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第5話
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儀式を終えた私たちはいつの間にか眠ってしまった。
予めセットしておいたアラームで目が覚めた。
「もう起きなきゃね?」
「今日は会社だしな?」
「休んじゃおうか? ズル休み」
「あはははは 出来ることならそうしたいものだ」
梨奈は私にカラダを寄せて来た。
すべすべとした絹のような柔肌だった。
「朝食、作るって約束したからもう起きなきゃね?」
「朝食は『すき家』でいいよ」
「朝ご飯はいつも和食なの?」
「たまにパンの時もあるよ、クロワッサンとカリカリに焼いたベーコン・エッグにオレンジジュース、そして食後にコーヒーを一杯」
「クロワッサンなんて女子みたいね?」
「食パンって一度に食べ切れないだろ? それにすぐにパサパサになってしまうし」
「銀行の同僚にね? 毎朝の朝食で、家族がそれぞれに食パンを一斤ずつ食べるんだって。凄いと思わない?」
「それは凄いね? 一斤というとかなりの量だ」
「家族が朝の情報番組なんかを見ながら、多分彼はこう言うのよ、「今日は午後から雨かあ」するとお母さんがパンを齧りながらこう言うんじゃないかしら? 「忘れずに傘を持って行きなさいよ」なんてね?
そしてまた黙々と一斤の食パンを貪るように食べる家族って、素敵だと思わない? あははは」
「何を付けて食べるんだろう?」
「きんぴらゴボウとか納豆だったりして?」
「コーン・ポタージュスープじゃなくて、ワカメと豆腐の味噌汁でか?」
「それじゃご飯やないかい! あはははは
私、用意に時間が掛かるから先にお風呂に入って来るね?」
「ああ」
そう言って梨奈が私に軽くキスをして、ベッドを降りようとした時、私は枕の下に入れて置いた彼女のパンティーを梨奈に渡した。
「これ、忘れているよ」
「そこにあったんだあ? ノーパンで帰るところだったわよ。この日のために買った勝負パンツなのよ、これ。欲しい? あげようか?」
「後で処分に困るから遠慮しておくよ」
「えー、処分しちゃうんだあ。記念に取って置いてくれたらいいのに」
私は余計なことを言ってしまったと後悔した。
なぜなら私は「終活」のために、遺品になるような物を処分し始めていたからだ。
梨奈の香りが残る下着など、捨てたくはない。
梨奈は下着と服を抱え、バスルームへと消えた。
酔も醒めたので、帰りは私がクルマの運転を代わった。
「この夜明け前のロマンティカル・ブルーって素敵」
「夜明け前っていいよな? これから街が目を覚まし、動き出すのって」
「日暮れ前もキレイだけどね? 宵の明星、一番星とかすごく明るいじゃない?」
「夜明けの明星と宵の明星、どちらも神秘的だよな?」
「金星のことだよね? ビーナスだっけ?」
「美と希望の星だな? ビーナスは。
その輝く美しさから「美の女神」としてのビーナス、アフロディーテと金星が呼ばれる所以だ。
あの女の記号があるだろう? あれは手鏡を具現化したものらしいが、金星の記号はあれになる。つまり女なんだよ、金星は」
「ふーん、物知りなんだね? 洋三は?」
俺にはもう希望はない。だが梨奈と再会して一夜を共にしたことで、私の絶望は少し薄らいだ気がする。
だがその潤いが激しい渇きにつながるのは明白だった。
梨奈は俺にとってビーナスだった。
だがもう梨奈と会うのは止めよう、そうしないと私は生に執着してしまいそうだからだ。
「ねえ、今度一緒に映画でも観に行かない?」
「どんな映画だ?」
「恋愛映画。どっちかが死んじゃう泣けるやつがいい」
(梨奈、今、君の隣で運転している俺がその死んでしまう恋人なんだよ)
私は少しアクセルを踏み込み、スピードを上げた。
「そんな恋愛映画って、今やっているのか?」
「やってなければネット配信で探せばいいでしょう? 洋三の家はネット配信に加入しているの?」
「していない。俺はあまり映画やドラマは観ないから」
私は咄嗟に嘘を吐いた。
あると言ってしまえばそれがまた、梨奈と会う口実になってしまうからだ。
(会いたい、でももう会ってはいけない)
私の心は葛藤していた。
私の家に着いて、梨奈が運転席に座った。
「ねえ、今度いつ会える?」
「俺から連絡するよ」
「なるべく早く会いたいなあ。でも今日はダメだけど」
「忙しそうだもんな? 梨奈次長さんは」
「そういう日もたまにあるのよ。それじゃあまたね? 愛してるわ、洋三。キスして」
私は梨奈にキスをした。これが最後のキスだと自分に言い聞かせるかのように。
「それじゃあ気をつけてな?」
梨奈はドリカムの歌のように、テールランプを5回点滅させて去って行った。
寂しさと切なさが込み上げて来た。
「ア・イ・シ・テ・ルのサインか・・・」
私は出勤の用意を整え、洋子の仏壇に手を合わせた。
「洋子、怒っているか? 俺が昔の初恋の女を抱いたことを。
でも安心してくれ、もう会うことはないと思うから。
それじゃあ行って来るよ」
私は会社へと出掛けて行った。
その夜、梨奈には上村と会えない理由があった。
「梨奈、お前のここから男の精液の匂いがするぞ」
「あっんっ ウソばっかり」
老人は梨奈の陰部を執拗に舐め続けた。
「ワシを裏切ったら許さんからな?」
「裏切るわけないでしょ? 頭取」
梨奈は頭取である霧島の愛人だったのである。
予めセットしておいたアラームで目が覚めた。
「もう起きなきゃね?」
「今日は会社だしな?」
「休んじゃおうか? ズル休み」
「あはははは 出来ることならそうしたいものだ」
梨奈は私にカラダを寄せて来た。
すべすべとした絹のような柔肌だった。
「朝食、作るって約束したからもう起きなきゃね?」
「朝食は『すき家』でいいよ」
「朝ご飯はいつも和食なの?」
「たまにパンの時もあるよ、クロワッサンとカリカリに焼いたベーコン・エッグにオレンジジュース、そして食後にコーヒーを一杯」
「クロワッサンなんて女子みたいね?」
「食パンって一度に食べ切れないだろ? それにすぐにパサパサになってしまうし」
「銀行の同僚にね? 毎朝の朝食で、家族がそれぞれに食パンを一斤ずつ食べるんだって。凄いと思わない?」
「それは凄いね? 一斤というとかなりの量だ」
「家族が朝の情報番組なんかを見ながら、多分彼はこう言うのよ、「今日は午後から雨かあ」するとお母さんがパンを齧りながらこう言うんじゃないかしら? 「忘れずに傘を持って行きなさいよ」なんてね?
