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第19話 置手紙

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 「ただいまー」
 「ママ、おかえりなさーい」
 「ああ、疲れたー、すぐご飯にするからね?」
 「大丈夫だよ、今日は私が作るから」
 「そう、じゃあ着替えてくるわね」
 
 友理子が寝室に入いり、着替えようとした時、ドレッサーの上に置かれた白い封筒に気付いた。
 その中には手紙と通帳、印鑑とキャッシュカード、それに保険証券が入っていた。
 友理子は震える手でその手紙を読むと、すぐに寝室を飛び出した。
 
 「楓、パパを探してくるから戸締りをしっかりして! 後で連絡するから!」
 「どうしたの? パパがどうかしたの?」
 「大丈夫、大丈夫だから!」

 
 友理子は『カリブ』へと急いだ。

 「どうして? どうしてそんなことになるのよ!」

 友理子は神崎のことが心配で、動悸が止まらなかった。
 移動中、何度も神崎の携帯に電話をしたが、彼の携帯は電源が切られていた。



 友理子は『カリブ』のドアを開け、叫んだ。

 「キャプテン! あの人がこんな物を置いて! いなくなってしまいました!」

 友理子はキャプテンに神崎からの手紙を差し出した。



    愛する妻、友理子 わが娘、楓へ

     色々と考えたが、やはり手紙にすることにした。
    何から話していいのか、この期に及んでもまだ迷って 
    いる。
    どうしたら俺の気持ちを君たちにうまく伝えることが
    出来るのだろうか?

    黙っていて悪かったが、俺は以前から心筋梗塞と宣告
    されていた。
    俺の心臓は今、30%しか機能していないそうだ。
    そして先日、末期の肝臓ガンも見つかった。

    俺は以前、富山の海で自ら命を絶とうとした。
    だがその時は偶然に犬の散歩をしていた老人に助けら
    れ、未遂に終わった。
    おそらくそのような話をミュウから聞いたはずだ。
    君と楓に出会って、俺はしあわせだった。
    死にたくないとも思った。
    そして予定が延期された。
    ただそれだけのことなんだ。最初からこれは俺の中で
    は決まっていたことなんだ。

    離婚してから俺はずっと独りだった。
    家に帰って「お帰りなさい」と言ってくれる家族がい
    る。こんな幸福なことはない。

    君たちと一緒に囲む食卓は最高だった。
    友理子、昨日『カリブ』で話たことは覚えているだろ
    う?
    人は遅かれ早かれ必ず死ぬという話を。
    だから友理子、どうか俺の願いを聞いて欲しい。
    俺に代わって沢山の「ありがとう」を集めてくれ。
    これは俺からの最期のお願いだ。
    人生の価値はどれだけ永く生きたかじゃない、どれだ
    け人に喜ばれ、愛されたかなんだ。

    俺は友理子と楓にしあわせになって欲しい。
    どうか俺の死を悲しまないでくれ、人生を楽しんでく
    れ。一度きりの人生を。

    もう少し君たちと一緒にいたかったが、どうやら難し
    いようだ。
    病院で死ぬのはイヤだし、家で寝たきりのまま衰弱し
    て死ぬのも自分らしくはない。
    後悔はないんだ、自分の人生に。
    最後に君と楓に会えたことで心の隙間が埋まった。
    俺の人生のジグソーパズルはやっと完成したんだ。

    何か困ったことがあれば、キャプテンに相談するとい
    い。
    あの人は俺の先輩だし、すばらしい兄貴のような存在
    だから。

    楓、お前と一緒にバージンロードを父親としてエスコ
    ートしたかった。
    それが出来ずに残念だ。
    許してくれ。

    神戸に行く約束も果たせなくなってすまない。
    悪いが神戸へはママと行ってくれ。
    楓は頭のいい綺麗な娘だ。俺に似てな?(笑)
    だから何年かかってもいいから、自分の好きな勉強を
    するために進学しなさい。

    キャッシュカードには小さな建売を買えるくらいの残
    高は残してある。
    今後の生活に役立てて欲しい。
    暗証番号は友理子の誕生日にしてある。
    生命保険はおそらく免責期間を過ぎれば支払われる筈
    だ。
    保険証券を添付しておいたから、その名刺の今井君に
    相談するといい。話しはしてある。
    君と結婚したのはそのためだ。
    バツ2にしてしまい、申し訳ない。
    もちろん友理子を愛しているからこそ結婚したが、別
    れが辛くなるかと、少し悩んだのも事実だ。

    最期になるが、短い間だったが君たちと家族になれて
    俺は本当にしあわせだった。
    ありがとう、感謝しています。

    愛しているよ、友理子、楓。

                     神崎 仁




 手紙を読み終えたキャプテンは、常連の客たちに言った。

 「すみません、今日のお代は結構です!
 私の弟の一大事ですので、どうか今日はこれで閉店させて下さい!」

 キャプテンは急いで店仕舞いに取り掛かった。

 「友理子さん、彼を連れ戻しに行きましょう!
 行先は分かっています!
 彼は余命を全うしなけらばならない。海の男として、そして、あなたたちの夫として、父親として!」

 
 キャプテンは、店の近くのコインパーキングに停めていたBMWに友理子を乗せると、クルマを急発進させた。

 「少し荒い運転になりますが、我慢して下さい」
 「キャプテン、あの人はどこに?」
 「おそらく彼は富山です。
 私と彼が学んだ母校の前の海に向かったはずです」


 キャプテンはいつもの物静かなバーテンダーではなく、嵐の海に立ち向かう船長の顔になっていた。

 クルマは次々に他のクルマを追い越し、キャプテンと友理子は富山を目指した。
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