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第二章

第4話 虫の知らせ

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 「信吾、釣りに行くんだけどお前も来るか?」
 「行かない」
 「そうか」

 想定通りの返事だった。息子の信吾が俺について来ることはない。
 息子は俺を嫌っているからだ。

 小学生の頃までは、どこに行くにも俺と一緒について来た。

 天体望遠鏡を抱えて流星を見に行ったり、登山に温泉、そして釣りにもよく出掛けた。

 「今度の日曜日、パパと岸壁で海釣りをするか?」
 「うん、行く行く」

 小学校低学年だった信吾は、小イワシのサビキ釣りが大のお気に入りだった。
 ゴカイなどの生き餌は苦手で、自分では針に付けることは出来ないが、サビキならオキアミと疑似餌なので、その面倒がない。
 一度に何匹も釣れるので、信吾はとても喜んでいたものだ。
 キャッチボールをしたり、プラモデルを作ったりと、絵に描いたような理想の親子だった。
 そして大学生になった今、信吾は俺と話すことを避けるようになっていた。

 なぜそうなってしまったのか? その原因は分かっている。
 俺には何人もの女がいて、殆ど家には帰らなくなっていたからだ。

 「汚らしいエロ親父」

 俺は息子や家族から、そう思われていた。

 親が子供に物事の道理を教えなければならないのは、男の子も女の子も3歳までだと俺は思う。
 後はくどくど説教などせずに親の背中を見せることだ。
 思春期になれば親の話など聞きはしない。

 あれをするな、これをするな。あれをやれ、これをしろなど、子供に押しつけるべきではない。

 そうして子供はずっと親の後ろ姿を意識的に、あるいは無意識に見ているものだ。

 子供も苦しみ、悩みながら成長していく。
 意見を求められた時にはアドバイスをしてやればそれでいい。
 親は自転車の補助輪のような物だ。転びそうになったら支えてやれば良いのだ。
 自分の夢を子供に託すなど言語道断だ。
 そういう親に限って、言うセリフはいつも決まっている。

 「あなたの為なのよ」
 「お前の為に言っているんだ!」
 「お前なら出来る」
 「ママは信じているのよ。あなたのことを」

 大切なのは自分の子供を信じてやることだ。自分の子供なのだから。

 いくつになっても子供はかわいいものだ。
 動物がそうであるように、人間もまた子離れをしなければならない時がやって来る。
 もちろん子供も親離れをしなければならない。
 そして離れて子供を見守ることだ。
 別に子供から尊敬される親になる必要はない。親という字は「木の上に立って見る」と書くではないか。それが正しい親のあるべき姿だと俺は思う。



 社長になって、ようやく気持ち的にも落ち着いてきた。
 私は久しぶりに浦賀の海に釣りにやって来ていた。

 隧道を抜けると、灰色の海と低く垂れ込めた灰色の空が広がっていた。
 私は釣竿を構えると、出来るだけ遠くに錘を投げた。
 シュルシュルと音を立てて、ナイロン製の釣糸が流れて行く。

 ポチャ

 俺は持参したキャンプチェアに座り、タバコに火を点けた。

 魚信あたりは中々来なかった。
 何度も餌を付け替え、魚信を待った。


 そこにどこから来たのか、白い顎髭を生やした老人が私の隣りに立っていた。

 「釣れますかな?」
 「ダメですね? 餌を盗られてばかりです。
 いつもなら、形のいいカレイが釣れるんですけどね?」
 「今日はあまり天気が良くないようですからな?
 雨も降って来そうだ」
 「お近くなんですか?」

 老人はそれには答えず、ただ沖を見詰めていた。


 「いい人生でしたよ、ありがとう」

 変な爺さんだなあと振り向くと、そこに老人の姿はなかった。

 突然携帯電話が鳴った。

 それは岩倉が今、亡くなったという知らせだった。
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