★【完結】柊坂のマリア(作品230428)

菊池昭仁

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第12話 魔王 現る

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 その小柄な老人は、黄金のような朝日を背にして広大な庭園の池に立って2回、柏手を打った。
 集まって来る宝石のような煌めく錦鯉たち。
 この池は錦鯉のために造られたもので、水深は2m以上もあり、テニスコートぐらいの広さがあった。
 池の奥には3mの落差の滝水が落ちていた。
 1匹数百万円から1,000万円以上はするその錦鯉たちは、普通の公園に飼われているものとは異質なものだった。
 錦鯉たちは老人から餌をもらい、水面を荒げていた。

 その光景を目を細め、老人は満足げに微笑んでいた。
 #来島玄洋くるしまげんよう__ルビ__#、85才。

 歴史の教科書には登場しない、明治維新を陰で主導した長州藩の末裔だった。
 与党である民自党総裁、つまり総理を決めるのもこの小さな老人、玄洋だった。
 日本を操る魔王。それが来島玄洋だった。

 そこへ50才くらいのダークスーツの男がやって来た。

 「みかど。ただいま戻りました」
 「それで?」
 「やはり帝のおっしゃられた通り、門倉良蔵の仕業のようです。
 特に目立った様子はありませんでしたが、三島診療所という小規模の医療施設でボランティアのようなことをしているようです。
 特に大それたことを企てているようではありあせんでした」
 「山岡、フランス革命はどうして起きたと思う?」
 
 山岡は黙っていた。

 「それはルイ16世がお人好しだったからじゃよ。
 どうせ大したことではないだろう、話せばわかるはずだと、ルイは民衆を侮っていた。 
 あんなに善良な民衆が、私に銃など向けるはずなどないとな?
 奴らをなめてはいかん。
 スプーン1杯の水も、集まれば大きなうねりとなって押し寄せて来る。それに何もかもが飲み込まれてしまうのじゃ。
 大きな波になってからでは遅い。
 火事は初期消火が大切じゃからのう。その小さな火種を徹底的に潰すのじゃ。よいな?」
 「かしこまりました」
 「阿倍野総理にはワシから言っておく、いつものように始末しろ」
 「おまかせ下さい」
 「世の中は支配する者とされる者しかおらん。
 上級国民とその他大勢じゃ。
 その他大勢に考える力を与えてはならん。
 その点、白人は賢い。やれ自由だ平和だ、平等だとディズニーにハリウッド映画、野球だスポーツだと、どんどん日本人が喜びそうな物を与え、この国の国民に気付かれんように統治しておる。
 真面目で道徳心があり、何よりも「恥」という思想に縛られておるからな? 日本人は。
 日本人はイワシの群れと同じなんじゃよ。
 常に他人を意識し、それと同じかそれ以上になりたいと願う。
 これほど扱い易い国民はおらん。
 まさによく尻尾を振る犬じゃ。
 白人たちは我が国を植民地とし、マスコミ、政治家を手懐け、ヒロシマ・ナガサキはやむを得なかったのだ、戦争を起こした自分たちの先祖が間違っていたんだと思わせてしまう。
 洗脳じゃよ、洗脳。
 アメリカの戦後処理政策は大成功じゃったワケじゃ。
 日本は手足をもがれ、永遠にアメリカのエサになるのじゃからのう。
 滑稽な話よのう、山岡。
 そして原爆はナガサキの方がヒロシマ型よりも強力だったが、その地形的な状況からヒロシマよりも被害は限定的じゃった。
 下劣な政府やマスコミは、ナガサキの原爆に国民の目がいかないようにしておる。
 長崎は日本のキリスト教の聖地じゃからのう。
 愛の宗教、キリスト教が原爆を投下してホロコーストを行ったとなっては不都合なのじゃよ。
 教会も多いから写真や映像に十字架が映りやすい。
 それを見た世界中のクリスチャンはどう思うかな?
 そもそもなぜ原爆をドイツに投下しなかった? 自分たちの同胞、ユダヤ人を600万人以上も殺戮したドイツに?
 同じ白人だったからじゃよ、ドイツ人は。
 だが日本人はイエローモンキーじゃ。動物と同じ扱いなんじゃよ、黒人と同じじゃ。
 黒人だから奴隷にした。歯向かっても無駄なんじゃよ、白人には。
 白人と仲良くやる。もちつもたれつなんじゃ。
 そうすれは我々上級国民にはこの国が永遠に天国なんじゃからのう。
 憲法改正? そんなものせんでもいい。
 ワシらはアメリカと心中すればそれでいいんじゃ。
 どの道、この日本は終わりなんじゃから。ふぉっふぉっふぉっ」
 「おっしゃるとおりです、帝」
 「よろしくな。いつものとおり、手加減は無用じゃ、山岡。
 女子供とて容赦はするな」
 「心得ております」
 「根絶やしにするのじゃ。信長公が比叡山延暦寺の女、子供も皆殺しにしたように。
 門倉良蔵。たった一代で門倉財閥を築いた男じゃ。
 門倉は天から選ばれし民なのじゃ。
 放っておくわけにはいかん。
 失う物がない者ほど、恐ろしい者はおらんからのう」

 玄洋は再び錦鯉に餌を与え始めた。




 そんなことが囁かれているとは知らず、完成模型を前にマリアたちは盛り上がっていた。
 
 「ついに始まるのね?『柊坂メディカルセンター』の建設が」
 「大きいわねー、こんな立派な病院が柊坂に出来るのね?」
 「そうじゃ、この病院が柊坂のシンボルになるのじゃ。
 誰もが診てもらえる自由で平等な理想の医療施設がな?」
 「その運営をみんなの善意で賄うなんて、すごいなあ」
 「みんなが健康で文化的な生活をする権利、そっじゃな? 教授?」
 「その通りです。人間は平等でなければならないのです。
 生きる条件はみな平等であるべきなのです」
 「作りましょうよ、そんな理想の柊坂を」

 みんな明日への希望に満ちていた。
 門倉と長老を除いては。

 「門倉会長」
 「ワシも緒方さんと同じことを考えておった。イヤな予感がするのう」
 「好事魔多し、ですからな? あまりにも上手くいきすぎておる」
 「ワシらはイヤというほどの修羅場を経験して来たからのう。
 こいんな状況を」
 「守ってやりましょう。この清らかな若者たちの未来を。私たちの命に替えても」
 「そうじゃな? たとえワシらの命に替えても守ってやらねばならん」

 
 門倉と長老は深く頷き合った。
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