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第6話 沙織ちゃんと哲学犬

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 今日はバイトも大学も休みだった。

 「ねえソクラテス、公園にお散歩に行こうか? 天気もいいし」
 「久しぶりやな? あの公園、ワシ、大好きや。
 なあ幸一、フリスビーやろう! あれは楽しいで、犬には最高や」
 「じゃあ出掛けようか? ウンチ袋も持って」
 「交尾したいようなメス犬もおるやろか?」
 「いるんじゃない? 今日は日曜日だから」




 サンデーパークは家族連れや恋人同士でいっぱいだった。
 幸一たちはなるべく他の人の迷惑にならない芝生を選び、フリスビーを楽しんでいた。

 「いくよ、ソクラテス!」
 「ワン!」(はよ投げんかワレ!)

 幸一の投げたライトグリーンのフリスビーが、真っ直ぐに飛んでいった。
 ソクラテスは耳を寝かせ、空気抵抗を極力抑えてフリスビーを追いかけ、それをフライングキャッチすると、喜んで幸一のところへ戻って来た。

 ソクラテスの満足そうなドヤ顔。

 (どや幸一、ワシも中々やるやろう?)


 その時、幸一の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。


 「そのワンちゃん、幸一君の犬?」
 「沙織ちゃん・・・」

 幸一は驚き、ソクラテスは思わずチンチンをしてしまった。
 なんと、そこにいたのは幸一のマドンナ、沙織ちゃんが微笑んで立っていたのである。

 (幸一! これがあの沙織ちゃんかいな? えらいべっぴんさんやないけ!)


 幸一は完全に固まってしまった。
 ソクラテスは沙織ちゃんの足もとに、白いお腹を見せて寝そべった。

 (沙織ちゃん、はよ撫でてえなあ)

 「かわいいー、撫でてもいい? お名前は?」
 「ソ、ソクラテスだよ。沙織ちゃん、犬、好きなの?」
 「だーい好き! 猫よりもワンちゃんが好き。
 特にコーギーは憧れだったの。いいなあ、幸一君は」

 ソクラテスは沙織ちゃんにメロメロだった。

 (なんやこのいい香り、そしてこの白くきめ細やかなお手て。
 あー、交尾したーい!)


 「私もフリスビー投げてもいい?」
 「うん、どうぞ、どうぞ」

 幸一はフリスビーを沙織ちゃんに渡した。
 彼女の投げたフリスビーはとんでもなく遠くへ飛んで行き、ソクラテスは必死にそれを追いかけて行った。
 ソクラテスは諦めなかった。走った走った、思いっ切り走った。

 フライングキャッチこそ出来なかったものの、芝の上に落ちたフリスビーをソクラテスは咥え、猛ダッシュで沙織ちゃんのところへ戻って来た。

 (ドヤ、すごいやろワシ? 褒めてんか、沙織ちゃん!)


 ソクラテスが仰向けに寝そべると、沙織ちゃんはソクラテスの白いお腹を撫でた。

 「すごいわね、ソクラテス。じゃあまた投げるわよ、それーっつ!」」


 
 それが何度も繰り返されると、さすがにソクラテスもヘトヘトになっていた。


 (沙織ちゃん、物事には限度ちゅうもんがあるんやで、何事も中庸が大切や、ゼエゼエ)


 「いつもこの公園で散歩してるの?」
 「今日はバイトも学校も休みだったからね? 久しぶりにやって来たんだ」
 「そうだったんだ? ねえ、今度お散歩する時、教えて。私も一緒にソクラテスとお散歩したいから」
 「うれしいなあ、沙織ちゃんとソクラテスのお散歩が出来るなんて」
 「じゃあLINE、交換しようよ」

 幸一はいつ死んでもいいと思った。



 
 家に帰るとソクラテスが言った。

 「あれが沙織ちゃんかいな? なかなかええメス犬、じゃなかった女の子やなあ。
 幸一が惚れるのも無理ないわ。ホンマ、ええ匂いしとったでえ」
 「ありがとうソクラテス、君のお陰だよ」
 「幸一、はよう一緒に暮らそうや。ホンマ楽しいでえ、ワシ、沙織ちゃんの膝枕で寝たい!
 幸一、恋愛はすばらしいで、あの作家の太宰治はんも言うておったわ。

 
      恋愛は、チャンスではないと思う。
      私はそれを意志だと思う。


 流石は恋愛に命をかけた作家さんや。
 幸一、早う交尾せい、ワシ、見て見ぬふりしてやるよってな?」


 余程、疲れたのか、幸一もソクラテスもそのまま折り重なるように眠ってしまった。

 沙織ちゃんの素敵な夢を見ながら。
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