上 下
10 / 26

第10話 告白

しおりを挟む
 渋谷のブルーノートは熱狂していた。

 凄まじいブラスのスウィングに絡みつく木管楽器の旋律。それを鼓舞するかのようなダイナミックなパーカッション。
 私は本場のスウィング・ジャズに魅了され、生命エネルギーが漲るようだった。

 
  
 ホテルのスカイレストランでの光一郎との食事の最中も、私の興奮は収まらなかった。

 「凄かったわよねえー、日本人の感性ではあそこまでジャズに溶け込むことは出来ないわ。完全にステージと聴衆がひとつだった。
 ありがとう光一郎、誘ってくれて」
 「良かった、遥が喜んでくれて」

 軽音楽サークルでは光一郎はコルネットを、私はボーカルを担当していた。
 光一郎は聡の後輩で、聡のことは彼もよく知っていた。


 「北村さんのこと、聞いたよ。
 大変だったね?」

 私は一旦食事を中断し、ワインに手を伸ばした。
 遠くにはレインボーブリッジが見えていた。

 「もしかして私、同情されている?」
 「同情なんかしないよ。ただ今回のことで僕にもチャンスが訪れたとは思っているけどね?
 僕はずっと前から遥のことが好きだったんだ、僕と付き合って欲しい」


 光一郎の突然の告白に驚き、戸惑った。
 私にとって光一郎は仲のいい男友だちという感覚で、聡と付き合っていたということもあり、彼には特段に異性としての認識が及ばなかったからだ。

 「ダメかな? 僕じゃ?」

 私はワインを飲み、食事を再開した。

 「私ね、大学を卒業したら聡と結婚することになっていたの。
 すごく好きだった、聡のことが。
 でもその夢は消えたわ。
 だから今は「恋愛喪中」なのよ、まだ誰も好きになれない。ごめんなさい」

 光一郎は黙っていた。

 「そりゃあ浮気する方が悪いわよ、でもね、浮気される方は馬鹿。
 だって浮気されるくらい自分に魅力がなかったっていうことでしょう?
 浮気をさせないようにするのが賢い女よ」
 「そんなことはない! 遥は間違っていない! 絶対に先輩が悪いよ!」

 意外だった。いつも冷静な光一郎がムキになっている。

 「ありがとう、じゃあさっきの話は訂正するわ、私よりも彼の彼女の方が勝っていたということよ。
 私は負けたの。
 どちらにしても私は彼に捨てられた中古品。ボロボロのね?」

 私は残りのワインを一気に飲み干した。

 「そんな私でもいいの? バージンじゃない私でも?」
 「そんなの関係ないよ、遥は遥じゃないか!
 僕にはずっと遥を愛し続ける自信がある! だから遥の心の波が穏やかになるまで僕は待つよ。いつまでも」
 「私がおばさんになっても待てる?」
 「待つよ、遥がおばさんだろうとお婆さんになろうとも、僕は遥のことがずっと好きだ!」

 悪い気はしなかった。
 そんなに自分を慕ってくれる光一郎に私の心は揺れた。


 「光一郎は浮気はしない?」
 「しないよ絶対に!」
 「絶対に? 私を捨てたりしない?」
 「絶対にしない!」
 「本当かしら? 証拠は? 証拠を見せてよ」
 「ここにはないよ」
 「ここにはない? じゃあどこにあるのよ?」
 「今はここにはないよ、いや、ここでは見せられない」
 「変な光一郎。ねえ、もう少し強いお酒が飲みたい」


 
 私と光一郎はホテルのバーラウンジへ移動した。

 「ミモザを」
 「僕はソルティドッグをお願いします」
 「かしこまりました」

 バーテンダーは40歳代くらいの女性だった。
 男性のような力強さはなかったが、優雅さと気品に溢れた所作だった。


 「光一郎は彼女はいないの?」
 「いたら遥にコクったりしないよ」
 「光一郎は女の人を死ぬほど好きになったことってあるの?」
 「あるよ」
 「いつ?」
 「今」
 「ばか・・・。
 でもそんなバカな男って好き」

 私は光一郎の頬にキスをした。

 「僕はずっと遥が好きだったんだ。ダメかい? 僕じゃ?」
 「抱きたいの? 私を?」
 「・・・」
 

 私はミモザを飲み終えると、新しいカクテルを注文した。

 「すみません、between the sheets を下さい」 

 それは「今夜、抱かれてもいいわよ」という意味のカクテルだった。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか

砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。 そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。 しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。 ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。 そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。 「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」 別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。しかしこれは反撃の始まりに過ぎなかった。 

【完結】就職氷河期シンデレラ!

たまこ
恋愛
「ナスタジア!お前との婚約は破棄させてもらう!」  舞踏会で王太子から婚約破棄を突き付けられたナスタジア。彼の腕には義妹のエラがしがみ付いている。 「こんなにも可憐で、か弱いエラに使用人のような仕事を押し付けていただろう!」  王太子は喚くが、ナスタジアは妖艶に笑った。 「ええ。エラにはそれしかできることがありませんので」 ※恋愛小説大賞エントリー中です!

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

どうやら私は不必要な令嬢だったようです

かのん
恋愛
 私はいらない存在だと、ふと気づいた。  さようなら。大好きなお姉様。

聖女なので公爵子息と結婚しました。でも彼には好きな人がいるそうです。

MIRICO
恋愛
癒しの力を持つ聖女、エヴリーヌ。彼女は聖女の嫁ぎ制度により、公爵子息であるカリス・ヴォルテールに嫁ぐことになった。しかしカリスは、ブラシェーロ公爵子息に嫁ぐ聖女、アティを愛していたのだ。 カリスはエヴリーヌに二年後の離婚を願う。王の命令で結婚することになったが、愛する人がいるためエヴリーヌを幸せにできないからだ。  勝手に決められた結婚なのに、二年で離婚!?  アティを愛していても、他の公爵子息の妻となったアティと結婚するわけにもいかない。離婚した後は独身のまま、後継者も親戚の子に渡すことを辞さない。そんなカリスの切実な純情の前に、エヴリーヌは二年後の離婚を承諾した。 なんてやつ。そうは思ったけれど、カリスは心優しく、二年後の離婚が決まってもエヴリーヌを蔑ろにしない、誠実な男だった。 やめて、優しくしないで。私が好きになっちゃうから!! ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。誤字もお知らせくださりありがとうございます。修正します。ご感想お返事ネタバレになりそうなので控えさせていただきます。

本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす

初瀬 叶
恋愛
『本の虫令嬢』 こんな通り名がつく様になったのは、いつの頃からだろうか?……もう随分前の事で忘れた。 私、マーガレット・ロビーには婚約者が居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。 私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。 『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」 十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。 そして続けて、 『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』 挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。 ※中世ヨーロッパ風のお話ですが私の頭の中の異世界のお話です ※史実には則っておりませんのでご了承下さい ※相変わらずのゆるふわ設定です ※第26話でステファニーの事をスカーレットと書き間違えておりました。訂正しましたが、混乱させてしまって申し訳ありません

空蝉

ひさかはる
現代文学

処理中です...