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第9話
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明美は出勤初日ということもあり、慣れない雰囲気に緊張していた。
「川村君、初日だから疲れただろう?」
明美は品出しを習っていた。
「いえ、大丈夫です」
その時部門責任者の水原から軽くお尻を触られた。
「きゃっ」
「いいねえ、若い子のお尻は張りがあって。ウチの女房なんてもうケツなんか垂れちゃってさあ。
どう? 今度メシでも行かない?」
明美は水原を睨みつけた。
「何? 怒った? そんなんじゃここじゃあやっていけないぜ。
何しろ俺はここの部門長なんだから。うふふふふ」
そう言って水原は去って行った。
(我慢、我慢)
明美は必死に耐えた。
やっと仕事を終えて女子更衣室の自分のロッカーに鍵を入れようとした時、鍵の差し込み口にチューインガムが埋め込まれていた。御局たちの嫌がらせだった。
明美がロッカーの前で悔しそうに立っていると、みんながそれを見て笑っていた。
みんなが帰った後、明美が泣きながらガムを剥がしていると、同じ歳頃の弥生が氷を持って来てくれた。
「これで冷やすと取りやすいよ。私も入社してすぐ、やられたから。
ここは女の多い職場だからね? 負けちゃ駄目だよ」
「ありがとう」
「私は島田弥生、お惣菜部門にいるんだ。あなたは?」
「川村明美。よろしくね」
「おばちゃんばっかりだけどさあ、みんなが悪いわけじゃないから安心して。新人イビリはどこでもあることだから。がんばってね?」
「うん、ありがとう」
明美は弥生と仲良しになり、毎日一生懸命働いた。
マサルも懸命に仕事を探したが、中々採用にはならなかった。
マサルは北大路の話を思い出した。
「仕事は人の役に立つ仕事を選べ」
マサルは正社員を諦め、ガソリンスタンドとコンビニのバイトを掛け持ちすることにした。
特にガソリンスタンドでは洗車やタイヤ交換で手がボロボロになっていた。
マサルも明美もいつもクタクタだった。
アパートに帰って来ると、風呂にも入らず、食事もせずに眠ってしまうほど疲れ切っていた。
だがふたりとも負けなかった。
夜、北大路が食料や酒を持ってアパートに様子を見にやって来た。
ピンポーン
寝ていたマサルが起きてドアスコープを覗くと、そこに北大路が立っていた。
「俺だ、北大路だ」
「今すぐ開けます!」
北大路はマサルに、両手に持ったレジ袋に入った食料と酒を渡した。
「どうだ? 仕事の方は」
「ちらかってますけどあがって下さい」
明美も起きて来た。
「パパ、あがってあがって」
「そろそろ喰い物もねえんじゃねえかと思ってな?
これを持って来ただけだから。ほら、差し入れだ。
お前ら、だいぶいい顔になって来たじゃねえか? 何か困ったことはねえか?」
「大丈夫です。いつもすみません」
「とにかく何も考えずに眼の前の仕事に全力で立ち向かえ。人間の能力なんてたいして変わりはねえもんだ。
若いうちは人の倍働け。時間戦略だよ。長く働いたモンが勝ちだ。
そうすれば早く仕事が覚えられる。
虐める奴も嫌な奴もいるだろうが、でもそんな奴は気にするな。
本気で働いていれば必ずお前たちのことはきっと誰かが見ているはずだ」
すると北大路は背広の内ポケットから茶封筒を出してそれぞれ二人にそれを渡した。
「カネ、ねえんだろう? 給料日までこれでがんばれ」
「親父」
「パパ」
「親が子供の面倒を見るのは当然だ。大丈夫だ、お前たちは必ずしあわせになれる。
昨日まではリハーサル、今日からが本番だ」
北大路はそう言ってアパートにはあがらずに帰って行った。
少しでも明美とマサルを休ませてやろうと思ったからだ。
