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第16話 若頭 佐伯の独り言

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 雪乃はクルマを降りると、如月組の正門へと近づいて行った。

 あの時の若者が二人、また同じように立っていたが、今度は雪乃に深々とお辞儀をした。

 「姐さん、お疲れ様です」
 「ホント、お疲れ様よ。そこ、通して頂戴」
 「すみません、誰もお通しするなと言われてますんで」
 「そう、じゃあ小次郎が出て来るまでここで待っているわ、あんたたちと一緒に」
 「勘弁して下さいよー、俺たちボコボコにされちゃいますって」
 「いいわよ、私もボコボコにされても」
 「そんな姐さん・・・」

 そのうちの一人がまた、携帯で誰かとヒソヒソ話をしていた。


 「ヘイ、そうなんです、この前の姐さんです。ヘイ、分かりやした、そうお伝えしやす」

 するとその若者は雪乃に振り向くと、

 「ただいまアニキが参ります。少しお待ちを」
 
 すぐに若頭の佐伯が現れた。


 「すみませんが雪乃さん、若はお会いにならないそうです」
 「じゃあ待たせてもらうわ、小次郎が会ってくれるまで」

 佐伯は笑った。

 「さすがはうちの若が惚れた姐さんだけのことはある。
 どうです、少し朝の散歩でもしませんか?
 多分その時、私は独り言を呟くはずですから、それを黙って聞いていて下せえ」

 雪乃は佐伯と屋敷の周りを歩き始めた。
 そして佐伯は語り始めた。

 「あれは今から10年前だったかなあ、若が利紗さんと付き合っていたのは。
 若の大学時代の娘さんで、美人でやさしくて、それでいて芯のあるいいお嬢さんだった。
 結婚するとか言ってたなあ。
 利紗さんは弁護士志望だったんだよ、でも笑えるよなあ、ヤクザの彼氏に弁護士の彼女だもんなあ。
 あの頃は抗争が酷くてなあ、ウチの連中もたくさんやられた。
 仁義に堅い若は、俺たちに内緒でたった一人、対立していた組にカチコミをかけた。
 そして相手を皆殺しにした。
 若がデコ助(警察)から逃れるため、利紗さんを連れて貨物船に乗り込もうとした時だった、仲間の組員たちに待ち伏せをくらった。
 その時だよ、若を庇って利紗さんが殺されちまったのは。
 ああ、イヤな話を思い出しちまったぜ。
 それ以来、若は誰も愛させなくなっちまった。
 以上が俺の独り言です。どうぞお帰り下さい。
 いちばん辛いのは若なんですよ、雪乃さん」

 雪乃は足を止めた。
 
 「関係ないわよ、そんなこと。
 小次郎を庇って死んだんでしょ? その利紗って人。
 私も出来るわよ、利紗さんと同じように拳銃の前にだって立って見せる。小次郎の為なら。
 そしてそれは私たち女にとっては名誉なことよ、だって惚れた男を守れたんですもの。
 だから小次郎がどう想うかなんてどうでもいいの。
 佐伯さん、私はもう引き返せないの。
 小次郎のことを愛しているの、小次郎がヤクザだと知ってから、私はとっくに覚悟が出来ているわ。
 この命、捨てる覚悟で彼を愛したのよ」
 「若はしあわせ者です。
 俺もあんたと同じだよ、若のためなら死んでもかまわねえ。若の漢気に惚れてるからな。
 男の俺が惚れるんだ、女のあんたが惚れるのも無理はねえ。
 そんなに若のことが好きなら、このまま帰ってくれ、若のために」
 「好きだからこそ役に立ちたいの。女だから。
 今日は帰るけどまた来るわね、ありがとう、佐伯さん」

 いつの間にか靄は晴れ、黄金色の朝日に街が輝き始めていた。
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