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第一章
第3話 役員会議
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「それでは、先ほど吉田専務からご説明がありました、営業支援システム導入の件についてのご意見、ご質問のある方はお願いします」
その日の役員会議には張り詰めた緊張感が漂っていた。
それは岩倉社長の退任に伴う次期社長について、社長の岩倉からなんらかの話があると思われていたからだった。
それゆえ専務の吉田の話には皆、関心が及ばなかった。
「では、ご意見、ご質問が無いようですので次の議題に移ります。かねてより懸案事項でござい・・・」
「ちょっと待て」
「はい、杉田副社長」
「意見がねえなんて誰も言っちゃいねえぞ、ただ黙って考えていただけだ。何をそんなに先を急ぐ必要がある?
そのなんちゃらシステムとやらには一体いくらかかるんだ?」
「1億2千万円ほどです」
吉田が苦々しく答えた。
すると吉田の腰巾着の西村システム部長がそれを擁護した。
「杉田副社長、これだけのシステムはとてもこの金額では導入出来る物ではありません。
吉田専務が粘り強く先方と交渉してこの金額が実現したわけです。
他の業者にも同じシステムで見積りをさせましたが、2億以上の提示が殆どでした。
このシステムは非常に素晴らしい物です。私は妥当な金額だと思いますが」
俺は西村を無視して話を続けた。
「このシステムが営業を支援する? しかも1億2千万円も掛けて?
おまえら馬鹿か?
こんなの営業支援じゃなくて、営業妨害システムなんだよ! ふざけるのもいい加減にしろ!
GPSで今、営業マンがどこで何をしているかって知ってどうすんだよ?
そんなの知って何になる? ただパソコンの前に座って「おまえ、仕事もしないで喫茶店に入って珈琲なんか飲んで漫画読んでんじゃねえ!」って言うのに1億2千万円も出すアホが何処にいる!
そしてこの膨大なデータの入力をいったい誰がやるんだよ!
ただでさえ忙しい営業の連中に、これをやらせるのか?
そんな暇があるなら、1件でも多くアポを取ることに集中させるべきだ! 営業はシステムじゃねえ! 足で稼ぐんだよ! 足で!
営業の仕事はな、時間から時間までじゃねえんだ! 労働基準法のまま仕事してメシなんか食えるかバカ!
営業は年中無休、24時間営業なんだよ!
コンビニと同じだ、お客さんから呼ばれたらすっ飛んで行く、それが出来なきゃ住宅営業マンは務まらねえ!
もっとラクな仕事に転職するべきなんだよ!
営業はルーティンワークじゃねえんだ! 考える時間と行動する時間が必要なんだよ!
そして考える時間が8割。現に俺はそうやって実績を上げて来た。
喫茶店で漫画読みながら仕事のヒントを探すのは、寧ろ必要なことだ!
住宅営業は八百屋じゃねえ! 今日はキャベツが10個、ニンジンが60本、バナナが8房売れましたじゃねえんだ! ゼロか100かなんだよ!
そして客単価は数千万円だ。つまり、現場1つ1つが会社なんだよ!
こんなのは営業支援という名の営業マンのただの監視システムだ!
こんなことを考えるのはウチの営業マンを信頼していない、アホな管理職のやることだ!
1億2千万ものカネを稼ぐのに、住宅を何戸売ればいいと思う? 簡単に言うんじゃねえ!
そのカネは誰が稼いで来るんだよ!
ウチの営業マンたちは日本一の住宅営業マンたちだと俺は思っている。
毎年の完工高は前年対比10%増。これに何の不満がある?
そんなカネがあるなら、営業マンに臨時ボーナスとしてくれてやった方がよっぽど働くぜ、あいつら。
吉田も西村も営業やってみろよ、おまえらみたいなバカ面じゃあ1棟も売れねえから。
吉田! 西村! 本末転倒なんだよお前ら!」
会議室には重い空気が流れた。
「お言葉ですが杉田副社長、これは営業マンの営業効率を上げるための物なんです。
営業マンの行動を分析して無駄を省く。
そして業績を上げている営業マンの行動をみんなで共有することにより、それをベンチマークしてセルフコーチングをしようという物なんです。
単なる思い付きではありません。
業績を上げ、早く仕事を終えれば自分や家族との時間が増える、それが悪いとは私は思いません」
吉田が反論した。
「効率を上げる? 流石は吉田専務、ウチのメインバンクから出向して来ただけはある。
そもそも効率ってなんだ? 無駄って悪い事なのか?
