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第7話

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 瑠璃子は直人のLINEをずっと無視していた。
 いきなり着拒にすれば、すぐに家までやって来るかもしれない。
 別れるタイミングと、その理由を瑠璃子は模索していた。


 あれから1か月が過ぎた頃、夫の健介から言われた。
 
 「返事はいらない。嫌じゃなければ、このままここにいて欲しい」
 「それでいいの? 私、あなたをずっと裏切っていたのよ?」
 「君はその間、ずっと苦しかったはずだ。
 時効のない犯罪者のようにね?
 そして思っていたはずだ。
 俺に捕まえて欲しいと。
 早くラクになりたいとね?」

 生まれて来るこの子にとって、それは最善の選択だった。
 だが瑠璃子はそんな自分が許せなかった。
 あまりにも身勝手な自分が。
 
 「あなたはどうしてそんな風に言えるの?
 何でもっと私を責めてくれないの? お前は最低の女だって?」
 「この子には父親が必要だ。
 そして俺たちは子供を待ち望んでいた。
 瑠璃子は施設から子供を引き取りたいとまで言ったじゃないか?
 この子は君の子供だ。
 そして君の子供は俺の子供でもある。
 俺は君も、そしてそのお腹の子供も愛せる自信がある。
 そうでなければ、君と結婚などしてはいない。
 たとえば君に子供が既に存在していたとしても、俺は迷うことなく君にプロポーズしたはずだ。
 君が浮気をしたことが俺への裏切りだという考えを捨てれば、それでいい話だ。
 君はママとして生きればそれでいい。
 では、こうしよう。俺と君は今出会った。
 そして俺は瑠璃子に恋をした。
 「俺と結婚してくれ、君も、そして君のお腹の子も俺が必ずしあわせにする」とね?
 俺は君たちを愛している、だから俺について来て欲しい」

 あの日から夫は変わった。
 自分を僕とは言わず、俺と言うようになり、自分の考えを私にハッキリと伝えるようになった。

 「あなた・・・。許して下さいとはいいません。
 あなたを裏切った罪は、これから長い時間を掛けて償わせて下さい。
 どうかこの子のパパになってあげて下さい。お願いします・・・。
 私、いいママになりたいの。
 そして今度こそ、あなたのいい妻になります」
 「瑠璃子は十分いい奥さんだよ。俺のことはいいからその子のいいママになってやってくれ」

 瑠璃子は自分のお腹を摩りながら、何度も頷き泣いた。

 「俺も、触ってもいいか?」
 「うん・・・」


 (これから、この人があなたのパパよ)

 瑠璃子はお腹の子供に、心の中でそう呟いた。
 


 
 買物から瑠璃子が戻ると、直人が家の前で待っていた。

 「どうして僕を無視するんですか!」
 「クルマで話しましょう。冷蔵庫にお刺身を入れたら行くから。
 いつもの場所で待っていて頂戴」
 「わかりました」


 瑠璃子が直人のクルマの窓をノックした。
 彼女は後部座席に乗った。

 「ここは目立つわ、早く出して頂戴」

 クルマはゆっくりと動き出した。
 運転しながら直人が言った。

 「どうして会ってくれないんですか?」
 「旦那にバレたの。だからあなたもタダでは済まないかもしれないわ。
 だからあなたのことは言わない。言えないの。
 今のあなたに高額な慰謝料なんて払えないでしょう?
 もちろん、会社にもいられなくなるわ。
 いい機会なのよ私たち。もう終わりにしましょう」」
 
 直人の表情が硬くなった。
 わかりやすい子だと思った。

 「それに私、あの人と体外受精をすることにしたの」

 瑠璃子は万が一、子供を連れているところを直人に目撃されても、怪しまれないようにと布石を打ったのだった。

 「体外受精?」
 「そう、「お前が不倫したのは俺たちに子供がいなかったからだ」って言ってね?
 そしてこの前、病院に行って来たの。
 だからあなたもこんなオバサンのことはもう忘れて、もっと若い女の子と付き合いしなさい。
 私たちはもう会えないの、会ってはいけないのよ」

 瑠璃子はウソを吐いた。

 「イヤです」
 「じゃあどうするの?」
 「僕と結婚して下さい」

 それは彼の本心ではないことを、瑠璃子は見抜いていた。
 瑠璃子は思った。
 直人は所詮、かわいいペットだったのだと。
 直人を愛さなかったこと、愛せなかったこと、それがせめてもの救いだった。

 「それはムリ。私を困らせないで」
 「わかりました・・・。
 最後にもう一度だけ、あなたを抱きたい」
 「これ以上私をがっかりさせないで。
 私に嫌われる前に、私の事は良い思い出として忘れなさい。
 わかった?」
 「・・・」




 直人とはそれっきり、二度と会うことはなかった。
 瑠璃子は携帯から直人のすべてを消去した。
 メアドも携帯番号も、そして数々の秘密の動画や画像も。

 瑠璃子から直人の記憶が消された。
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