。
「ところで、日用品の買い出しって言ってたけど、二人とも買い物はもう終わったの?」
ミリーがテーブルの下に置いていた買い物袋に目を向け、問いかけてくる。
「まあ、一通りな。あまり時間もないし、これからどうしようかって考えてたところだ」
なんだかんだで、もうすぐ夕暮れだ。
荷物もそれなりにあるし、できれば夕飯は外食でなく家ですませたい。
その時間を考えると、行ける場所はかなり限られてくるだろう。
普段この辺りに来ない私には中々に難しい判断だった。
「そうなんだ。それなら、最後にあそこに行ってみたらどう?」
ミリーが都市の中心に聳え立つある建物を指差す。
指された方角へ振り向き、ソラは首を傾げた。
「あそこって、あの時計塔のことですか?」
「そう。あれはアルフォンス大時計塔って言ってね。この国の重要文化財にも指定されたラルクスでも指折りの観光スポットなのよ。一般公開もされていて頂上まで登ることができるわ。あそこから見る風景はラルクス全体を一望できて、かなりの絶景よ? 時間的にもちょうどいい感じになるんじゃないかしら」
「へえっ!」
ミリーの話を聞いて、ソラが目をキラキラと輝かせる。
「……良いアイディアだと思うけど、この荷物を持って、あそこに登るのはちょっとな」
「あら、それなら私が貴女のアパートまで持って帰るわよ。なんならソラ君の歓迎会も含めて、夕飯も作っておくし」
「え。でもミリーさんも買い物の途中だったんじゃ、」
ソラが申し訳なさそうに言うけれど、ミリーは特に気にしてなさそうにひらひらと手を振った。
「ああ、いいのいいの。元々買いたい物があったわけじゃなくて、ぶらぶらするのが目的みたいなものだったから。それよりもソラ君にこの街を楽しんでもらう方が重要よ。アウローラもそれでいい?」
ミリーがこちらに了解をとってくる。私もそれに否やはなかった。
「ああ。悪いな、ミリー」
「気にしないで。この程度、貴女から受けた恩に比べれば全然大したことじゃないんだから」
そう言って、ミリーはさらりと席を立つ。
それから私たちの買い物袋をさっと持ち上げ、それじゃ後でね、と歩き去っていった。
自然なその動作はとても優雅で惚れ惚れする。
打算を抜きに誰かのために行動ができるのはその人の人徳なのだと思う。
私は彼女のそういったところを好ましく思うと同時に、少しだけ劣等感のようなものを感じていた。
「ねえ、アウローラ。恩って何のこと?」
ミリーの背を見送ったソラが訊いてくる。
「ん? ああ、昔、セリアからの依頼で騎士団の部隊を助けたことがあるんだ。その中の一人がミリーだ。あいつは今でもその時のことを気にしていて、こうして色々と世話を焼いてくる……ホント、律儀なやつだよ」
そうでもなければ、こんなつまらない人間にわざわざ関わってはこないだろう。
そんなことを考えている私は本当に救えない。
「……恩とか、義理とか。そういうのだけで友達やってるわけじゃないと思うけどな」
「?……なんだって?」
ぼそりと呟いたソラの言葉をうまく聞き取れず訊き返す。
けれど、ソラは、なんでもない、と言って席を立った。
「それじゃ行こっか、アウローラ。急がないと、時計塔に着く前に日が暮れちゃうよ」
「ミリー? 何してるんだ、こんなところで」
訊ねると、目の前の少女はその可愛らしい顔をたちまち呆れたものへと変える。
「あのね、先に訊いたのはこっちなんだけど……まあ、私は久しぶりのオフだったから、ちょっと買い物にね。貴女のことも誘おうとしたんだけど留守だったから、てっきり仕事にでも行ってるのかと思ってたんだけど……それでアウローラ、その子は?」
対面に座るソラを見やり、ミリーが訪ねてくる。
……まあ、当然訊いてくるわよね。
今回の件は特段セリアから口止めはされてないけど、あまり大っぴらに言うのもどうかと思う。
かと言って、一緒にいる経緯を話そうとすれば、記憶喪失のことも含めて、この子の事情を説明せざるを得ない。
さてどうしたものかとコーヒーを啜っていると、当の本人があっさりと口を開いた。
「初めまして、お姉さん。僕はソラ。実はしばらくの間、アウローラのところで同棲することになったんです」
「――はぁっ⁉ ど、同棲⁉」
「―――ぶっ⁉」
驚いた声を上げるミリーを横目に、思わずコーヒーを吹き出す。
て、何を妙な言い回しをしているか、このガキは―――っ⁉
「……けほっ、こほっ! お前な、」
「あれ? もしかして言ったらマズかった?」
「言い方に問題があり過ぎだ。居候みたいなもんだろ、お前は……あと色々と要点をすっ飛ばしすぎだ。誤解されたらどうするつもりだ」
「誤解?」
よく分からないとばかりにソラが不思議そうな顔をする。
今すぐその能天気な顔を引っ叩いてやりたい。
