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第5話

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 無事に土地の売買契約も終わり、私は本格的にプランの作成に入った。

 「では、これから確認申請の段取りをします。
 つまり、建築基準法に基づく設計に入るということになります。
 これで建築の許可が下りればいよいよ着工です」
 「建築確認が下りるまでには何日くらい掛かりますか?」
 「建築指導課に提出すると10日から2週間はかかりますが、民間の業務委託された建築センターへ提出すれば比較的早く下ります。
 ゆえに今回は建築センターで建築許可を取ることにします」
 「いよいよですね? ワクワクしてきました。
 よろしくお願いします」
 「それではまず、全体的なイメージはこれでいかがですか?」
 「先生のイメージでお願いします。
 あのグリーンの大きな屋根も、私が希望していた通りですから」
 「そうでしたか。平屋は意外とコストが掛かりますし、殆どの場合、「町の集会所」みたいなものが多いのが現状です。
 なぜだと思いますか?」
 「どうしてですか?」
 「面倒だからです」
 「面倒?」
 「平屋を希望される方の殆どは高齢者か、少人数での同居になります。
 2人とか3人とか。
 どうしても業者から甘く見られてしまう傾向にあります。
 住宅会社は原価を抑えようと、ダウンサイジングと部材をケチる。
 その結果が集会所なんです。
 ちなみに奇抜な家もダメです。
 テレビで劇的リフォームを売りにしている番組がありますよね?
 まともな住宅屋はあんな奇抜な家は作れても作らない。
 なぜならすぐに飽きることが分かっているからです。
 数カ月はいいかもしれません、でも、じきに思うのです、「なんでこんな家にしちゃったんだろう?」と。
 気の毒な話です。
 平屋は難しい。
 無駄な物を徹底的に排除して、洗練された家を作る。
 屋根ひとつ取ってもそうです。
 風の影響を考えれば通常は勾配を緩くする。
 しかし、海沿いの風は凄まじく強い。
 だから風が上手く逃げるように設計し、屋根の構造を頑丈にして重量を増す。
 コストはかかるが、安全と耐久性には代えられません。
 サッシもそうです。
 最近はトリプルサッシも使われるようになりましたが、熱貫流率が3倍向上するわけではない。
 サッシの重量は殆どがガラスなので、それだけ建物の構造にも負担が掛かるわけです。
 遮音性能は上がるかもしれませんが、要は適材適所に何を使うかなのです。
 高断熱高気密住宅は表裏一体なんです。
 断熱と機密は両輪でなければならない。
 断熱材を厚くしても隙間が多いと効果は劣ります。
 海沿いにおける塩害対策も重要です。
 瓦屋根がいいと考えますが、どんどんトップヘビーになり重心が上がってしまう。
 そして瓦屋根の場合、風速が37m/sを超えると飛散する危険が高まる実験結果が出ています。
 外壁も通常のハウスメーカーは16mm厚のサイディングを使いますが、それはコストとデザイン、後のクレームを考えてのことです。
 だが外壁に塩が付いたり汚れたりすると、ケルヒャーなどの高圧洗浄機を使用することを考えますが、それは避けた方がいい。
 外壁をコーティングしているシリカが剥離してしまうからです。
 海に家を建てることは色々な面を総合的に考慮しなければならないのです」
 「構造や材質についても先生にお任せします」
 「かしこまりました。では内部はどうでしょう?
 何かご希望はありますか?」
 「間取りはこれでお願いします。
 かしこまった人は訪ねて来ませんし、それに玄関からすぐにLDKだと何かと都合がいいですから」

 おそらく彼女は自分の遺体の搬出を考えているのだろう。
 それを想うと切なくなった。

 どうしてこんなやさしい誠実な人が、人生の半ばで死ななければならないのだろう?
 それはあまりに不公平ではないのだろうか?

 「では、水回りはいかがですか?」
 「車椅子になる前にいいんですけどね?
 トイレも洗面も、お風呂もそれで結構です。
 色とデザインは後でもいいですか?」
 「もちろんです。
 ではキッチンはどうでしょうか? 
 私はあまり対面キッチンはお勧めしません。お料理が好きな方には向かないからです。
 現実問題として、見せるキッチンか使い易いキッチンか? ということになります。
 特に共働きの場合は家事炊事の効率化は大前提になります。
 対面キッチンはお洒落ですが、お玉やフライパン、鍋などは吊るした方が使い易くて衛生的です。
 布巾やまな板、グラスなどを考えると壁を利用した方がいいからです。
 理想はフレンチやイタリアンの厨房です。
 システムキッチンは見せるためのキッチンなのです。
 でも門倉さんのように、ひとりで炊事や食事をされることを考えると、そのままキッチンで作って食べる方がいいし、後片付けもラクです。
 そして大好きな海も、テレビや映画も見ることが出来る。
 ゆえに対面キッチンの奥行が850mmタイプがいいと思います。
 キッチンの高さについては身長の半分プラス5cmが基準ですので850mmから900mm、870mm等もあります。 
 車椅子となると700mmから750mmがいいかもしれませんが、洗面所は椅子を使うニースペースはあってもいいですが、キッチンについては車椅子は危険です。
 キッチンについてはとても一度では説明し切れません。そして一番楽しいところでもあります」
 「ショールームで現物も見ることも出来ますか?」
 「もちろんです。住宅設備機器の選定にはショールーム見学も予定していますのでご安心下さい。
 LDKは解放感を出すために吹き抜けにしてもよろしいですか?」
 「実は吹き抜けにしたかったんです。構造材は見えてもかまいません」
 「それはよかった、私もそのつもりでしたから。
 そして重要なのが壁と床です。
 壁は遠赤外線の線量が多い、珪藻土と漆喰を混ぜたものを考えています。
 NASAの研究によると、生物が生存するためには遠赤外線が欠かせないそうです。
 冷暖房の効果も格段に違います。
 ご存じのように遠赤外線も電磁波ですから、人体の7割が水だと言われていますので、その水分子に影響してくるので、炭火焼肉などと同じ原理でカラダの内部までも温まります。
 次に重要なのが床です。
 あまり硬い材質だと足が疲れてしまいます。かと言ってスリッパやサンダルも不便です。
 コンクリートの上を裸足で歩くと疲れ易いですよね? それに脳やカラダへの衝撃も良くはありません。
 それからお手入れ。既成のフローリングはお手入れはし易いですが、有機性化合物が多い物はお勧め出来ません」
 「床材の先生のお勧めは何ですか?」
 「もみですね? かなり高価ですが、門倉邸には樅を考えています」
 「照明はランプみたいなものが好みです」
 「私も同意見です。夜は山小屋みたいなやさしい感じはどうでしょう?」
 「いいですね! 是非それでお願いします!」

 いつの間にか宵闇が迫っていた。

 「お腹空きましたよね? 今夜はイタリアンをご馳走させて下さい」
 「また先生の作ったお店ですか?」
 「あはは その通りです」
 「楽しみです、先生の作品とイタリアンのお食事」

 彼女は嬉しそうに笑った。

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