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第21話 血の契り
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「兄が戻って来たようなので、応接間に行きましょうか?」
雪乃と弥生は応接間に移動した。
そこには雪乃たちに背を向け、庭を見詰めて立っている小次郎がいた。
小次郎は雪乃たちに気付き振り返った。
「面白い妹だろ? 雪乃の話し相手になったかい?」
「すごく仲良くなっちゃった。ね、弥生ちゃん?」
「流石はお兄ちゃんが好きになった人だけのことはあるわ。
雪乃さんなら許してあげる、私のお姉ちゃんになってもらってもいいわよ」
小次郎はうれしそうに笑った。
それは妹というよりも、自分の娘が父の再婚を喜んでくれているようだったからだ。
「弥生、お茶を淹れてくれないか?」
「わかりました。
じゃあ今度はハロッズのオレンジペコーにしますね?」
「任せるよ」
弥生が応接間を出て行くと、小次郎は真顔で言った。
「お別れだと言ったはずだ」
「そんなの忘れちゃった。嫌なことはすぐに忘れるたちなの、私」
「じゃあ忘れないように紙に書くよ」
小次郎は引き出しから便箋を取出し、背広の内ポケットからモンブランの万年筆を抜くと、さらさらとメモを書き、捺印をした。
雪乃へ
さようなら もう二度とお前と会いません
小次郎
小次郎はそれを雪乃に手渡した。
雪乃はその便箋を受け取ると、小次郎の目の前でそれをビリビリに破いて宙に投げた。
白い花吹雪のように紙片が舞った。
「ほら見て小次郎、綺麗な紙吹雪」
小次郎は苦笑いをした。
「雪乃を好きになった俺が悪かった。
許してくれ、雪乃。
初めて海で雪乃と会った時、俺は海を見て、死んだ利紗のことを想い出していたんだ。
そのままお前とカニピラフを食べてお別れするつもりだった。
極道のくせに堅気の女に惚れてしまった。
10年前、俺は利紗という女と結婚するつもりだったんだ。
その頃は毎日が組同士の抗争だった。
やられたらやり返す、そしてまたやられ、また報復することの繰り返しだった。
そんな時、利紗は俺を庇って撃たれて死んだ。
俺はその時誓ったはずだった。
二度と誰も愛さない、誰も愛しちゃいけないと。
あの海辺のレストランは利紗とよく通った店だった。
そして俺は彼女のためにいつも蟹の殻を剥いてやったんだ。
旨そうに、そしてうれしそうにそれを食べる雪乃に、俺は心を奪われてしまった。
そしていつの間にか俺は、雪乃を本気で愛してしまった。
俺はヤクザだ。雪乃もいつかは狙われる、俺の女だからだ。
利紗と同じ目に雪乃を遭わせるわけにはいかないんだ。
わかってくれ雪乃、俺のことはもう忘れてくれ、もう二度とここへは来ないでくれ、頼む」
小次郎は雪乃に詫びた。
「分かったわ、小次郎の気持ちはよく分かった。
でも分かることと、それを受け入れるのは別よ。
私はもう小次郎なしでは生きていけないの。
花は水と酸素、栄養だけでは生きられない。
私にもあなたという太陽の光が必要なの。
小次郎が利紗さんをずっと好きでもいい、いいえ、忘れないでいてあげて欲しい。
あなたのいない人生なんて、死んだ方がマシ。
小次郎は私の生甲斐なの! 生き甲斐無しで人は生きられないわ!
小次郎と出会った時から私は小次郎の物なの、私の命はあなたに預けたのよ!
命なんて惜しくない! 私はあなたがいないと生きていけないの!」
雪乃はバッグを開け、ナイフを取出した。そしてパチンという音と共に刃を開くと、その刃先を自分の喉元に宛てた。
「どうしても別れてくれというのなら、私は今ここで命を絶ちます!