明美とマサルはいつまでも北大路の背中を見送っていた。
「ありがとうございます」
「ありがとう、パパ」
「川村君、初日だから疲れただろう?」
明美は品出しを習っていた。
「いえ、大丈夫です」
その時部門責任者の水原から軽くお尻を触られた。
「きゃっ」
「いいねえ、若い子のお尻は張りがあって。ウチの女房なんてもうケツなんか垂れちゃってさあ。
どう? 今度メシでも行かない?」
明美は水原を睨みつけた。
「何? 怒った? そんなんじゃここじゃあやっていけないぜ。
何しろ俺はここの部門長なんだから。うふふふふ」
そう言って水原は去って行った。
(我慢、我慢)
明美は必死に耐えた。
やっと仕事を終えて女子更衣室の自分のロッカーに鍵を入れようとした時、鍵の差し込み口にチューインガムが埋め込まれていた。御局たちの嫌がらせだった。
明美がロッカーの前で悔しそうに立っていると、みんながそれを見て笑っていた。
みんなが帰った後、明美が泣きながらガムを剥がしていると、同じ歳頃の弥生が氷を持って来てくれた。
「これで冷やすと取りやすいよ。私も入社してすぐ、やられたから。
ここは女の多い職場だからね? 負けちゃ駄目だよ」
「ありがとう」
「私は島田弥生、お惣菜部門にいるんだ。あなたは?」
「川村明美。よろしくね」
「おばちゃんばっかりだけどさあ、みんなが悪いわけじゃないから安心して。新人イビリはどこでもあることだから。がんばってね?」
「うん、ありがとう」
明美は弥生と仲良しになり、毎日一生懸命働いた。
マサルも懸命に仕事を探したが、中々採用にはならなかった。
マサルは北大路の話を思い出した。
「仕事は人の役に立つ仕事を選べ」
マサルは正社員を諦め、ガソリンスタンドとコンビニのバイトを掛け持ちすることにした。
特にガソリンスタンドでは洗車やタイヤ交換で手がボロボロになっていた。
マサルも明美もいつもクタクタだった。
アパートに帰って来ると、風呂にも入らず、食事もせずに眠ってしまうほど疲れ切っていた。
だがふたりとも負けなかった。
夜、北大路が食料や酒を持ってアパートに様子を見にやって来た。
ピンポーン
寝ていたマサルが起きてドアスコープを覗くと、そこに北大路が立っていた。
「俺だ、北大路だ」
「今すぐ開けます!」
北大路はマサルに、両手に持ったレジ袋に入った食料と酒を渡した。
「どうだ? 仕事の方は」
「ちらかってますけどあがって下さい」
明美も起きて来た。
「パパ、あがってあがって」
「そろそろ喰い物もねえんじゃねえかと思ってな?
これを持って来ただけだから。ほら、差し入れだ。
お前ら、だいぶいい顔になって来たじゃねえか? 何か困ったことはねえか?」
「大丈夫です。いつもすみません」
「とにかく何も考えずに眼の前の仕事に全力で立ち向かえ。人間の能力なんてたいして変わりはねえもんだ。
若いうちは人の倍働け。時間戦略だよ。長く働いたモンが勝ちだ。
そうすれば早く仕事が覚えられる。
虐める奴も嫌な奴もいるだろうが、でもそんな奴は気にするな。
本気で働いていれば必ずお前たちのことはきっと誰かが見ているはずだ」
すると北大路は背広の内ポケットから茶封筒を出してそれぞれ二人にそれを渡した。
「カネ、ねえんだろう? 給料日までこれでがんばれ」
「親父」
「パパ」
「親が子供の面倒を見るのは当然だ。大丈夫だ、お前たちは必ずしあわせになれる。
昨日まではリハーサル、今日からが本番だ」
北大路はそう言ってアパートにはあがらずに帰って行った。
少しでも明美とマサルを休ませてやろうと思ったからだ。
明美とマサルはいつまでも北大路の背中を見送っていた。
「ありがとうございます」
「ありがとう、パパ」
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