上 下
13 / 13

最終話

しおりを挟む
 親父の夢を見ていた。
 親父も心臓病だった。最後は多臓器不全で亡くなった。
 私が帰ると、親父は玄関で意識を失って倒れていた。
 すぐに救急車を呼んだ。

 救急車の中でも意識はなく、握った手がどんどん冷たくなって行った。

 「親父! 親父!」

 私は必死にそう呼び続けていた。


 「どうしたの? 亡くなったお父さんの夢でも見たの?
 親父、親父ってうなされていたけど」

 梨奈は私を母親のように抱いてくれた。
 寝汗を掻いていたので、私はシャワーを浴びるために浴室へと行った。


 シャワーを浴びて戻ると、梨奈が心配そうに私を見詰めていた。

 「大丈夫?」
 「親父が救急車で搬送される夢だったんだ。リアルな夢だった。
 親父も心臓病だった。俺の心臓も親父からの遺伝だな?」

 私は力なく笑った。

 「あなたは大丈夫、私がついているからそう簡単に死なせやしないわ」
 「ありがとう、梨奈。
 でもな? 完璧な人生なんてないんだよ。所詮人生は未完成のジグソーパズルのような物だ。
 すべてのピースが埋まることはない」
 「私はあなたとしあわせなジグソーパズルを埋め続けていたい、だから死んじゃダメ」
 「だったらいつならいいんだ? 俺はいつなら死んでもいい?」
 「死んじゃイヤ、ずっと私のそばにいて。私より先に死んだら許さないから」
 「梨奈・・・。生きることは修行なんだ。これからも辛いことは起きるだろう。
 でもそれによって魂は磨かれ、成長してゆくと俺は信じている。根拠はないよ、ただなんとなくそう思うんだ。
 そしていつか人生は中断される、扇風機のプラグがコンセントから抜かれるように命のプロペラは停まるんだ。
 それが定めだ。この世に死なない人間などいない。
 だからよく生きなければならないんだ、たとえそれで人生が未完成で終わろうとも、生を全うしなければならない。
 今度また生まれ変わっても、必ず梨奈を見つけ出してみせる。
 そしてその時はもっと早くお前と出会いたい。そして俺の子供を産んでくれ」
 「うん、わかった。あなたに似たかわいい赤ちゃんを産んで上げる」
 「人間の欲望には際限がない。「もっともっと」と幸福を求め続ける。昨日よりも今日、今日よりも明日へと。
 もっとカネが欲しい、もっといいクルマに乗りたい、もっと美味しい物が、バッグが、時計がダイヤモンドが欲しいとな?」
 「私はそんなの望まないわ、あなたがいてくれさえすればそれでいい」
 「欲のない女だ」


 
 朝、函館朝市ラーメンを食べに行った。その味噌ラーメンは大きなすり鉢に入っており、取り分けて食べるための小さい摺り鉢がついていた。

 「何これ! 大きな毛カニが半身、ジャガイモも半分、殻付きのホタテにトウモロコシが半分。
 ネギにメンマ、それに大きなチャーシューが三枚も入ってる!」
 「これがここの名物なんだよ、食べ切れるかなあ?」
 「任せて頂戴、絶対に完食してみせるから」


 何とか残さずに完食出来た。
 私たちは少し腹の調子を整えるために、街を散策することにした。
 函館は坂の多い街である。私たちは手を繋ぎ、坂を登って行った。

 はあはあ はあはあ

 私は息があがっていた。

 「大丈夫? 少し休もうか?」
 「大丈夫だ。ゆっくり登って行こう」

 梨奈が登って来た坂道を振り返った時、私はそれをとがめた。

 「梨奈、坂の途中で後ろを振り返っちゃいけない。
 坂を登っている時は上だけを、前だけを見て登るんだ」
 「だって海があんなに綺麗なんだよ、函館の街もそう」
 「人生を振り返るのは死ぬ時だけなんだよ。
 どんなに辛くても過去を振り返ってはいけないんだ」

 その時、私は激しい胸の痛みに襲われた。

 「む、胸がく、苦しい・・・」

 私は胸を押さえてその場に倒れ込んでしまった。

 「あなた! しっかりしてあなた! 誰か、誰か救急車をお願いします!」


 そして私は自分のカラダから幽体離脱をし、俺の亡骸なきがらを抱いて泣き叫ぶ梨奈を見ていた。

 (ありがとう、梨奈。さようならだ) 

 その時、隣に洋子が立っていた。

 「さああなた、行くわよ黄泉よみの国へ。お義父さんとお義母さんもあなたを待っているわ。
 今度浮気したら承知しないからね? うふっ」

 洋子はそう言って笑った。



 そして5年が過ぎた。
 梨奈は洋三との約束だった純喫茶、『Venus』を渋谷の道玄坂にオープンさせた。
 彼女はいつも喪服のような黒い服に黒いエプロンをして、決して笑うことはなかったという。
 珈琲とレアチーズケーキの美味しい店だった。


                           『海の見える坂道』完



しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

★【完結】海辺の朝顔(作品230722)

菊池昭仁
恋愛
余命宣告された男の生き様と 女たちの想い

★【完結】夕凪(作品230822)

菊池昭仁
恋愛
人生に挫折した男が 再び自分をやり直すために小笠原の小さな島へ移住する 島の人たちとの生活の中で 男は次第に「生きることの意味」を見つけてゆく

★【完結】ダブルファミリー(作品230717)

菊池昭仁
恋愛
結婚とはなんだろう? 生涯1人の女を愛し、ひとつの家族を大切にすることが人間としてのあるべき姿なのだろうか? 手を差し伸べてはいけないのか? 好きになっては、愛してはいけないのか? 結婚と恋愛。恋愛と形骸化した生活。 結婚している者が配偶者以外の人間を愛することを「倫理に非ず」不倫という。 男女の恋愛の意義とは?

★【完結】ラストワルツ(作品231202)

菊池昭仁
恋愛
地方銀行に勤めるOL、主人公:西條縁(ゆかり)は結婚に焦りを感じていた。上司との不倫が破局し、落ち込む縁。同期の女子行員たちや友人たちが次々と結婚し、しあわせそうな家庭を築いていく中、高まっていく結婚願望。そこで縁は猛然と婚活を開始する。マッチングアプリ、婚活パーティー、お見合いと様々な出会いを求め、三人の男性を候補に挙げた。医者、コック、公務員。それぞれに一長一短があり、なかなか結婚相手を選べない。結婚適齢期も不確定な現代において、女性の立場で考える結婚観と、男性の考える結婚の意識の相違。男女同権が叫ばれる日本でいかに女性が自立することが難しいかを考える物語です。

★【完結】紅の海(作品230927)

菊池昭仁
恋愛
還暦を過ぎ、余命宣告を受けた作家が学生時代に暮らした街、北陸、富山に置き忘れた青春の残骸を探しに行く旅物語。 そこで老作家が見付けたものとは?

★ランブルフィッシュ

菊池昭仁
現代文学
元ヤクザだった川村忠は事業に失敗し、何もかも失った。 そして夜の街で働き始め、そこで様々な人間模様を垣間見る。 生きることの辛さ、切なさの中に生きることの意味を見つけて行く川村。 何が正しくて何が間違っているか? そんなことは人間が後から付けた言い訳に過ぎない。 川村たちは闘魚、ランブルフィッシュのように闘い生きていた。

★【完結】恋愛方程式(作品231118)

菊池昭仁
恋愛
恋愛の方程式は証明出来ない 恋愛に答えなどなく 永遠に解くことのできない難問だからだ 

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...