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第9話 哲学者 沙織ちゃん
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もちろん幸一は童貞だった。
「緊張しなくてもいいわよ、私がちゃんと教えてあげるからね。
セックスをあんまり特別なものとして考え過ぎなのよ、みんな。
男はやりたい、女はやられたい、ただそれだけのことでしょう?
手は平気で繋ぐのに、チ〇ポとマ〇コは繋いだらいやらしいと思う方がどうかしているのよ。
アラスカのエスキモーとか、ゴーガンのいたタヒチなんかは「何もありませんが、よかったらウチの妻でもどうですか?」と男性客をもてなす風習があったそうよ。
だって人間は自己が進化し、子孫を残していかなければならないようにプログラムされているの。
セックスは人間の本能なのよ。
それが単なる猥雑な行為だとすれば、そこに知性も教養も愛情もないからよ。
確かに愛のないセックスは空しいわ、だから誰でもいいとはいわない、でも私は幸一君が好き。だからやらせてあげる。だってそこには愛があるから。
裁判官をしている父の書斎に「教養辞典」という本があってね、なんだか偉い先生たちがご託を並べているんだけど、いちばん笑えたのは「性交」の記述。
「子孫を残す以外はみだりに性交をしてはならない」
こんな人間が増えたら人類は滅びるわよ。
そもそもこの世の女性が満足なセックスをしていると思う?
ほとんどの女性は本当のオルガスムスを知らないで死んでいくわ。それって清らかなこと?
男は射精すれば目的が達成されるかもしれないけど、女はどうなるの?
本当の女性解放とは性の解放にあるのよ。そうは思わない? 幸一」
幸一はすっかり萎えてしまった。
それは沙織ちゃんの性に対する理論にコメント出来ない自分が情けなかったからだ。
(ああ、こんな時、ソクラテスがいてくれたらなあ)
「とにかく、始めましょう、お腹も空いたし」
沙織ちゃんのプライベート・レッスンに、幸一はメロメロにされた。
大阪のお好み焼きの店に入ろうとした時、沙織ちゃんがそれを制した。
「幸一、まさか私にこの何の芸術性もないソース掛けのビタ焼きを食べさせようというんじゃないでしょうね?」
「えっ、だって沙織ちゃんがお好み焼きが食べたいっていうから・・・」
「お好み焼きって広島に決まってんでしょ!
いいわ、私が本当のお好み焼きを食べさせてあげる。ついて来て」
セックスの後の沙織ちゃんは別人だった。
幸一のことも呼び捨てになり、どことなく関東言葉ではあるが、しゃべり方もソクラテスにそっくりだった。
物事を決して曖昧にしない、まるで裁判官のようだった。
沙織ちゃんもソクラテスも「白か黒か」、「All or Nothing」だった。
沙織ちゃんが連れて来てくれたお店はすでに長蛇の列が出来ていた。
1時間ほど並んで、ようやく入店することが出来た。
幸一は驚いた、広島のお好み焼きを初めて見たからだ。
「幸一、これこそがお好み焼きよ。よく見てご覧なさい、この素晴らしい人類の英知の結集を!
鉄板も決して温度は均一じゃないわ、だから微妙に調理の場所を変えているでしょ?
そこら辺のシロウトでは真似できない職人技が広島お好み焼きにはあるの。
広島風ですって? 冗談じゃないわ! これは芸術なの!