俺たちは人間相手に商売をしてんだ! 勘違いするな!
工務部の島田、家づくりとは何だ! 言ってみろ!」
「はい、優れたデザインと快適な居住性能、そして安全性を兼ね備えた家を造ることです」
「65点。それはどこのポンコツ住宅屋でもやっていることだ。どこもお粗末だがな?
ウチの会社は違う、お客さんの家族のしあわせを育む家を造っているんだ。
吉田専務、金八先生って見てたことあるか?
俺たちは機械や腐ったミカンを作ってんじゃねえ! お客さんの夢のマイホームを心を込めてそのお手伝いをする営業マンを育てているんだ! それを忘れんな!」
それを見かねた社長の岩倉が助け舟を出した。
「まあ、それについてはもう少し検討しようじゃないか?
時間も時間だし、今日はこれでお開きとしよう。
副社長、後で社長室に来てくれ」
「わかりました」
役員たちはホッとして会議室を出て行った。
専務の吉田を除いて。
役員たちの前で恥をかかされた吉田は、俺に敵意を剥き出しにしていた。
ごろつきの経営コンサルタントじゃあるまいに、現場の苦労も知らず、上辺だけのデータで机上の空論を語る、そんな吉田に俺は呆れた。
「吉田、俺たち住宅屋は銀行じゃねえんだ。人のカネを元手に利鞘を稼ぐ、背広を着たヤクザじゃねえんだよ。
晴れの日に傘を無理矢理押し付け、雨が降って来ると貸した傘を取り上げる。
家はな? みんなが汗水垂らして築き上げた物を売る商売なんだ。
口惜しければお前も家1件、まずは売ってみることだな? 話はそれからだ」
吉田は無言のまま、会議室を出て行った。
その日の役員会議には張り詰めた緊張感が漂っていた。
それは岩倉社長の退任に伴う次期社長について、社長の岩倉からなんらかの話があると思われていたからだった。
それゆえ専務の吉田の話には皆、関心が及ばなかった。
「では、ご意見、ご質問が無いようですので次の議題に移ります。かねてより懸案事項でござい・・・」
「ちょっと待て」
「はい、杉田副社長」
「意見がねえなんて誰も言っちゃいねえぞ、ただ黙って考えていただけだ。何をそんなに先を急ぐ必要がある?
そのなんちゃらシステムとやらには一体いくらかかるんだ?」
「1億2千万円ほどです」
吉田が苦々しく答えた。
すると吉田の腰巾着の西村システム部長がそれを擁護した。
「杉田副社長、これだけのシステムはとてもこの金額では導入出来る物ではありません。
吉田専務が粘り強く先方と交渉してこの金額が実現したわけです。
他の業者にも同じシステムで見積りをさせましたが、2億以上の提示が殆どでした。
このシステムは非常に素晴らしい物です。私は妥当な金額だと思いますが」
俺は西村を無視して話を続けた。
「このシステムが営業を支援する? しかも1億2千万円も掛けて?
おまえら馬鹿か?
こんなの営業支援じゃなくて、営業妨害システムなんだよ! ふざけるのもいい加減にしろ!
GPSで今、営業マンがどこで何をしているかって知ってどうすんだよ?
そんなの知って何になる? ただパソコンの前に座って「おまえ、仕事もしないで喫茶店に入って珈琲なんか飲んで漫画読んでんじゃねえ!」って言うのに1億2千万円も出すアホが何処にいる!
そしてこの膨大なデータの入力をいったい誰がやるんだよ!
ただでさえ忙しい営業の連中に、これをやらせるのか?
そんな暇があるなら、1件でも多くアポを取ることに集中させるべきだ! 営業はシステムじゃねえ! 足で稼ぐんだよ! 足で!
