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最終話
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親父の夢を見ていた。
親父も心臓病だった。最後は多臓器不全で亡くなった。
私が帰ると、親父は玄関で意識を失って倒れていた。
すぐに救急車を呼んだ。
救急車の中でも意識はなく、握った手がどんどん冷たくなって行った。
「親父! 親父!」
私は必死にそう呼び続けていた。
「どうしたの? 亡くなったお父さんの夢でも見たの?
親父、親父ってうなされていたけど」
梨奈は私を母親のように抱いてくれた。
寝汗を掻いていたので、私はシャワーを浴びるために浴室へと行った。
シャワーを浴びて戻ると、梨奈が心配そうに私を見詰めていた。
「大丈夫?」
「親父が救急車で搬送される夢だったんだ。リアルな夢だった。
親父も心臓病だった。俺の心臓も親父からの遺伝だな?」
私は力なく笑った。
「あなたは大丈夫、私がついているからそう簡単に死なせやしないわ」
「ありがとう、梨奈。
でもな? 完璧な人生なんてないんだよ。所詮人生は未完成のジグソーパズルのような物だ。
すべてのピースが埋まることはない」
「私はあなたとしあわせなジグソーパズルを埋め続けていたい、だから死んじゃダメ」
「だったらいつならいいんだ? 俺はいつなら死んでもいい?」
「死んじゃイヤ、ずっと私のそばにいて。私より先に死んだら許さないから」
「梨奈・・・。生きることは修行なんだ。これからも辛いことは起きるだろう。
でもそれによって魂は磨かれ、成長してゆくと俺は信じている。根拠はないよ、ただなんとなくそう思うんだ。
そしていつか人生は中断される、扇風機のプラグがコンセントから抜かれるように命のプロペラは停まるんだ。
それが定めだ。この世に死なない人間などいない。
だからよく生きなければならないんだ、たとえそれで人生が未完成で終わろうとも、生を全うしなければならない。
今度また生まれ変わっても、必ず梨奈を見つけ出してみせる。
そしてその時はもっと早くお前と出会いたい。そして俺の子供を産んでくれ」
「うん、わかった。あなたに似たかわいい赤ちゃんを産んで上げる」
「人間の欲望には際限がない。「もっともっと」と幸福を求め続ける。昨日よりも今日、今日よりも明日へと。
もっとカネが欲しい、もっといいクルマに乗りたい、もっと美味しい物が、バッグが、時計がダイヤモンドが欲しいとな?」
「私はそんなの望まないわ、あなたがいてくれさえすればそれでいい」
「欲のない女だ」
朝、函館朝市ラーメンを食べに行った。その味噌ラーメンは大きなすり鉢に入っており、取り分けて食べるための小さい摺り鉢がついていた。
「何これ! 大きな毛カニが半身、ジャガイモも半分、殻付きのホタテにトウモロコシが半分。
ネギにメンマ、それに大きなチャーシューが三枚も入ってる!」
「これがここの名物なんだよ、食べ切れるかなあ?」
「任せて頂戴、絶対に完食してみせるから」
何とか残さずに完食出来た。
私たちは少し腹の調子を整えるために、街を散策することにした。
函館は坂の多い街である。私たちは手を繋ぎ、坂を登って行った。
はあはあ はあはあ
私は息があがっていた。
「大丈夫? 少し休もうか?」
「大丈夫だ。ゆっくり登って行こう」
梨奈が登って来た坂道を振り返った時、私はそれを咎めた。
「梨奈、坂の途中で後ろを振り返っちゃいけない。
坂を登っている時は上だけを、前だけを見て登るんだ」
「だって海があんなに綺麗なんだよ、函館の街もそう」
「人生を振り返るのは死ぬ時だけなんだよ。
どんなに辛くても過去を振り返ってはいけないんだ」
その時、私は激しい胸の痛みに襲われた。
「む、胸がく、苦しい・・・」
私は胸を押さえてその場に倒れ込んでしまった。
「あなた! しっかりしてあなた! 誰か、誰か救急車をお願いします!」
そして私は自分のカラダから幽体離脱をし、俺の亡骸を抱いて泣き叫ぶ梨奈を見ていた。
(ありがとう、梨奈。さようならだ)
その時、隣に洋子が立っていた。
「さああなた、行くわよ黄泉の国へ。お義父さんとお義母さんもあなたを待っているわ。
今度浮気したら承知しないからね? うふっ」
洋子はそう言って笑った。
そして5年が過ぎた。
梨奈は洋三との約束だった純喫茶、『Venus』を渋谷の道玄坂にオープンさせた。
彼女はいつも喪服のような黒い服に黒いエプロンをして、決して笑うことはなかったという。
珈琲とレアチーズケーキの美味しい店だった。
『海の見える坂道』完
親父も心臓病だった。最後は多臓器不全で亡くなった。
私が帰ると、親父は玄関で意識を失って倒れていた。
すぐに救急車を呼んだ。
救急車の中でも意識はなく、握った手がどんどん冷たくなって行った。
「親父! 親父!」
私は必死にそう呼び続けていた。
「どうしたの? 亡くなったお父さんの夢でも見たの?