まず滑らかに溶いた薄力粉を薄く敷き、その上にどっさりと千切りキャベツを乗せる。
そしてそこにイカ天や生姜、豚バラを乗せ、すぐに山盛りのままの具材をひっくり返す。
心配しなくても大丈夫、すぐにキャベツは沈んでいくわ。
そしてタイミングを計るように焼きそばを炒め、そして先程のしんなりした本体をそのまま焼きそばの上に乗せる。
そしてここからがクライマックスよ、今度はそこに乗せる目玉焼きを作るの。
ほんの少しだけ崩すスタイルの方が多いわね。
そして本体を目玉焼きに乗せて再度ひっくり返す。
そこにオタフクソースをたっぷりとかけて青のり、鰹節、そして九条ネギをどっさり載せて出来上がりよ。
すごいでしょ? これがお好み焼きよ、さあ食べましょう」
「美味そう! いただきまーす!」
幸一が割り箸に手を伸ばそうとした時、沙織が幸一の手をピシャリと叩いた。
「まさか箸でこの作品を食べるつもりじゃないわよね?
コテで食べるに決まってんでしょ!」
幸一は慣れない手つきでコテを使い食べた。
すごく美味しかったが、アツアツのお好み焼きで唇を火傷してしまった。
「アチっつ!」
それを見て笑う沙織はいつもの沙織ちゃんに戻っていた。
「美味しいね? ところで幸一、将来はどうするつもりなの?」
「まだ決めてないんだ。沙織ちゃんは?」
「裁判官になるの、私。
子供の頃から裁判官の父の仕事に憧れてね? それで法学部に入ったの。
ゆくゆくは最高裁の判事になるつもりよ」
「すごいなあ、沙織ちゃんは。人生をしっかりと計画しているんだ」
「そうよ、大学院を出たら司法試験に一発合格。判事になったら1年後に弁護士と結婚、29歳で男の子を出産して3年後には女の子、それから家は・・・」
「わかった、わかった、そこまででいいよ。
僕はどうしようかなあー」
「どうしようかじゃないでしょう? 幸一は弁護士になって私の夫になるのよ。
今日から幸一は私と子供たちをしあわせにするために生きるの。しっかりしてよね!
分かった? もちろんソクラテスも一緒よ」
「弁護士かあ」
「そうよ、幸一ならできる! 一緒にがんばりましょう!」
どうやら幸一の将来は沙織ちゃんに決められたようだ。
過去が現在に影響を与えるように
未来も現在に影響を与える
(哲学者)ニーチェ
「緊張しなくてもいいわよ、私がちゃんと教えてあげるからね。
セックスをあんまり特別なものとして考え過ぎなのよ、みんな。
男はやりたい、女はやられたい、ただそれだけのことでしょう?
手は平気で繋ぐのに、チ〇ポとマ〇コは繋いだらいやらしいと思う方がどうかしているのよ。
アラスカのエスキモーとか、ゴーガンのいたタヒチなんかは「何もありませんが、よかったらウチの妻でもどうですか?」と男性客をもてなす風習があったそうよ。
だって人間は自己が進化し、子孫を残していかなければならないようにプログラムされているの。
セックスは人間の本能なのよ。
それが単なる猥雑な行為だとすれば、そこに知性も教養も愛情もないからよ。
確かに愛のないセックスは空しいわ、だから誰でもいいとはいわない、でも私は幸一君が好き。だからやらせてあげる。だってそこには愛があるから。
裁判官をしている父の書斎に「教養辞典」という本があってね、なんだか偉い先生たちがご託を並べているんだけど、いちばん笑えたのは「性交」の記述。
「子孫を残す以外はみだりに性交をしてはならない」
こんな人間が増えたら人類は滅びるわよ。
そもそもこの世の女性が満足なセックスをしていると思う?
ほとんどの女性は本当のオルガスムスを知らないで死んでいくわ。それって清らかなこと?
男は射精すれば目的が達成されるかもしれないけど、女はどうなるの?
本当の女性解放とは性の解放にあるのよ。そうは思わない? 幸一」
幸一はすっかり萎えてしまった。
それは沙織ちゃんの性に対する理論にコメント出来ない自分が情けなかったからだ。
(ああ、こんな時、ソクラテスがいてくれたらなあ)
「とにかく、始めましょう、お腹も空いたし」
沙織ちゃんのプライベート・レッスンに、幸一はメロメロにされた。
大阪のお好み焼きの店に入ろうとした時、沙織ちゃんがそれを制した。
「幸一、まさか私にこの何の芸術性もないソース掛けのビタ焼きを食べさせようというんじゃないでしょうね?」
「えっ、だって沙織ちゃんがお好み焼きが食べたいっていうから・・・」
「お好み焼きって広島に決まってんでしょ!
