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第5話
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シルバー恋愛センターの連中は、焼肉屋の襖で仕切られた個室から、北大路たちの様子を窺っていた。
何しろ現代はハイテク、デジタル時代である。彼らは店内にある、焼肉のタレを直接口を付けてがぶ飲みしていないかを監視するための防犯カメラにアクセスし、それをタブレットで見ていたのである。
「来た来た。北大路さんは時間に正確だからなあ、ヤクザなのに律儀だ」
「ヤクザだから律儀なんじゃないですか? だって会合に遅れたらどつかれますからなあ。
それに塀の中は規律が厳しいというじゃありませんか?」
「やっぱり明美ちゃんたちは遅れているようですねえ。大丈夫かなあ北大路さん、キレないといいけど」
「こりゃあ七輪で焼かれるだけじゃすまねえかもな? いきなりズドンか、ブスリかもしれねえ。
そして焼肉にされたりしてよお」
「棟梁、怖いこと言わないで下さいよ」
「でも何だかワクワクしてきちゃった。どうなっちゃうのかしら? そのマサルって子。
なんだか興奮して濡れてきちゃった」
「俺はそんなみっちゃんに興奮してチ◯コがビンビンだぜ。教師びんびん物語なんちゃって」
「棟梁、ちょっと静かにしていて下さいよ。音が聞こえないじゃないですか!」
「ワリイ、ワリイ」
やはり明美たちは1時間も遅刻してやって来た。
「ごめんね北大路、遅くなっちゃって」
「何で遅れた?」
棟梁が言った。
「ほら、北大路さんヤバいぜ。こりゃあ謝罪モードじゃなく、あの金髪兄ちゃん、シメられるぜ」
みんなは固唾を飲んで、明美の次の言葉を待った。
「ごめんなさい、川村が悪いの」
「何が悪いんだ?」
「どうしてもツケマが決まらなくて、それからそれから髪型もイマイチで・・・」
「ホント、おめえはどんくせえからなあ。早く食おうぜ、焼肉」
「マサル、お前本当に明美のことを愛しているのか?」
「俺は知らねえけど、コイツは俺のことが好きだぜ」
北大路は店員を呼んだ。
「悪いけど包丁貸してくれねえか? コイツの体、切り刻んで七輪で焼いてやっからよお」
「えっ!」
マサルと明美の顔が強張った。
もちろん別室のシルバー恋愛センターの連中もである。
山田棟梁は食べようとしていたハラミを落っことしてしまった。
「なーんてな? 注文いいか? ビール3つとカルビ、それからタン塩と骨付きカルビにセンマイ刺し。それからキムチをくれ」
「お客さん、からかわないで下さいよ~、もうー。かしこまりました!
ただいま炭を持ってまいりますので、熱いのでお気をつけ下さい」
「熱い炭が来るんだってよ。マサル、火傷しねえように気をつけろよ。違うか?「火傷させられないように気をつけろ」だな?」
「・・・」
棟梁が言った。
「やっぱりあの金髪兄ちゃん、炭焼きにされちまうぜ」
みんなのビールがすっかり冷めて温くなり、網に乗せたロースが黒焦げになっていた。
ビールが運ばれて来た。
「それじゃあ乾杯しようぜ。お前たちのお別れに乾杯」
「どうして俺たちがお別れなんだよ!」
「それはおめえたちのためにならねえからだ」
「何でなの? 北大路」
「それはマサル、おめえがまだガキだからだ。
好きでもない、コイツのカラダとカネが目当てなら先はねえからだ」
「うるせえよ! コイツが「ヤッて」って言うからやってやっているだけだ!「カネをくれ」って言うとカネをくれるから貰う。それの何が悪いんだよ!」
「お前親は?」
「生まれた時からいねえよ」
「それじゃ俺と同じだな?」
「えっ、オッサンもかよ?」
「ああ、随分惨めでさみしい思いをした。学校の運動会や遠足、修学旅行なんかなければいいと思ったよ」
「俺もいつも一人だった。施設のみんなはいつも雨に濡れた野良犬みたいな目をしていた。何の希望もなくな?」
「俺は高校を卒業して施設を出て、蕨の鉄工所で働いた。休み無く油まみれになって働いて、月10万円だった。そこから寮費や食事代を引かれ、手元に残るのは3万円だった。
その中から俺は2万円を貯金した。やっと20万円が貯まった頃、先輩にそのカネを貸してくれと言われ、仕方なく貸した。そして踏み倒された。
俺はその鉄工所を辞めた。
それから職を転々として、気づいたら極道になっていたというわけだ」
「北大路、かわいそう・・・」
「世の中は弱い者を叩く、なんでだかわかるか?」
「目障りだからだろう?」
「弱いからだ。人は自分の優位性を確認したい。だから自分より劣っている者や弱い人間、カネのないヤツをバカにするんだ。
福沢諭吉って知ってるか?」
「知ってるに決まってんだろ? 万札のオッサンだろ?」
「福沢諭吉は言った。
天は人の上に人を造らず、
人の下に人を造らず
つまり、人間はみんな平等だと言ったんだ」
「平等? ふざけるな! 何が平等だよ! 世の中差別ばかりじゃねえか!」
「いや、平等なんだよ、人間は。
太陽も時間も水も空気も、みんな平等じゃないか?
