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第1話

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 ウニと鰻が嫌い。
 自分勝手で我儘で、毒舌を吐く。
 それでいて美しく知性と教養もある。
 そして美沙子は誰よりもやさしい女だった。

 私はいつも、そんな美沙子に振り回され、クタクタだった。


 最初の頃、会うと3回に1回は喧嘩をした。
 中々予約の取れない有名フレンチに連れて行った時も、彼女は突然ナイフとフォークを置いた。

 「美味しくない! このおソースでは折角のフォアグラが泣いちゃうわ!」

 また始まったと私は思った。
 美沙子は料理の天才だが、自分がこうだと思ったらすぐにそれを口に出してしまう女だった。

 「そうかなあ? このソースの方がこの重厚なボルドーには合っていると思うけど?」
 「信じらんない! あなたの舌はどうかしている! なんて鈍感な人なの!」
 
 私も彼女には遠慮はしない。

 「お前がどんなに食通かなんて知らない! だが今日は美沙子に喜んでもらおうと、この5万円のフルコースを半年も前から予約した俺の気持ちはどうなる!
 お前にはデリカシーという言葉は入力されていないのか! お前のその空っぽの頭には!」
 「そんなの知らないわよ! 私がいつそれを頼んだ? おねだりした?
 バッカじゃないの? たかが5万円のお料理じゃない!
 私はそんなに安い女じゃないわ! 帰る!」


 美沙子はいつもこんな感じの女だった。
 そして3か月もすると、ケロッとまたLINEをしてくる。


        何か美味しい物、
        ご馳走しろ♡


 美沙子はまるで猫のような女だった。
 来いと言っても来ない。そのくせ自分がかまって欲しいと摺り寄って来る。
 そんな私たちも、つき合い始めて2年が過ぎていた。
 今はお互いあまり喧嘩はしなくなった。

 それは私たちが大人になったからではなく、もう喧嘩のネタが尽きたからなのかもしれない。
 喧嘩が減った分、愛情が深まったような気もする。
 普通の恋人同士にとって、それは喜ばしい事ではあるが、私たちの場合は少し事情が違っていた。
 美沙子には家庭があり、私たちの関係は「不適切な関係」にあったからだ。
 最初、私は彼女の欲求不満のストレス解消のセフレだったが、段々と私は彼女の恋人に昇格しつつあった。


 「これ、あの吟遊亭の食パンなんだけど、焼き立てで旨いから家族で食べなよ」

 すると美沙子は無造作にパンをちぎるとそれを口に入れ、自分の唾液で湿った切れ端を私に差し出した。

 「私の齧ったパン、食べる?」
 「齧ったやつじゃなくて、お前の唾液で濡れたパンだろう? どうせなら口移しの方がいいけどな? 
 お前がお口でニャンニャンしたヤツが食べたい」

 彼女はそのパンを口に入れると、そのまま口移しで私にそれを食べさせた。

 「おいしい?」
 「お前の唾液の味がする」
 「この変態ドクター」

 私たちはそのままお互いを激しく求め合った。


 「もっと! もっと激しく突いて! あなたしか見えないように!」

 彼女はそう叫んでシーツを掴んだ。

 郊外のラブホテル。外で夏の名残の「日暮し蝉」が鳴いていた。

 あっという間に原色の夏も終わり、セピア色の秋に恋の舞台は移ろうとしていた。

 私と美沙子を置き去りにしたまま。
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