そしてまた黙々と一斤の食パンを貪るように食べる家族って、素敵だと思わない? あははは」
「何を付けて食べるんだろう?」
「きんぴらゴボウとか納豆だったりして?」
「コーン・ポタージュスープじゃなくて、ワカメと豆腐の味噌汁でか?」
「それじゃご飯やないかい! あはははは
私、用意に時間が掛かるから先にお風呂に入って来るね?」
「ああ」
そう言って梨奈が私に軽くキスをして、ベッドを降りようとした時、私は枕の下に入れて置いた彼女のパンティーを梨奈に渡した。
「これ、忘れているよ」
「そこにあったんだあ? ノーパンで帰るところだったわよ。この日のために買った勝負パンツなのよ、これ。欲しい? あげようか?」
「後で処分に困るから遠慮しておくよ」
「えー、処分しちゃうんだあ。記念に取って置いてくれたらいいのに」
私は余計なことを言ってしまったと後悔した。
なぜなら私は「終活」のために、遺品になるような物を処分し始めていたからだ。
梨奈の香りが残る下着など、捨てたくはない。
梨奈は下着と服を抱え、バスルームへと消えた。
酔も醒めたので、帰りは私がクルマの運転を代わった。
「この夜明け前のロマンティカル・ブルーって素敵」
「夜明け前っていいよな? これから街が目を覚まし、動き出すのって」
「日暮れ前もキレイだけどね? 宵の明星、一番星とかすごく明るいじゃない?」
「夜明けの明星と宵の明星、どちらも神秘的だよな?」
「金星のことだよね? ビーナスだっけ?」
「美と希望の星だな? ビーナスは。
その輝く美しさから「美の女神」としてのビーナス、アフロディーテと金星が呼ばれる所以だ。
あの女の記号があるだろう? あれは手鏡を具現化したものらしいが、金星の記号はあれになる。つまり女なんだよ、金星は」
「ふーん、物知りなんだね? 洋三は?」
俺にはもう希望はない。だが梨奈と再会して一夜を共にしたことで、私の絶望は少し薄らいだ気がする。
だがその潤いが激しい渇きにつながるのは明白だった。
梨奈は俺にとってビーナスだった。
だがもう梨奈と会うのは止めよう、そうしないと私は生に執着してしまいそうだからだ。
「ねえ、今度一緒に映画でも観に行かない?」
「どんな映画だ?」
「恋愛映画。どっちかが死んじゃう泣けるやつがいい」
(梨奈、今、君の隣で運転している俺がその死んでしまう恋人なんだよ)
私は少しアクセルを踏み込み、スピードを上げた。
「そんな恋愛映画って、今やっているのか?」
「やってなければネット配信で探せばいいでしょう? 洋三の家はネット配信に加入しているの?」
「していない。俺はあまり映画やドラマは観ないから」
私は咄嗟に嘘を吐いた。
あると言ってしまえばそれがまた、梨奈と会う口実になってしまうからだ。
(会いたい、でももう会ってはいけない)
私の心は葛藤していた。
私の家に着いて、梨奈が運転席に座った。
「ねえ、今度いつ会える?」
「俺から連絡するよ」
「なるべく早く会いたいなあ。でも今日はダメだけど」
「忙しそうだもんな? 梨奈次長さんは」
「そういう日もたまにあるのよ。それじゃあまたね? 愛してるわ、洋三。キスして」
私は梨奈にキスをした。これが最後のキスだと自分に言い聞かせるかのように。
「それじゃあ気をつけてな?」
梨奈はドリカムの歌のように、テールランプを5回点滅させて去って行った。
寂しさと切なさが込み上げて来た。
「ア・イ・シ・テ・ルのサインか・・・」
私は出勤の用意を整え、洋子の仏壇に手を合わせた。
「洋子、怒っているか? 俺が昔の初恋の女を抱いたことを。
でも安心してくれ、もう会うことはないと思うから。
それじゃあ行って来るよ」
私は会社へと出掛けて行った。
その夜、梨奈には上村と会えない理由があった。
「梨奈、お前のここから男の精液の匂いがするぞ」
「あっんっ ウソばっかり」
老人は梨奈の陰部を執拗に舐め続けた。
「ワシを裏切ったら許さんからな?」
「裏切るわけないでしょ? 頭取」
梨奈は頭取である霧島の愛人だったのである。
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