そして人間は裸で生まれて裸で死んでいく。
勝手に不平等、不公平だと思っているだけなんだ」
「・・・」
「そして恋愛はお互いを高め、助け合うもんだ。そのお前の言う、不平等で不公平な世の中で生きるために。
明美はおめえに与え続け、お前は奪い続けている。
つまりプラスとマイナスだ。足したらゼロになる。
掛けたら大きなマイナスになっちまうんだ」
マサルは乾杯せずにビールを煽った。
「明美、俺たちも飲もうぜ」
「うん」
北大路はどんどん肉を焼いてマサルたちに食べさせてやった。
「いっぱい食え」
「言われなくても食うよ」
「俺はいつも腹を空かせていた。
牛肉なんて食ったのは25才になってからだ」
「北大路も貧乏だったんだね? 川村もそうだよ、ママがパパと離婚して、別な男と出て行っちゃった。
だから川村ばあちゃんに育ててもらったの。生活保護をもらって」
「俺もコイツも親がいねえんだよ。だから何にも知らねえし出来ねえんだ。
俺は中学にもロクに行ってねえ。中学になるとすぐ、ドカチン(土木作業員)をしていたからよ。
誰も助けちゃくれなかった。俺とコイツは似たもの同士なんだよ」
そう言って、マサルはビールを飲んだ。
「なるほど、親が悪い、親の犠牲になったというわけか?」
「あー、金持ちの家に生まれたかったなあ」
「川村はね、普通でいい。毎日ご飯が食べられて、やさしいパパとママがいてお兄ちゃんかお姉ちゃんがいて、トイプードルがいればそれでいい」
「俺はいらねえのかよ?」
「もちろんマサルも一緒だよ」
「おめえたちは他力本願だな? しあわせを掴もうとしねえでしあわせになりたいと寝言ばかり言っているだけだ。
水前寺清子って、知ってるか?」
「誰だよ? 東京都知事かよ?」
「水前寺清子が都知事だったら、東京都も良くなるかもしれねえな? 歌手だよ、昭和の。
『三百六十五歩のマーチ』っていうのを歌っていた。
作詞:星野哲郎
しあわせは 歩いて来ない
だから歩いて ゆくんだね
一日一歩 三日で三歩
三歩進んで 二歩さがる・・・
ってな? しあわせは向こうからは歩いて来ねえんだ。
こっちからしあわせに歩いて行くんだよ」
「こっちからどうやって歩いて行くのさ? どうしたらしあわせになれるの? 北大路」
「それはな? 悪いことを人のせいにしたり、過ぎ去った過去を引き摺って、どうせ自分はダメな奴だという考えを捨てることだ。出来ないんじゃない、やらねえだけなんだ。
弱い奴はかならずこう言う。「俺には出来ない、俺には無理だ。学校も出てねえし親もいねえ」とな?
お前たちを見てると昔の俺を見ているようだ。
野良犬だったあの頃の俺をな?」
「説教かよ? くだらねえ」
「ダメなヤツは大した努力もしねえで夢ばかり追い駆けている。
例えば「ポルシェに乗りてえ」と毎日思っていたとする。
毎日思っているだけじゃダメだ。そのためにはいくら必要でどうやってそれを稼ぐかを考えて行動、努力しなければポルシェには乗れねえ。
もう一人の自分は心の中でこう思うからだ。
「でも自分には無理だよなあ」ってな?