いいわ、私が本当のお好み焼きを食べさせてあげる。ついて来て」
セックスの後の沙織ちゃんは別人だった。
幸一のことも呼び捨てになり、どことなく関東言葉ではあるが、しゃべり方もソクラテスにそっくりだった。
物事を決して曖昧にしない、まるで裁判官のようだった。
沙織ちゃんもソクラテスも「白か黒か」、「All or Nothing」だった。
沙織ちゃんが連れて来てくれたお店はすでに長蛇の列が出来ていた。
1時間ほど並んで、ようやく入店することが出来た。
幸一は驚いた、広島のお好み焼きを初めて見たからだ。
「幸一、これこそがお好み焼きよ。よく見てご覧なさい、この素晴らしい人類の英知の結集を!
鉄板も決して温度は均一じゃないわ、だから微妙に調理の場所を変えているでしょ?
そこら辺のシロウトでは真似できない職人技が広島お好み焼きにはあるの。
広島風ですって? 冗談じゃないわ! これは芸術なの!
まず滑らかに溶いた薄力粉を薄く敷き、その上にどっさりと千切りキャベツを乗せる。
そしてそこにイカ天や生姜、豚バラを乗せ、すぐに山盛りのままの具材をひっくり返す。
心配しなくても大丈夫、すぐにキャベツは沈んでいくわ。
そしてタイミングを計るように焼きそばを炒め、そして先程のしんなりした本体をそのまま焼きそばの上に乗せる。
そしてここからがクライマックスよ、今度はそこに乗せる目玉焼きを作るの。
ほんの少しだけ崩すスタイルの方が多いわね。
そして本体を目玉焼きに乗せて再度ひっくり返す。
そこにオタフクソースをたっぷりとかけて青のり、鰹節、そして九条ネギをどっさり載せて出来上がりよ。
すごいでしょ? これがお好み焼きよ、さあ食べましょう」
「美味そう! いただきまーす!」
幸一が割り箸に手を伸ばそうとした時、沙織が幸一の手をピシャリと叩いた。
「まさか箸でこの作品を食べるつもりじゃないわよね?
コテで食べるに決まってんでしょ!」
幸一は慣れない手つきでコテを使い食べた。
すごく美味しかったが、アツアツのお好み焼きで唇を火傷してしまった。
「アチっつ!」
それを見て笑う沙織はいつもの沙織ちゃんに戻っていた。
「美味しいね? ところで幸一、将来はどうするつもりなの?」
「まだ決めてないんだ。沙織ちゃんは?」
「裁判官になるの、私。
子供の頃から裁判官の父の仕事に憧れてね? それで法学部に入ったの。
ゆくゆくは最高裁の判事になるつもりよ」
「すごいなあ、沙織ちゃんは。人生をしっかりと計画しているんだ」
「そうよ、大学院を出たら司法試験に一発合格。判事になったら1年後に弁護士と結婚、29歳で男の子を出産して3年後には女の子、それから家は・・・」
「わかった、わかった、そこまででいいよ。
僕はどうしようかなあー」
「どうしようかじゃないでしょう? 幸一は弁護士になって私の夫になるのよ。
今日から幸一は私と子供たちをしあわせにするために生きるの。しっかりしてよね!
分かった? もちろんソクラテスも一緒よ」
「弁護士かあ」
「そうよ、幸一ならできる! 一緒にがんばりましょう!」
どうやら幸一の将来は沙織ちゃんに決められたようだ。
過去が現在に影響を与えるように
未来も現在に影響を与える
(哲学者)ニーチェ
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