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第三章
第7話 愛すればこそ
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「沢村さん、帰りに軽くどう? ご馳走するわ」
秘書課長の田子倉は直子を飲みに誘った。
「はい。喜んでご相伴いたします」
直子はなぜ田子倉に誘われたのか、その理由はおよそ推測がついていた。
決して上司と部下の飲み会ではないことを。
そこは上品な和食の店の個室だった。
「コースなんだけど、嫌いな物があれば残してもいいわよ。私が食べるから。
このお店、なんでも美味しいのよ」
「残念ですが好き嫌いはありません」
「そう。ごめんなさいね、急に誘って。
お嬢さんはひとりで留守番大丈夫?」
「もう高校生ですから」
「そうよね? 大人だもんね? とりあえず、ビールで乾杯しましょうか?
ふたりで飲むなんて、沢村さんの歓迎会以来ね?」
「そうですね? 誘っていただいて、ありがとうございます」
「じゃあ、乾杯」
「乾杯。お疲れ様でした」
先付けから始まり、ビールから冷酒へと変わった。
「お付き合いしているんでしょう? 社長と?」
「・・・」
やはり、直子の予想は当たった。
「お世話にはなっていますが、特別な関係ではありません」
田子倉は上目遣いに直子をまっすぐに見た。
「そう。ならいいんだけど。
社長はやさしい人よ、誰にでもね?」
「誰にでも」という言葉が直子の耳に残った。
「社長のこと、好き?」
「はい。人間として尊敬しています。私と娘の命の恩人ですから」
「そう、私も好き。出来ることなら抱かれてもいいくらいに好き。
でも、それはしないの。お互いに。
なぜだかわかる?」
「いえ」
私だって愛している。あなたに負けないくらいに。
「それはね、あまりにも近いから。
歳の離れた兄妹のように。
近親相姦になっちゃうでしょう? あはははは」
「課長は長いですものね? 社長と」
「そして戦友でもあるわ。私、ウチの会社が好きだから」
「みんな言っています。この会社が発展したのは田子倉課長が杉田社長を支えて来たからだって」
「会社をここまでにしたのは杉田社長。私は傍で社長を見ていただけ。
男だから女好きなのは仕方がないわ。
でもね、会社の女は駄目。わかるわよね?」
「はい・・・」
「はっきり言うわね? もし、社長を愛しているのなら、会社を辞めて欲しいの。
仕事は私が紹介してあげるから」
「そうでなければお付き合いを止めなさいということですね?」
田子倉は冷酒を一気に飲み干した。
「私は杉田を守りたいの。会社を守りたい。
杉田社長がいなければ会社は潰れてしまうから」
「会社は辞めません。でも、社長とのお付き合いは辞めます」
「そう。わかった。私、あなたのそういうところが好きよ。同じ杉田を愛する女同士として。
じゃあ、飲み直しましょう。同じものでいいかしら?」
「はい」
その夜、ふたりの女は親友になった。
会合が早く終わったので、俺は直子に電話をした。
「たまには遥と3人で晩飯でもどうだ?」
「今、仕事が終わって電車に乗るところでした。
お仕事、よろしいんですか?」
「会合が早く終わったんだ。肉でも食いに行こう。遥のやつ、肉が好きだからな?」
焼肉屋では遥ははしゃいでいた。
「美味しくてほっぺが落ちそう!
パパ、ありがとう!」
「たくさん食べろよ」
「うん!」
俺は美味しそうに肉を頬張る遥を、目を細めて眺めていた。
だが、直子はどことなく寂しそうだった。
「直子、具合でも悪いのか?」
「いいえ、美味しくいただいています」
「そうか? 無理はするなよ」
そう言った時、直子は急に泣き出してしまった。
「どうした?」
「いえ、ただうれしくて・・・。
私たち、守られているんだなあって」
「あははは、そんなことで泣く奴があるか?」
「ごめんなさい」
「もう、ママはすぐ感動するんだから。
テレビのドラマでもすぐ泣くんだもんね、ママ?」
「・・・」
食事を終え、その日、俺たちは別々に帰えることにした。
「パパ、今日は泊まっていけないの?」
「これから大阪に出張なんだ。来週、泊りに行くよ」
「うん、約束だよ」
「ああ、約束だ」
「じゃあ指切り」
俺と遥は指切りをした。
帰り道、直子は遥に言った。
「もう、パパはウチには来ないわ」
「どうして!」
「どうしてもよ」
直子はまた泣いていた。
満月の美しい夜だった。
秘書課長の田子倉は直子を飲みに誘った。
「はい。喜んでご相伴いたします」
直子はなぜ田子倉に誘われたのか、その理由はおよそ推測がついていた。
決して上司と部下の飲み会ではないことを。
そこは上品な和食の店の個室だった。
「コースなんだけど、嫌いな物があれば残してもいいわよ。私が食べるから。
このお店、なんでも美味しいのよ」
「残念ですが好き嫌いはありません」
「そう。ごめんなさいね、急に誘って。
お嬢さんはひとりで留守番大丈夫?」
「もう高校生ですから」
「そうよね? 大人だもんね? とりあえず、ビールで乾杯しましょうか?