そんなことを考えているとミリーが、バンッ、と勢いよくテーブルを叩いて、身を乗り出してきた。
「ちょっ、どういうことよ、アウローラ⁉ あ、貴女、男がいないのは知ってたけど、まさかこんな小さな子と同棲するつもり⁉ 人の趣味にとやかく言うつもりはないけど、いくらなんでも犯罪よっ⁉」
「だから同棲じゃなくて居候だっての。落ち着け、ミリー。ちゃんと説明する……あと、男がいないのはお前も同じだろうが」
ちゃっかりと失礼なことを宣うミリーに一応言い返しておく。
唾を飛ばしながら詰めよってくる彼女を押しのけながら、私は、はあ、と溜息をついた。
「――なるほど。そういうことだったのね」
一通り事情を説明するとミリーは安心したとばかりに息を吐いて、注文してきた紅茶を口に含む。
「まったく、びっくりしたわよ。一緒に住むなんて言うから、てっきりショタにでも目覚めたのかと思ったわ」
「……あのな、お前は私を何だと思ってる」
じとり、と睨みつけてやると、ミリーはわざとらしく肩を竦めた。
「だってアウローラってば恋愛とか結婚とか、そういうのに全く興味なさそうだったんだもの。貴女ぐらいのルックスなら男なんてそれこそ選り取り見取りでしょうに。いつまで経ってもそんな気配がないから、てっきり特殊な性癖でも持ってるのかと」
「別に興味がないわけじゃない。周りに良い男がいないっていうだけで、私は至ってノーマルだよ」
そう。別に興味がないわけじゃない。
ただ私は極上の男を知っているというだけ。
あの人以外の男なんて、私にとってはそれこそ路傍の石とさして変わりはしない。
「そういうミリーこそどうなんだ。あまり仕事にばかりかまけていると婚期逃すんじゃないか?」
「余計なお世話です。私は騎士としてこの都市の市民を守れればそれでいいの……だっていうのに、最近は本当にもう、」
言って、ミリーは疲れたようにテーブルに突っ伏す。
「なんだ、例の生意気な新人は相変わらずか?」
「相変わらずっていうか、最近は特に拍車がかかってるっていうか。訓練の時もああでもない、こうでもないって。挙句の果てには、『これだから平民は』って馬鹿にして……っ! ああ、もう! 貴族様がナンボのもんじゃあ―――――ッ‼」
うがあっ、とミリーが頭を掻きむしりながら叫ぶ。
突然騒ぎ出したミリーに、周りにいた他の客がぎょっと振り向いてくる。
私はそれを眺めながら、コーヒーを飲み干した。
「ふーん。色々大変なんだな、隊長職っていうのも」
「なによ、他人事みたいに言ってくれちゃって」
「それは仕方ないだろ。実際他人事なんだから」
ミリーはたちまち不貞腐れたような仏頂面になる。
それから、隣の席に座るソラにしみじみと眺めた。
「それにしても記憶喪失、か。貴女もなんだか大変な仕事を引き受けたみたいね」
「まあな。ミリー、騎士団の方でその手の事件や事故の話は聞かないか? もしくは伝手を伝って調べられたりとか」
ミリーは、「んー」と考え込むように口元に手を当てる。
「残念だけど、そういった話は聞かないわね。それに調べるって言っても、アークレイ市長でも今のところ手掛かり一つ見つけられてないんでしょ? この都市の最高権力者でさえ無理だったのに、私みたいな一介の騎士がそう簡単に調べられるとは思えないけど」
「まあ、それもそうか」
なんとなく訊いただけだったので、特に落胆もない。
私が受けた依頼は、この少年の護衛であって、この子の記憶を取り戻すことじゃない。
仮にこの少年の記憶がずっと戻らなかったとしても、それは私の仕事とは関係のない余分な思考でしかないのだ。
と、それまで会話に置いてけぼりだったソラが、横から私の裾をくいくいと引っ張ってくる。
「あのさ、アウローラ。そろそろ紹介してよ。この人はアウローラの友達?」
「ん?」
ああ。そういえば、ソラは名乗ったのに、ミリーの方はちゃんと挨拶していなかったか。
「まあ、そんなところだ。というわけでミリー。自己紹介」
「ちょっ、何よその振り方⁉ いくらなんでも雑過ぎるでしょっ⁉」
ミリーが大げさに仰け反る。
相変わらずリアクションがオーバーな女だわ。
「うるさいな。別にこんなのに丁寧も雑もないだろ。ただ自分の名前とか趣味とか、そういうのを言うだけじゃないか」
「そう思うならアンタが言いなさいよ。てか普通こういうのってアンタが間に立って私たちを紹介するもんでしょうが」
「? いや私を経由する必要なんてないだろ。こうして本人たちが顔を突き合わせてるんだから」
そんなの効率が悪いにも程がある。
それに第三者を間に挟んでしまえば情報というものは往々にして正確性を欠いてしまう。だからこそ大切な情報ほど相手に直接伝えるべきなのだ。
そんな当然のことを言ってやると、ミリーは呆れたように溜息をついた。
「……なんだよ」
「いや、いいわよ、もう。貴女のそういうところは今に始まったことじゃないものね」