神様にお願いすることは悪いことじゃねえ。だが願ったことは忘れろ。
なぜなら神様にお願いを書いた紙を渡したまま、手を離さねえのと同じことだからだ。
神様にお願い事を書いた紙からすぐに手を離せ。そうしないといつまでも願いは叶えられない。
願ったらすぐに忘れろ、そして努力しろ。
神様はがんばっている人間が好きだ。だが怠けている人間も見捨てたりはしねえ。
俺たちは神の子だからだ」
「川村、やってみる!」
「人は思った通りの人間になる。ダメだと思えばダメな人間に、やれると思えばやれる人間になれるもんだ。
マサル、お前、今ホストだったよな? やってて楽しいか?」
「仕事に楽しい仕事なんてあんのかよ」
「ある。それは人の役に立つ仕事だ。人から喜ばれる仕事だ」
「どんな仕事だよ?」
「たくさんあるぞ、米農家は米を作って喜ばれ、ラーメン屋は美味いラーメンを作って喜ばれ、『シロクマ・ヤマト』の配達員は荷物を届けて喜ばれる。たくさんあるぞ、喜ばれる仕事は。
そうして社会が成り立っているんだ。各々が自分の役割を果たしてな?
俺はもう極道は辞めた。オヤジ(組長)のために懲役になって組を辞めたんだ。
あの頃は殺るか殺られるかの毎日だった。だが今はしあわせだ。
若いおめえたちに説教垂れて、こうして焼肉を食ってビールを飲んでいるからな。
俺は今、凄くしあわせだ。ほらもっと食え、もっと飲め、遠慮するな」
マサルは箸を置いた。マサルは泣いていた。
「北大路さん、俺をアンタの子分にしてくれ。頼む、どうかこの通りだ。
俺もしあわせになりてえんだよお」
「北大路、川村も子分になる!」
「大変だぞ? 俺の舎弟になるのは」
「俺、漢になりてえんだ」
「よし、それじゃあ固めの杯だ。 おい姉ちゃん、日本酒とお猪口を3つくれ」
その日、三人は固めの杯を交わし、兄弟の契を結んだ。
「北大路さん、遂に謝りませんでしたね?」
「よかったなあ、あの兄ちゃん、焼肉にされねえでよお」
「棟梁、泣いてるの?」
「てやんでえべらぼうめ! 煙が目に滲みただけでえ!
おめえらだってみんな泣いてるじゃねえか!」
棟梁もみんなも泣いていた。
何しろ現代はハイテク、デジタル時代である。彼らは店内にある、焼肉のタレを直接口を付けてがぶ飲みしていないかを監視するための防犯カメラにアクセスし、それをタブレットで見ていたのである。
「来た来た。北大路さんは時間に正確だからなあ、ヤクザなのに律儀だ」
「ヤクザだから律儀なんじゃないですか? だって会合に遅れたらどつかれますからなあ。
それに塀の中は規律が厳しいというじゃありませんか?」
「やっぱり明美ちゃんたちは遅れているようですねえ。大丈夫かなあ北大路さん、キレないといいけど」
「こりゃあ七輪で焼かれるだけじゃすまねえかもな? いきなりズドンか、ブスリかもしれねえ。
そして焼肉にされたりしてよお」
「棟梁、怖いこと言わないで下さいよ」
「でも何だかワクワクしてきちゃった。どうなっちゃうのかしら? そのマサルって子。
なんだか興奮して濡れてきちゃった」
「俺はそんなみっちゃんに興奮してチ◯コがビンビンだぜ。教師びんびん物語なんちゃって」
「棟梁、ちょっと静かにしていて下さいよ。音が聞こえないじゃないですか!」
「ワリイ、ワリイ」
やはり明美たちは1時間も遅刻してやって来た。
「ごめんね北大路、遅くなっちゃって」
「何で遅れた?」
棟梁が言った。
「ほら、北大路さんヤバいぜ。こりゃあ謝罪モードじゃなく、あの金髪兄ちゃん、シメられるぜ」
みんなは固唾を飲んで、明美の次の言葉を待った。
「ごめんなさい、川村が悪いの」
「何が悪いんだ?」
「どうしてもツケマが決まらなくて、それからそれから髪型もイマイチで・・・」
「ホント、おめえはどんくせえからなあ。早く食おうぜ、焼肉」
「マサル、お前本当に明美のことを愛しているのか?」
「俺は知らねえけど、コイツは俺のことが好きだぜ」
北大路は店員を呼んだ。
「悪いけど包丁貸してくれねえか? コイツの体、切り刻んで七輪で焼いてやっからよお」
「えっ!」
マサルと明美の顔が強張った。
もちろん別室のシルバー恋愛センターの連中もである。
山田棟梁は食べようとしていたハラミを落っことしてしまった。
「なーんてな? 注文いいか? ビール3つとカルビ、それからタン塩と骨付きカルビにセンマイ刺し。それからキムチをくれ」
「お客さん、からかわないで下さいよ~、もうー。かしこまりました!