ふたりで飲むなんて、沢村さんの歓迎会以来ね?」
「そうですね? 誘っていただいて、ありがとうございます」
「じゃあ、乾杯」
「乾杯。お疲れ様でした」
先付けから始まり、ビールから冷酒へと変わった。
「お付き合いしているんでしょう? 社長と?」
「・・・」
やはり、直子の予想は当たった。
「お世話にはなっていますが、特別な関係ではありません」
田子倉は上目遣いに直子をまっすぐに見た。
「そう。ならいいんだけど。
社長はやさしい人よ、誰にでもね?」
「誰にでも」という言葉が直子の耳に残った。
「社長のこと、好き?」
「はい。人間として尊敬しています。私と娘の命の恩人ですから」
「そう、私も好き。出来ることなら抱かれてもいいくらいに好き。
でも、それはしないの。お互いに。
なぜだかわかる?」
「いえ」
私だって愛している。あなたに負けないくらいに。
「それはね、あまりにも近いから。
歳の離れた兄妹のように。
近親相姦になっちゃうでしょう? あはははは」
「課長は長いですものね? 社長と」
「そして戦友でもあるわ。私、ウチの会社が好きだから」
「みんな言っています。この会社が発展したのは田子倉課長が杉田社長を支えて来たからだって」
「会社をここまでにしたのは杉田社長。私は傍で社長を見ていただけ。
男だから女好きなのは仕方がないわ。
でもね、会社の女は駄目。わかるわよね?」
「はい・・・」
「はっきり言うわね? もし、社長を愛しているのなら、会社を辞めて欲しいの。
仕事は私が紹介してあげるから」
「そうでなければお付き合いを止めなさいということですね?」
田子倉は冷酒を一気に飲み干した。
「私は杉田を守りたいの。会社を守りたい。
杉田社長がいなければ会社は潰れてしまうから」
「会社は辞めません。でも、社長とのお付き合いは辞めます」
「そう。わかった。私、あなたのそういうところが好きよ。同じ杉田を愛する女同士として。
じゃあ、飲み直しましょう。同じものでいいかしら?」
「はい」
その夜、ふたりの女は親友になった。
会合が早く終わったので、俺は直子に電話をした。
「たまには遥と3人で晩飯でもどうだ?」
「今、仕事が終わって電車に乗るところでした。
お仕事、よろしいんですか?」
「会合が早く終わったんだ。肉でも食いに行こう。遥のやつ、肉が好きだからな?」
焼肉屋では遥ははしゃいでいた。
「美味しくてほっぺが落ちそう!
パパ、ありがとう!」
「たくさん食べろよ」
「うん!」
俺は美味しそうに肉を頬張る遥を、目を細めて眺めていた。
だが、直子はどことなく寂しそうだった。
「直子、具合でも悪いのか?」
「いいえ、美味しくいただいています」
「そうか? 無理はするなよ」
そう言った時、直子は急に泣き出してしまった。
「どうした?」
「いえ、ただうれしくて・・・。
私たち、守られているんだなあって」
「あははは、そんなことで泣く奴があるか?」
「ごめんなさい」
「もう、ママはすぐ感動するんだから。
テレビのドラマでもすぐ泣くんだもんね、ママ?」
「・・・」
食事を終え、その日、俺たちは別々に帰えることにした。
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「これから大阪に出張なんだ。来週、泊りに行くよ」
「うん、約束だよ」
「ああ、約束だ」
「じゃあ指切り」
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満月の美しい夜だった。
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