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第1話
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それは青空の澄み渡った五月晴れの日のことだった。
クライアントの企業に打ち合わせに行くため、草間健吾はひとり、クルマを走らせていた。
彼の仕事は経営コンサルタントである。
依頼のあった企業の問題を独自の視点で抽出し、その原因を分析して改善計画を立案する。
その計画がどのように実行されているのかを観察し、的確な指導をして社員のモチベーションを上げ、企業実績を向上させるのが税理士でもある草間の仕事だった。
草間の経営コンサルタントとしての評価には定評がある。
特に評価が高かったのは、企業の経営陣も気付かないような問題点の痛烈な指摘にあった。
「社長、このように「経営方針」だとか「企業理念」、「今月のスローガン」などというものを壁に張り付けている根拠はなんですか?」
「それはどこでもやっていることだろう? 社員にそれを徹底させるためだよ」
「これで社員はこのお題目を遵守しようとするでしょうか?
そしてこのどこにでもある「顧客第一主義」の文字。
この掲示のある会社で、私は顧客第一の会社にお目にかかったことがありません」
社長は少し苛立ちながら言った、
「じゃあどうしろというんだね? 君は?」
「すぐに撤去して下さい。御社に必要なのは形ばかりの「顧客第一」ではなく、「従業員第一」なのです。
そうすれば御社の業績は簡単に上がります。
そしてこれが私の考えた新しい御社のための人事評価システムの素案になります。
では早速ご説明いたします。このシステムの最大のポイントは・・・」
内容は極めて単純だが、重要なのは観察力と洞察力だった。
つまり、草間にとって目は命だったのである。
運転中、急に一筋の墨汁が流れたように見えた。
最初は目の疲れかと思い、そのまま運転を続けていると、徐々に目の前が曇りガラスのようになり、私は安全のためにハザードランプを点灯させ、クルマを路肩に停車させた。
私はやむなく救急車を呼んだ。
そして近くの大学病院へと緊急搬送されることになった。
「糖尿性の網膜剥離が原因のようですね。
すぐに緊急オペになりますのでご家族にご連絡をお願いします。
ダイヤルして差し上げますので、携帯番号を仰って下さい」
「先生、すみませんがその前に仕事の電話をしたいのですが、携帯の着信履歴に佐伯商会というのがあると思うので、すみませんがそちらに電話をしていただいてもよろしいでしょうか?」
「わかりました、佐伯商会さんですね?」
医師は呼び出し音を確認すると、携帯を私の手に握らせてくれた。
「佐伯社長ですか? 本日お伺いする予定でした税理士の草間です。
申し訳ありませんが、運転中に突然目がおかしくなってしまい、今、病院におります。
大したことはないとは思いますが、数日の間入院するかもしれません。
またご連絡いたしますので、誠に申し訳ありませんが本日の打ち合わせはキャンセルということでお願いします。
はい、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません」
いつも私は仕事が優先だった。
それから妻の静江に連絡をした。
「俺だ、今、大学病院にいる。これから目の手術だそうだから入院の支度をしてきてくれ。
病院の場所は・・・」
電話を切ると私は医師に尋ねた。
「先生、大丈夫ですよね? 手術をすればまた元通りになりますよね?」
「とにかく最善を尽くします」
それが確実性のない、医師からの返答だった。
クライアントの企業に打ち合わせに行くため、草間健吾はひとり、クルマを走らせていた。
彼の仕事は経営コンサルタントである。
依頼のあった企業の問題を独自の視点で抽出し、その原因を分析して改善計画を立案する。
その計画がどのように実行されているのかを観察し、的確な指導をして社員のモチベーションを上げ、企業実績を向上させるのが税理士でもある草間の仕事だった。
草間の経営コンサルタントとしての評価には定評がある。
特に評価が高かったのは、企業の経営陣も気付かないような問題点の痛烈な指摘にあった。
「社長、このように「経営方針」だとか「企業理念」、「今月のスローガン」などというものを壁に張り付けている根拠はなんですか?」
「それはどこでもやっていることだろう? 社員にそれを徹底させるためだよ」
「これで社員はこのお題目を遵守しようとするでしょうか?
そしてこのどこにでもある「顧客第一主義」の文字。
この掲示のある会社で、私は顧客第一の会社にお目にかかったことがありません」
社長は少し苛立ちながら言った、
「じゃあどうしろというんだね? 君は?」
「すぐに撤去して下さい。御社に必要なのは形ばかりの「顧客第一」ではなく、「従業員第一」なのです。
そうすれば御社の業績は簡単に上がります。
そしてこれが私の考えた新しい御社のための人事評価システムの素案になります。
では早速ご説明いたします。このシステムの最大のポイントは・・・」
内容は極めて単純だが、重要なのは観察力と洞察力だった。
つまり、草間にとって目は命だったのである。
運転中、急に一筋の墨汁が流れたように見えた。
最初は目の疲れかと思い、そのまま運転を続けていると、徐々に目の前が曇りガラスのようになり、私は安全のためにハザードランプを点灯させ、クルマを路肩に停車させた。
私はやむなく救急車を呼んだ。
そして近くの大学病院へと緊急搬送されることになった。
「糖尿性の網膜剥離が原因のようですね。
すぐに緊急オペになりますのでご家族にご連絡をお願いします。
ダイヤルして差し上げますので、携帯番号を仰って下さい」
「先生、すみませんがその前に仕事の電話をしたいのですが、携帯の着信履歴に佐伯商会というのがあると思うので、すみませんがそちらに電話をしていただいてもよろしいでしょうか?」
「わかりました、佐伯商会さんですね?」
医師は呼び出し音を確認すると、携帯を私の手に握らせてくれた。
「佐伯社長ですか? 本日お伺いする予定でした税理士の草間です。
申し訳ありませんが、運転中に突然目がおかしくなってしまい、今、病院におります。
大したことはないとは思いますが、数日の間入院するかもしれません。
またご連絡いたしますので、誠に申し訳ありませんが本日の打ち合わせはキャンセルということでお願いします。
はい、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません」
いつも私は仕事が優先だった。
それから妻の静江に連絡をした。
「俺だ、今、大学病院にいる。これから目の手術だそうだから入院の支度をしてきてくれ。
病院の場所は・・・」
電話を切ると私は医師に尋ねた。
「先生、大丈夫ですよね? 手術をすればまた元通りになりますよね?」
「とにかく最善を尽くします」
それが確実性のない、医師からの返答だった。
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