営業の仕事はな、時間から時間までじゃねえんだ! 労働基準法のまま仕事してメシなんか食えるかバカ!
営業は年中無休、24時間営業なんだよ!
コンビニと同じだ、お客さんから呼ばれたらすっ飛んで行く、それが出来なきゃ住宅営業マンは務まらねえ!
もっとラクな仕事に転職するべきなんだよ!
営業はルーティンワークじゃねえんだ! 考える時間と行動する時間が必要なんだよ!
そして考える時間が8割。現に俺はそうやって実績を上げて来た。
喫茶店で漫画読みながら仕事のヒントを探すのは、寧ろ必要なことだ!
住宅営業は八百屋じゃねえ! 今日はキャベツが10個、ニンジンが60本、バナナが8房売れましたじゃねえんだ! ゼロか100かなんだよ!
そして客単価は数千万円だ。つまり、現場1つ1つが会社なんだよ!
こんなのは営業支援という名の営業マンのただの監視システムだ!
こんなことを考えるのはウチの営業マンを信頼していない、アホな管理職のやることだ!
1億2千万ものカネを稼ぐのに、住宅を何戸売ればいいと思う? 簡単に言うんじゃねえ!
そのカネは誰が稼いで来るんだよ!
ウチの営業マンたちは日本一の住宅営業マンたちだと俺は思っている。
毎年の完工高は前年対比10%増。これに何の不満がある?
そんなカネがあるなら、営業マンに臨時ボーナスとしてくれてやった方がよっぽど働くぜ、あいつら。
吉田も西村も営業やってみろよ、おまえらみたいなバカ面じゃあ1棟も売れねえから。
吉田! 西村! 本末転倒なんだよお前ら!」
会議室には重い空気が流れた。
「お言葉ですが杉田副社長、これは営業マンの営業効率を上げるための物なんです。
営業マンの行動を分析して無駄を省く。
そして業績を上げている営業マンの行動をみんなで共有することにより、それをベンチマークしてセルフコーチングをしようという物なんです。
単なる思い付きではありません。
業績を上げ、早く仕事を終えれば自分や家族との時間が増える、それが悪いとは私は思いません」
吉田が反論した。
「効率を上げる? 流石は吉田専務、ウチのメインバンクから出向して来ただけはある。
そもそも効率ってなんだ? 無駄って悪い事なのか?
俺たちは人間相手に商売をしてんだ! 勘違いするな!
工務部の島田、家づくりとは何だ! 言ってみろ!」
「はい、優れたデザインと快適な居住性能、そして安全性を兼ね備えた家を造ることです」
「65点。それはどこのポンコツ住宅屋でもやっていることだ。どこもお粗末だがな?
ウチの会社は違う、お客さんの家族のしあわせを育む家を造っているんだ。
吉田専務、金八先生って見てたことあるか?
俺たちは機械や腐ったミカンを作ってんじゃねえ! お客さんの夢のマイホームを心を込めてそのお手伝いをする営業マンを育てているんだ! それを忘れんな!」
それを見かねた社長の岩倉が助け舟を出した。
「まあ、それについてはもう少し検討しようじゃないか?
時間も時間だし、今日はこれでお開きとしよう。
副社長、後で社長室に来てくれ」
「わかりました」
役員たちはホッとして会議室を出て行った。
専務の吉田を除いて。
役員たちの前で恥をかかされた吉田は、俺に敵意を剥き出しにしていた。
ごろつきの経営コンサルタントじゃあるまいに、現場の苦労も知らず、上辺だけのデータで机上の空論を語る、そんな吉田に俺は呆れた。
「吉田、俺たち住宅屋は銀行じゃねえんだ。人のカネを元手に利鞘を稼ぐ、背広を着たヤクザじゃねえんだよ。
晴れの日に傘を無理矢理押し付け、雨が降って来ると貸した傘を取り上げる。
家はな? みんなが汗水垂らして築き上げた物を売る商売なんだ。
口惜しければお前も家1件、まずは売ってみることだな? 話はそれからだ」
吉田は無言のまま、会議室を出て行った。
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