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第15話

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 大徳寺はひとり、葛城邸の最終確認にやって来た。
 すでに足場は外され、美しい貴婦人のような外観が現れていた。
 玄関を開けた瞬間、とてもいい木の香りがした。
 ビニールクロスや化学処理が施された建材は極力排除した。
 
 リビングに入り、大徳寺は目を閉じた。
 それは家の声を聴くために行う、大徳寺のいつもの最終儀式だった。
 大徳寺の頭の中で、小坂明子の『あなた』が聴こえていた。


     もしも私が 家を建てたなら
     小さな家を 建てたでしょう
     大きな窓と 小さなドアと
     部屋には古い 暖炉があるのよ・・・

   
 これが大徳寺の理想の家だった。
 ただ豪華、ただ広い、そんな家ではなく、家族の愛を育み、優しく包み込む家。
 そんな愛に溢れた家が本当の家だと彼は思っていた。
 そしてこの家は蘭子と自分の家なんだと。


 (あの絵をこの家に飾るのだ。
 この家はあの絵を飾るために建てた、美術館でもあるのだから)

 生きることすべてが愛なんだ。
 愛こそがすべて。

 何ものにも代え難い、誰も侵すことが出来ない穢れなき純粋な愛。
 そこに後悔はない。


       汝を愛せよ
 

 吹き抜けの空間を天使たちが戯れているようだった。
 

 「先生、やっと完成したのですね? この家が」

 大徳寺の事務所を辞めた、野村園子が立っていた。

 「ああ、出来たよ、僕と蘭子さんの家がね?」
 「すばらしい家です。
 毎日ここにやって来て、家が出来上がっていく様を見ておりました。
 先生が蘭子さんのために作ったこの傑作を。
 そしてあの絵も、ここに飾られるおつもりですね?」
 「そのためにこの家を建てたような物だからね?」
 「私は蘭子さんを「永遠」にすることが出来ませんでした」
 「永遠? 園子、そんなものはこの世には存在しないんだよ。
 たとえ君が彼女を殺して美を封印しようとも、それは無理だ。
 この悠久の時の流れに逆らうことは出来ない。
 あの絵もいつかは朽ち果ててしまう。
 私たちの記憶と共に。
 僕は思うんだよ、大切なのは記憶ではなく、愛した事実なのだと」
 「愛した事実?」
 「そうだ、君も僕も蘭子さんを愛した。
 その事実があれば、たとえ人々から忘れ去られようと、語り継がれることがなくなろうと、それはどうでもいいことなんだよ。
 美とは閉じ込めることではなく、消えてゆくことこそが「美」なのだから」

 野村は泣いた。

 「園子、いい建築家になれ」
 「はい、先生。ありがとうございます」

 雨が降って来た。
 久しぶりの鎌倉の雨だった。

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