3 / 15
第3話
しおりを挟む
ホテルに戻り、熱いシャワーを浴びて沙都子に電話をした。
「もしもし? 連絡が来ないから凄く心配しちゃった。
アントワープに無事に着いたのね? ああ良かった。
何かあったのかと思ったわよ」
「すまない」
「どうしたの? 元気がないみたいだけど」
「会社を辞めたんだ。もう日本には戻らないつもりだ」
「エイプリル・フールにはまだ早いわよ」
「本当なんだ、沙都子。今まで世話になった。ありがとう」
「ちょっと何を言っているのよ! そんなこと「はいそうですか? さようなら」なんて言える訳ないじゃないの!」
「ステージ4の膵臓ガンだと診断されたんだ。
人の命などあっけないものだよな?」
「何をそんな悠長なこと言ってるのよ!
兎に角、私もすぐにアントワープに行くから! どこのホテルに泊まっているの?」
「悪いがそっとして置いてくれ。
退職金はお前の口座に振り込むから後で銀行口座をメールで送っておいてくれ。
沙都子と一緒で俺は本当にしあわせだった。ありがとう。
そしてしあわせになって長生きしてくれ。それじゃ」
「ちょっと伸之・・・」
私は携帯電話の電源をOFFにし、そのまま深い眠りに就いた。
街へ散歩に出掛け、カフェに入った。
ジンの発祥はベルギーだという。
ベルギーワッフル、ベルギービール、ベルギーチョコレート。
ベルギーと名の付く名物は多い。
ここではフラン語にワロン語、それから英語にドイツ語、フランス語と様々な言葉が飛び交っている。
それは絶えずベルギーという国が隣国から侵略されて来た歴史的背景があるのと、ヨーロッパの地理的中心地だったからだろう。
EU本部も首都、ブリュッセルに置かれているのもそのためだ。
私はこのベルギーという国がすこぶる気に入っていた。
ここには有名な料理もたくさんある。
クロケット・オ・クルベットにブレ・ア・ラ・リエジョワーズなど、日本人にも食べやすい料理も多い。
そしてバゲットはパリよりも旨いと感じる。
小麦とバターの豊潤な香り、表面のパリッとした食感と、それに相反するモチモチっとした内部のしっとり感。
そんなバゲットなど、あっという間に食べ切ってしまう。
日本にも旨いパン屋はたくさんあるが、ここアントワープのバゲットには敵いはしない。
私はカフェでフィレ・アメリカンを肴に、ジントニックを飲んでいた。
夕日に染まるアントワープのカテドラルは、まるで「光の魔術師」、レンブラントの描く絵画のようだった。
時を告げる大聖堂の鐘の音が、アントワープの街に響いていた。
俺はアントワープで残りの1,000万円を使い果たし、ここで死ぬと決めた。
人生の終着駅をアントワープに選んだのには理由があった。
それは子供の時に観た、『フランダースの犬』のアニメの場所がアントワープだったからだ。
アントウエルペンという地名の由来は、現地の人間の話によると、「大男の足跡」だという。
巨人の足跡がこの街になったというのだ。
ポルダーという海抜ゼロメートルの湿地帯。街には運河が張り巡らされている。
そして風車がその水を掻き出し、その風車の動力を使って小麦を粉に挽いていた。
高緯度のために潮汐差が大きく、10メートルを超えることも珍しくはない。
水門がないと船が通れない仕組みになっていた。
原理はあのパナマ運河と同じ原理だ。
船が昇ったり下がったりしてアントワープ港に出入りしている。
アントワープはヨーロッパ第二位の貿易港だった。
私はネロとパトラッシュが天使に連れられて昇天していく場面よりも、吹雪の中でアロアがネロの名を叫ぶシーンが忘れられなかった。
もちろん大聖堂の中で死ぬわけにはいかないが、せめてこの大好きなアントワープで自らの人生を終えたかった。
大好きな酒と、見知らぬ白人の女を抱いて。
人は生まれ、なぜ死んで行くのだろう?