ただいま炭を持ってまいりますので、熱いのでお気をつけ下さい」
「熱い炭が来るんだってよ。マサル、火傷しねえように気をつけろよ。違うか?「火傷させられないように気をつけろ」だな?」
「・・・」
棟梁が言った。
「やっぱりあの金髪兄ちゃん、炭焼きにされちまうぜ」
みんなのビールがすっかり冷めて温くなり、網に乗せたロースが黒焦げになっていた。
ビールが運ばれて来た。
「それじゃあ乾杯しようぜ。お前たちのお別れに乾杯」
「どうして俺たちがお別れなんだよ!」
「それはおめえたちのためにならねえからだ」
「何でなの? 北大路」
「それはマサル、おめえがまだガキだからだ。
好きでもない、コイツのカラダとカネが目当てなら先はねえからだ」
「うるせえよ! コイツが「ヤッて」って言うからやってやっているだけだ!「カネをくれ」って言うとカネをくれるから貰う。それの何が悪いんだよ!」
「お前親は?」
「生まれた時からいねえよ」
「それじゃ俺と同じだな?」
「えっ、オッサンもかよ?」
「ああ、随分惨めでさみしい思いをした。学校の運動会や遠足、修学旅行なんかなければいいと思ったよ」
「俺もいつも一人だった。施設のみんなはいつも雨に濡れた野良犬みたいな目をしていた。何の希望もなくな?」
「俺は高校を卒業して施設を出て、蕨の鉄工所で働いた。休み無く油まみれになって働いて、月10万円だった。そこから寮費や食事代を引かれ、手元に残るのは3万円だった。
その中から俺は2万円を貯金した。やっと20万円が貯まった頃、先輩にそのカネを貸してくれと言われ、仕方なく貸した。そして踏み倒された。
俺はその鉄工所を辞めた。
それから職を転々として、気づいたら極道になっていたというわけだ」
「北大路、かわいそう・・・」
「世の中は弱い者を叩く、なんでだかわかるか?」
「目障りだからだろう?」
「弱いからだ。人は自分の優位性を確認したい。だから自分より劣っている者や弱い人間、カネのないヤツをバカにするんだ。
福沢諭吉って知ってるか?」
「知ってるに決まってんだろ? 万札のオッサンだろ?」
「福沢諭吉は言った。
天は人の上に人を造らず、
人の下に人を造らず
つまり、人間はみんな平等だと言ったんだ」
「平等? ふざけるな! 何が平等だよ! 世の中差別ばかりじゃねえか!」
「いや、平等なんだよ、人間は。
太陽も時間も水も空気も、みんな平等じゃないか?
そして人間は裸で生まれて裸で死んでいく。
勝手に不平等、不公平だと思っているだけなんだ」
「・・・」
「そして恋愛はお互いを高め、助け合うもんだ。そのお前の言う、不平等で不公平な世の中で生きるために。
明美はおめえに与え続け、お前は奪い続けている。
つまりプラスとマイナスだ。足したらゼロになる。
掛けたら大きなマイナスになっちまうんだ」
マサルは乾杯せずにビールを煽った。
「明美、俺たちも飲もうぜ」
「うん」
北大路はどんどん肉を焼いてマサルたちに食べさせてやった。
「いっぱい食え」
「言われなくても食うよ」
「俺はいつも腹を空かせていた。
牛肉なんて食ったのは25才になってからだ」
「北大路も貧乏だったんだね? 川村もそうだよ、ママがパパと離婚して、別な男と出て行っちゃった。
だから川村ばあちゃんに育ててもらったの。生活保護をもらって」
「俺もコイツも親がいねえんだよ。だから何にも知らねえし出来ねえんだ。
俺は中学にもロクに行ってねえ。中学になるとすぐ、ドカチン(土木作業員)をしていたからよ。
誰も助けちゃくれなかった。俺とコイツは似たもの同士なんだよ」
そう言って、マサルはビールを飲んだ。
「なるほど、親が悪い、親の犠牲になったというわけか?」
「あー、金持ちの家に生まれたかったなあ」
「川村はね、普通でいい。毎日ご飯が食べられて、やさしいパパとママがいてお兄ちゃんかお姉ちゃんがいて、トイプードルがいればそれでいい」