私がどれほど小次郎を愛しているか、今、証明してあげる!」
鋭い切先が白い雪乃の喉を傷つけ、一筋の赤い血が流れ、小次郎からプレゼントされたネックレスを伝い、その血は雪乃の胸の谷間に流れて行った。
小次郎は冷静に雪乃の手からナイフを取り上げ、そのナイフで自分の親指の腹を切りつけ、雪乃の傷口と合わせた。
ふたりの血が混じり合い、雪乃の体を流れて行った。
そして小次郎は雪乃を強く抱き締めた。
「俺と雪乃の血の契りだ」
「はい」
「お前は俺の最期の女だ」
「はい」
「いいのか? 後戻りは出来ない、それでも俺について来てくれるか?」
「それでもいい、それがいいの!」
雪乃は小次郎にしがみ付き、号泣した。
「わかったよ雪乃、お前は今日から正式に俺の女だ。結婚しよう」
「はい、よろこんで」
弥生はそのふたりの光景をこっそりと見ていた。
「紅茶じゃなくて、シャンパンの方が良さそうね」
弥生は紅茶を載せたワゴンをキッチンに戻し、シャンパンと救急箱を取りに行った。
小次郎と雪乃はしっかりと抱き合ったまま、石になったように動かなかった。
雪乃と弥生は応接間に移動した。
そこには雪乃たちに背を向け、庭を見詰めて立っている小次郎がいた。
小次郎は雪乃たちに気付き振り返った。
「面白い妹だろ? 雪乃の話し相手になったかい?」
「すごく仲良くなっちゃった。ね、弥生ちゃん?」
「流石はお兄ちゃんが好きになった人だけのことはあるわ。
雪乃さんなら許してあげる、私のお姉ちゃんになってもらってもいいわよ」
小次郎はうれしそうに笑った。
それは妹というよりも、自分の娘が父の再婚を喜んでくれているようだったからだ。
「弥生、お茶を淹れてくれないか?」
「わかりました。
じゃあ今度はハロッズのオレンジペコーにしますね?」
「任せるよ」
弥生が応接間を出て行くと、小次郎は真顔で言った。
「お別れだと言ったはずだ」
「そんなの忘れちゃった。嫌なことはすぐに忘れるたちなの、私」
「じゃあ忘れないように紙に書くよ」
小次郎は引き出しから便箋を取出し、背広の内ポケットからモンブランの万年筆を抜くと、さらさらとメモを書き、捺印をした。
雪乃へ
さようなら もう二度とお前と会いません
小次郎
小次郎はそれを雪乃に手渡した。
雪乃はその便箋を受け取ると、小次郎の目の前でそれをビリビリに破いて宙に投げた。
白い花吹雪のように紙片が舞った。
「ほら見て小次郎、綺麗な紙吹雪」
小次郎は苦笑いをした。
「雪乃を好きになった俺が悪かった。
許してくれ、雪乃。
初めて海で雪乃と会った時、俺は海を見て、死んだ利紗のことを想い出していたんだ。
そのままお前とカニピラフを食べてお別れするつもりだった。
極道のくせに堅気の女に惚れてしまった。
10年前、俺は利紗という女と結婚するつもりだったんだ。
その頃は毎日が組同士の抗争だった。
やられたらやり返す、そしてまたやられ、また報復することの繰り返しだった。
そんな時、利紗は俺を庇って撃たれて死んだ。
俺はその時誓ったはずだった。
二度と誰も愛さない、誰も愛しちゃいけないと。
あの海辺のレストランは利紗とよく通った店だった。
そして俺は彼女のためにいつも蟹の殻を剥いてやったんだ。
旨そうに、そしてうれしそうにそれを食べる雪乃に、俺は心を奪われてしまった。
そしていつの間にか俺は、雪乃を本気で愛してしまった。
俺はヤクザだ。雪乃もいつかは狙われる、俺の女だからだ。
利紗と同じ目に雪乃を遭わせるわけにはいかないんだ。
わかってくれ雪乃、俺のことはもう忘れてくれ、もう二度とここへは来ないでくれ、頼む」
小次郎は雪乃に詫びた。
「分かったわ、小次郎の気持ちはよく分かった。
でも分かることと、それを受け入れるのは別よ。
私はもう小次郎なしでは生きていけないの。
花は水と酸素、栄養だけでは生きられない。
私にもあなたという太陽の光が必要なの。
小次郎が利紗さんをずっと好きでもいい、いいえ、忘れないでいてあげて欲しい。
あなたのいない人生なんて、死んだ方がマシ。
小次郎は私の生甲斐なの! 生き甲斐無しで人は生きられないわ!
小次郎と出会った時から私は小次郎の物なの、私の命はあなたに預けたのよ!
命なんて惜しくない! 私はあなたがいないと生きていけないの!」
雪乃はバッグを開け、ナイフを取出した。そしてパチンという音と共に刃を開くと、その刃先を自分の喉元に宛てた。
「どうしても別れてくれというのなら、私は今ここで命を絶ちます!
私がどれほど小次郎を愛しているか、今、証明してあげる!」
鋭い切先が白い雪乃の喉を傷つけ、一筋の赤い血が流れ、小次郎からプレゼントされたネックレスを伝い、その血は雪乃の胸の谷間に流れて行った。
小次郎は冷静に雪乃の手からナイフを取り上げ、そのナイフで自分の親指の腹を切りつけ、雪乃の傷口と合わせた。
ふたりの血が混じり合い、雪乃の体を流れて行った。
そして小次郎は雪乃を強く抱き締めた。
「俺と雪乃の血の契りだ」
「はい」
「お前は俺の最期の女だ」
「はい」
「いいのか? 後戻りは出来ない、それでも俺について来てくれるか?」
「それでもいい、それがいいの!」
雪乃は小次郎にしがみ付き、号泣した。
「わかったよ雪乃、お前は今日から正式に俺の女だ。結婚しよう」
「はい、よろこんで」
弥生はそのふたりの光景をこっそりと見ていた。
「紅茶じゃなくて、シャンパンの方が良さそうね」
弥生は紅茶を載せたワゴンをキッチンに戻し、シャンパンと救急箱を取りに行った。
小次郎と雪乃はしっかりと抱き合ったまま、石になったように動かなかった。
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