親父、親父ってうなされていたけど」
梨奈は私を母親のように抱いてくれた。
寝汗を掻いていたので、私はシャワーを浴びるために浴室へと行った。
シャワーを浴びて戻ると、梨奈が心配そうに私を見詰めていた。
「大丈夫?」
「親父が救急車で搬送される夢だったんだ。リアルな夢だった。
親父も心臓病だった。俺の心臓も親父からの遺伝だな?」
私は力なく笑った。
「あなたは大丈夫、私がついているからそう簡単に死なせやしないわ」
「ありがとう、梨奈。
でもな? 完璧な人生なんてないんだよ。所詮人生は未完成のジグソーパズルのような物だ。
すべてのピースが埋まることはない」
「私はあなたとしあわせなジグソーパズルを埋め続けていたい、だから死んじゃダメ」
「だったらいつならいいんだ? 俺はいつなら死んでもいい?」
「死んじゃイヤ、ずっと私のそばにいて。私より先に死んだら許さないから」
「梨奈・・・。生きることは修行なんだ。これからも辛いことは起きるだろう。
でもそれによって魂は磨かれ、成長してゆくと俺は信じている。根拠はないよ、ただなんとなくそう思うんだ。
そしていつか人生は中断される、扇風機のプラグがコンセントから抜かれるように命のプロペラは停まるんだ。
それが定めだ。この世に死なない人間などいない。
だからよく生きなければならないんだ、たとえそれで人生が未完成で終わろうとも、生を全うしなければならない。
今度また生まれ変わっても、必ず梨奈を見つけ出してみせる。
そしてその時はもっと早くお前と出会いたい。そして俺の子供を産んでくれ」
「うん、わかった。あなたに似たかわいい赤ちゃんを産んで上げる」
「人間の欲望には際限がない。「もっともっと」と幸福を求め続ける。昨日よりも今日、今日よりも明日へと。
もっとカネが欲しい、もっといいクルマに乗りたい、もっと美味しい物が、バッグが、時計がダイヤモンドが欲しいとな?」
「私はそんなの望まないわ、あなたがいてくれさえすればそれでいい」
「欲のない女だ」
朝、函館朝市ラーメンを食べに行った。その味噌ラーメンは大きなすり鉢に入っており、取り分けて食べるための小さい摺り鉢がついていた。
「何これ! 大きな毛カニが半身、ジャガイモも半分、殻付きのホタテにトウモロコシが半分。
ネギにメンマ、それに大きなチャーシューが三枚も入ってる!」
「これがここの名物なんだよ、食べ切れるかなあ?」
「任せて頂戴、絶対に完食してみせるから」
何とか残さずに完食出来た。
私たちは少し腹の調子を整えるために、街を散策することにした。
函館は坂の多い街である。私たちは手を繋ぎ、坂を登って行った。
はあはあ はあはあ
私は息があがっていた。
「大丈夫? 少し休もうか?」
「大丈夫だ。ゆっくり登って行こう」
梨奈が登って来た坂道を振り返った時、私はそれを咎めた。
「梨奈、坂の途中で後ろを振り返っちゃいけない。
坂を登っている時は上だけを、前だけを見て登るんだ」
「だって海があんなに綺麗なんだよ、函館の街もそう」
「人生を振り返るのは死ぬ時だけなんだよ。
どんなに辛くても過去を振り返ってはいけないんだ」
その時、私は激しい胸の痛みに襲われた。
「む、胸がく、苦しい・・・」
私は胸を押さえてその場に倒れ込んでしまった。
「あなた! しっかりしてあなた! 誰か、誰か救急車をお願いします!」
そして私は自分のカラダから幽体離脱をし、俺の亡骸を抱いて泣き叫ぶ梨奈を見ていた。
(ありがとう、梨奈。さようならだ)
その時、隣に洋子が立っていた。
「さああなた、行くわよ黄泉の国へ。お義父さんとお義母さんもあなたを待っているわ。
今度浮気したら承知しないからね? うふっ」
洋子はそう言って笑った。
そして5年が過ぎた。
梨奈は洋三との約束だった純喫茶、『Venus』を渋谷の道玄坂にオープンさせた。
彼女はいつも喪服のような黒い服に黒いエプロンをして、決して笑うことはなかったという。
珈琲とレアチーズケーキの美味しい店だった。
『海の見える坂道』完
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