俺はそんな結論の出ない空論を考えながら、ジントニックを飲み、アントワープの街に夜の帷が降りるのを待った。
私はギャルソンを呼んだ。
「同じものを」
俺は残りのジントニックを一気に飲み干した。
「もしもし? 連絡が来ないから凄く心配しちゃった。
アントワープに無事に着いたのね? ああ良かった。
何かあったのかと思ったわよ」
「すまない」
「どうしたの? 元気がないみたいだけど」
「会社を辞めたんだ。もう日本には戻らないつもりだ」
「エイプリル・フールにはまだ早いわよ」
「本当なんだ、沙都子。今まで世話になった。ありがとう」
「ちょっと何を言っているのよ! そんなこと「はいそうですか? さようなら」なんて言える訳ないじゃないの!」
「ステージ4の膵臓ガンだと診断されたんだ。
人の命などあっけないものだよな?」
「何をそんな悠長なこと言ってるのよ!
兎に角、私もすぐにアントワープに行くから! どこのホテルに泊まっているの?」
「悪いがそっとして置いてくれ。
退職金はお前の口座に振り込むから後で銀行口座をメールで送っておいてくれ。
沙都子と一緒で俺は本当にしあわせだった。ありがとう。
そしてしあわせになって長生きしてくれ。それじゃ」
「ちょっと伸之・・・」
私は携帯電話の電源をOFFにし、そのまま深い眠りに就いた。
街へ散歩に出掛け、カフェに入った。
ジンの発祥はベルギーだという。
ベルギーワッフル、ベルギービール、ベルギーチョコレート。
ベルギーと名の付く名物は多い。
ここではフラン語にワロン語、それから英語にドイツ語、フランス語と様々な言葉が飛び交っている。
それは絶えずベルギーという国が隣国から侵略されて来た歴史的背景があるのと、ヨーロッパの地理的中心地だったからだろう。
EU本部も首都、ブリュッセルに置かれているのもそのためだ。
私はこのベルギーという国がすこぶる気に入っていた。
ここには有名な料理もたくさんある。
クロケット・オ・クルベットにブレ・ア・ラ・リエジョワーズなど、日本人にも食べやすい料理も多い。
そしてバゲットはパリよりも旨いと感じる。
小麦とバターの豊潤な香り、表面のパリッとした食感と、それに相反するモチモチっとした内部のしっとり感。
そんなバゲットなど、あっという間に食べ切ってしまう。
日本にも旨いパン屋はたくさんあるが、ここアントワープのバゲットには敵いはしない。
私はカフェでフィレ・アメリカンを肴に、ジントニックを飲んでいた。
夕日に染まるアントワープのカテドラルは、まるで「光の魔術師」、レンブラントの描く絵画のようだった。
時を告げる大聖堂の鐘の音が、アントワープの街に響いていた。
俺はアントワープで残りの1,000万円を使い果たし、ここで死ぬと決めた。
人生の終着駅をアントワープに選んだのには理由があった。
それは子供の時に観た、『フランダースの犬』のアニメの場所がアントワープだったからだ。
アントウエルペンという地名の由来は、現地の人間の話によると、「大男の足跡」だという。
巨人の足跡がこの街になったというのだ。
ポルダーという海抜ゼロメートルの湿地帯。街には運河が張り巡らされている。
そして風車がその水を掻き出し、その風車の動力を使って小麦を粉に挽いていた。
高緯度のために潮汐差が大きく、10メートルを超えることも珍しくはない。
水門がないと船が通れない仕組みになっていた。
原理はあのパナマ運河と同じ原理だ。
船が昇ったり下がったりしてアントワープ港に出入りしている。
アントワープはヨーロッパ第二位の貿易港だった。
私はネロとパトラッシュが天使に連れられて昇天していく場面よりも、吹雪の中でアロアがネロの名を叫ぶシーンが忘れられなかった。
もちろん大聖堂の中で死ぬわけにはいかないが、せめてこの大好きなアントワープで自らの人生を終えたかった。
大好きな酒と、見知らぬ白人の女を抱いて。
人は生まれ、なぜ死んで行くのだろう?
俺はそんな結論の出ない空論を考えながら、ジントニックを飲み、アントワープの街に夜の帷が降りるのを待った。
私はギャルソンを呼んだ。
「同じものを」
俺は残りのジントニックを一気に飲み干した。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
★朝 雨に濡れた薔薇に君を見た
菊池昭仁
恋愛
バツイチ独身中年、有明省吾は渚という看護士と付き合っていた。
省吾は38、渚は29才。渚は省吾との結婚を望んでいたが、省吾はそれには消極的だった。
彼は渚をしあわせにする自信がなかった。
だが愛情がないわけではなく、むしろそれは渚のしあわせを考えてのことだった。
愛することの矛盾、理屈ではない男女の恋愛模様。愛すれど切なく、愛するがゆえに苦悩するふたり。
結婚の必然性について考えてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる