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第9話
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「コンビを解散した? どうしてだね?」
「色々ありまして。これからはピンか新しい相方を探してみようと思います」
「まあ『チョコミン』は君の芸が9割だからな? あの何だっけ、あの相方は?」
「誠二です、末永誠二」
「そうそう、それそれ。彼はもう終わったな?」
講師はそう捨て台詞を吐いた。
「いずれにせよ今度の『アホワン』までもう時間がない。本当に大丈夫なのか?」
「はい、ご迷惑をお掛けしてすみません、間に合うようにします」
「僕の方でも君に合いそうな相方を探してみるよ」
講師からも何人か紹介してもらったが、どれも「帯に短し襷に長し」と言ったところだった。
やはり誠二のように絶妙のツッコミを入れられる奴はいなかった。
(仕方がない、ピンでやるしかないか?)
家に帰り、部屋でネタを考えているとめぐみがやって来た。
コンコンコン
「どうぞ」
「珈琲、いかがですか?」
「ありがとうございます」
私は作業を中断し、めぐみの淹れてくれた珈琲を飲んだ。
「薬、ちゃんと飲んでいますか?」
「はい、一応。でも効果はあまりないように感じます」
「では薬を変えてみましょう。食欲はどうですか?」
「ふつうです」
「そうですか? なら良かった」
だが相変わらずめぐみには表情がなかった。
「どうです? 明日、焼肉でも食べに行きませんか?」
「焼肉ですか?」
「ええ、焼肉です。イヤですか?」
「いえ、ではご一緒いたします」
次の日の夜、私とめぐみは焼肉を食べに出掛けた。
それはめぐみの治療が目的だった。
自殺願望のある人間に焼肉を食べさせると、いつの間にか肉を夢中で食べることがある。
死のうと考えている人間には殆どの場合、食欲はない。
第一、これから死のうという人間が額に汗を掻いて肉を頬張ることは似合わない。
俺はそれを狙った。
初めは不味そうに食べていためぐみだったが、米沢牛の刺身を食べた時、少し表情が出て来た。
感情が出て来たのである。
私は厚切りの上カルビ、そしてシャトーブリアンを焼いてめぐみの皿に乗せてやった。
それを美味そうに夢中で食べるめぐみ。
治療は効果を挙げた。
「たまには焼肉もいいでしょう?」
「美味しい、美味しいです」
「どうです? 少しビールも飲んでみますか?」
私は自分の飲みかけのビールをめぐみに渡した。
珍しいことにめぐみはそれを一口飲んだ。
「久しぶりです。ビールの味ってこんなに美味しい物だったんですね?」
私はグラスビールをめぐみに注文してやった。
笑顔にはならなかったが、あきらかに感情が表れ始めていた。
(よし、効果はあったようだ。焦ってはいけない、めぐみを笑顔にするまでは慎重に行くべきだ)
店を出て歩いていると、道路工事をしている誠二を偶然見掛けた。
誠二はあの後、養成所を辞めてしまった。
へルメットを直しながら、必死にセメント袋を担いでいる誠二に胸が熱くなった。
次の日も、また次の日も誠二はがんばっていた。
そして雨の日の夜、俺は誠二に声を掛けた。
「相方を探しているんだ、お前、俺とやってみる気はないか?」
「山ちゃん・・・。ううううう」
誠二と俺は抱き合って泣いた。
「色々ありまして。これからはピンか新しい相方を探してみようと思います」
「まあ『チョコミン』は君の芸が9割だからな? あの何だっけ、あの相方は?」
「誠二です、末永誠二」
「そうそう、それそれ。彼はもう終わったな?」
講師はそう捨て台詞を吐いた。
「いずれにせよ今度の『アホワン』までもう時間がない。本当に大丈夫なのか?」
「はい、ご迷惑をお掛けしてすみません、間に合うようにします」
「僕の方でも君に合いそうな相方を探してみるよ」
講師からも何人か紹介してもらったが、どれも「帯に短し襷に長し」と言ったところだった。
やはり誠二のように絶妙のツッコミを入れられる奴はいなかった。
(仕方がない、ピンでやるしかないか?)
家に帰り、部屋でネタを考えているとめぐみがやって来た。
コンコンコン
「どうぞ」
「珈琲、いかがですか?」
「ありがとうございます」
私は作業を中断し、めぐみの淹れてくれた珈琲を飲んだ。
「薬、ちゃんと飲んでいますか?」
「はい、一応。でも効果はあまりないように感じます」
「では薬を変えてみましょう。食欲はどうですか?」
「ふつうです」
「そうですか? なら良かった」
だが相変わらずめぐみには表情がなかった。
「どうです? 明日、焼肉でも食べに行きませんか?」
「焼肉ですか?」
「ええ、焼肉です。イヤですか?」
「いえ、ではご一緒いたします」
次の日の夜、私とめぐみは焼肉を食べに出掛けた。
それはめぐみの治療が目的だった。
自殺願望のある人間に焼肉を食べさせると、いつの間にか肉を夢中で食べることがある。
死のうと考えている人間には殆どの場合、食欲はない。
第一、これから死のうという人間が額に汗を掻いて肉を頬張ることは似合わない。
俺はそれを狙った。
初めは不味そうに食べていためぐみだったが、米沢牛の刺身を食べた時、少し表情が出て来た。
感情が出て来たのである。
私は厚切りの上カルビ、そしてシャトーブリアンを焼いてめぐみの皿に乗せてやった。
それを美味そうに夢中で食べるめぐみ。
治療は効果を挙げた。
「たまには焼肉もいいでしょう?」
「美味しい、美味しいです」
「どうです? 少しビールも飲んでみますか?」
私は自分の飲みかけのビールをめぐみに渡した。
珍しいことにめぐみはそれを一口飲んだ。
「久しぶりです。ビールの味ってこんなに美味しい物だったんですね?」
私はグラスビールをめぐみに注文してやった。
笑顔にはならなかったが、あきらかに感情が表れ始めていた。
(よし、効果はあったようだ。焦ってはいけない、めぐみを笑顔にするまでは慎重に行くべきだ)
店を出て歩いていると、道路工事をしている誠二を偶然見掛けた。
誠二はあの後、養成所を辞めてしまった。
へルメットを直しながら、必死にセメント袋を担いでいる誠二に胸が熱くなった。
次の日も、また次の日も誠二はがんばっていた。
そして雨の日の夜、俺は誠二に声を掛けた。
「相方を探しているんだ、お前、俺とやってみる気はないか?」
「山ちゃん・・・。ううううう」
誠二と俺は抱き合って泣いた。
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