「俺はいらねえのかよ?」
「もちろんマサルも一緒だよ」
「おめえたちは他力本願だな? しあわせを掴もうとしねえでしあわせになりたいと寝言ばかり言っているだけだ。
水前寺清子って、知ってるか?」
「誰だよ? 東京都知事かよ?」
「水前寺清子が都知事だったら、東京都も良くなるかもしれねえな? 歌手だよ、昭和の。
『三百六十五歩のマーチ』っていうのを歌っていた。
作詞:星野哲郎
しあわせは 歩いて来ない
だから歩いて ゆくんだね
一日一歩 三日で三歩
三歩進んで 二歩さがる・・・
ってな? しあわせは向こうからは歩いて来ねえんだ。
こっちからしあわせに歩いて行くんだよ」
「こっちからどうやって歩いて行くのさ? どうしたらしあわせになれるの? 北大路」
「それはな? 悪いことを人のせいにしたり、過ぎ去った過去を引き摺って、どうせ自分はダメな奴だという考えを捨てることだ。出来ないんじゃない、やらねえだけなんだ。
弱い奴はかならずこう言う。「俺には出来ない、俺には無理だ。学校も出てねえし親もいねえ」とな?
お前たちを見てると昔の俺を見ているようだ。
野良犬だったあの頃の俺をな?」
「説教かよ? くだらねえ」
「ダメなヤツは大した努力もしねえで夢ばかり追い駆けている。
例えば「ポルシェに乗りてえ」と毎日思っていたとする。
毎日思っているだけじゃダメだ。そのためにはいくら必要でどうやってそれを稼ぐかを考えて行動、努力しなければポルシェには乗れねえ。
もう一人の自分は心の中でこう思うからだ。
「でも自分には無理だよなあ」ってな?
神様にお願いすることは悪いことじゃねえ。だが願ったことは忘れろ。
なぜなら神様にお願いを書いた紙を渡したまま、手を離さねえのと同じことだからだ。
神様にお願い事を書いた紙からすぐに手を離せ。そうしないといつまでも願いは叶えられない。
願ったらすぐに忘れろ、そして努力しろ。
神様はがんばっている人間が好きだ。だが怠けている人間も見捨てたりはしねえ。
俺たちは神の子だからだ」
「川村、やってみる!」
「人は思った通りの人間になる。ダメだと思えばダメな人間に、やれると思えばやれる人間になれるもんだ。
マサル、お前、今ホストだったよな? やってて楽しいか?」
「仕事に楽しい仕事なんてあんのかよ」
「ある。それは人の役に立つ仕事だ。人から喜ばれる仕事だ」
「どんな仕事だよ?」
「たくさんあるぞ、米農家は米を作って喜ばれ、ラーメン屋は美味いラーメンを作って喜ばれ、『シロクマ・ヤマト』の配達員は荷物を届けて喜ばれる。たくさんあるぞ、喜ばれる仕事は。
そうして社会が成り立っているんだ。各々が自分の役割を果たしてな?
俺はもう極道は辞めた。オヤジ(組長)のために懲役になって組を辞めたんだ。
あの頃は殺るか殺られるかの毎日だった。だが今はしあわせだ。
若いおめえたちに説教垂れて、こうして焼肉を食ってビールを飲んでいるからな。
俺は今、凄くしあわせだ。ほらもっと食え、もっと飲め、遠慮するな」
マサルは箸を置いた。マサルは泣いていた。
「北大路さん、俺をアンタの子分にしてくれ。頼む、どうかこの通りだ。
俺もしあわせになりてえんだよお」
「北大路、川村も子分になる!」
「大変だぞ? 俺の舎弟になるのは」
「俺、漢になりてえんだ」
「よし、それじゃあ固めの杯だ。 おい姉ちゃん、日本酒とお猪口を3つくれ」
その日、三人は固めの杯を交わし、兄弟の契を結んだ。
「北大路さん、遂に謝りませんでしたね?」
「よかったなあ、あの兄ちゃん、焼肉にされねえでよお」
「棟梁、泣いてるの?」
「てやんでえべらぼうめ! 煙が目に滲みただけでえ!
おめえらだってみんな泣いてるじゃねえか!」
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