ミリーは眉間をぐりぐり揉んで、それから改めてソラに向き直った。
「えーと、はじめまして、ソラ君。私はミリアリア=エイベル。『王立騎士団』東方方面軍第十七師団第六分隊小隊長を務めているわ。アウローラとは友人で、普段から仲良くさせてもらっているの。気軽にミリーって呼んでね」
差し出された手を、ソラはにこやかに握る。
「よろしく、ミリーさん。もしかして、アウローラの言っていた知り合いって、ミリーさんのことだったのかな。たまに一緒に出掛ける人がいるって言ってましたけど」
「ああ、それ多分私のことね。何しろこの人ったらいつも不機嫌そうな顔してるでしょ? 積極的に友達を作るようなタイプでもないし、一緒に出掛ける相手も今のところ私以外いないはずよ」
「あ、不機嫌そうっていうのちょっと分かります。僕も昨日話した時はてっきり怒ってるのかと思いました」
「でしょう? 初対面だと結構誤解されるのよね、この人。下手に顔が整っているせいで、無表情だと周りに変な威圧感与えちゃうしね」
「美人過ぎるっていうのも考え物ですよね。アウローラの顔は綺麗系だから。ミリーさんみたいな可愛い系だったら少しは違ってたんでしょうけど」
「あら、お上手。あと五年も歳がいってたら惚れてたかも」
「…………」
初めて会った同士にも関わらず、ソラとミリーはテンポよく会話を続ける。
まあ二人とも私と違ってコミュニケーション能力が高いからなんだろうけど。
私と話しているよりも楽しそうで、なんだかすごく、面白くない。
「ところで、日用品の買い出しって言ってたけど、二人とも買い物はもう終わったの?」
ミリーがテーブルの下に置いていた買い物袋に目を向け、問いかけてくる。
「まあ、一通りな。あまり時間もないし、これからどうしようかって考えてたところだ」
なんだかんだで、もうすぐ夕暮れだ。
荷物もそれなりにあるし、できれば夕飯は外食でなく家ですませたい。
その時間を考えると、行ける場所はかなり限られてくるだろう。
普段この辺りに来ない私には中々に難しい判断だった。
「そうなんだ。それなら、最後にあそこに行ってみたらどう?」
ミリーが都市の中心に聳え立つある建物を指差す。
指された方角へ振り向き、ソラは首を傾げた。
「あそこって、あの時計塔のことですか?」
「そう。あれはアルフォンス大時計塔って言ってね。この国の重要文化財にも指定されたラルクスでも指折りの観光スポットなのよ。一般公開もされていて頂上まで登ることができるわ。あそこから見る風景はラルクス全体を一望できて、かなりの絶景よ? 時間的にもちょうどいい感じになるんじゃないかしら」
「へえっ!」
ミリーの話を聞いて、ソラが目をキラキラと輝かせる。
「……良いアイディアだと思うけど、この荷物を持って、あそこに登るのはちょっとな」
「あら、それなら私が貴女のアパートまで持って帰るわよ。なんならソラ君の歓迎会も含めて、夕飯も作っておくし」
「え。でもミリーさんも買い物の途中だったんじゃ、」
ソラが申し訳なさそうに言うけれど、ミリーは特に気にしてなさそうにひらひらと手を振った。
「ああ、いいのいいの。元々買いたい物があったわけじゃなくて、ぶらぶらするのが目的みたいなものだったから。それよりもソラ君にこの街を楽しんでもらう方が重要よ。アウローラもそれでいい?」
ミリーがこちらに了解をとってくる。私もそれに否やはなかった。
「ああ。悪いな、ミリー」
「気にしないで。この程度、貴女から受けた恩に比べれば全然大したことじゃないんだから」
そう言って、ミリーはさらりと席を立つ。
それから私たちの買い物袋をさっと持ち上げ、それじゃ後でね、と歩き去っていった。
自然なその動作はとても優雅で惚れ惚れする。
打算を抜きに誰かのために行動ができるのはその人の人徳なのだと思う。
私は彼女のそういったところを好ましく思うと同時に、少しだけ劣等感のようなものを感じていた。
「ねえ、アウローラ。恩って何のこと?」
ミリーの背を見送ったソラが訊いてくる。
「ん? ああ、昔、セリアからの依頼で騎士団の部隊を助けたことがあるんだ。その中の一人がミリーだ。あいつは今でもその時のことを気にしていて、こうして色々と世話を焼いてくる……ホント、律儀なやつだよ」
そうでもなければ、こんなつまらない人間にわざわざ関わってはこないだろう。
そんなことを考えている私は本当に救えない。
「……恩とか、義理とか。そういうのだけで友達やってるわけじゃないと思うけどな」
「?……なんだって?」
ぼそりと呟いたソラの言葉をうまく聞き取れず訊き返す。
けれど、ソラは、なんでもない、と言って席を立った。
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