上 下
16 / 30

9月21日(月)晴れ 入院16日目

しおりを挟む
 入院中は何もすることがない。本も読めないのでもっぱらテレビとラジオで時間を潰す毎日。
 6時にナースの検温とバイタルチェック、点眼。
 食事を終えて診察。そして昼にまた検温と血圧測定、そして点眼。ごはんを食べるといつの間にかまた看護士さんが検温等をして夕食。
 意外にも入院生活の一日は早く過ぎてゆく。

 50歳を超えると老いが迫って来る実感がある。
 40歳では感じなかった体の衰え。
 昔のようには行かない。記憶力もどんどん悪くなって行く。
 
 一体俺はいつまで生きられるのだろう。あと20年? それとも1年? あるいは今日の夕刻に死んでいるかもしれない。先のことなど「神のみぞ知る」だ。
 昭和初期までは「人生50年」と言われていたが、今では100歳など珍しくもなくなった。
 長生きすることはいいことだが、それには長生きするだけの豊かな生活が伴わなければならない。
 健康で財力もあり、妻や子どもたち、孫やひ孫たちにも愛され、穏やかに過ごす老後には憧れる。
 そして最期はそんな家族や友人、愛人たちに看取られて死ねたら本望だ。
 
 人間の一生はどれだけ長く生きたかではなく、いかに生きたかだと思う。
 俺はすべての望みを叶えた。故に自分の人生に後悔はない。
 だが迷惑を掛けた人たちに恩返しがまだ出来ていない。
 このまま死んでしまうには、あまりにも無責任な話だ。
 今こうしてベッドで寝ていると思う。人生は、


       「ありがとう」を集めるスタンプラリー


 なのだと。俺の人生は「ありがとう」を言ってばかりの人生だった。
 「ありがとう」と言われる生き方をしたい。


 死んでしまえば生きている人の記憶から自分が消えてゆく。
 俺の場合は惜しまれて死んで行くことは無理だ。
 花輪も弔問客もなく、無縁仏となって独りで死んでゆくのだ。
 自分のエゴイスティックな「我」がそうさせた。
 それでも今生こんじょうでは無理でも、来世らいせでの生き方をするために、今からでも遅くはない、人の立場を理解して生きる努力はしなければならない。
 自分と一緒にいるだけで、ほっこりしてもらえるようなそんな生き方がしたい。
 やさしくなりたい、強くなりたい。ちゃんとした大人になりたい。

 何かの本で読んだが、「人の一生は28歳までの生き方で決まる」と書いてあった。
 その通りなのかもしれない。俺は25歳で結婚をしたが、精神的にはまだガキだった。
 失明するかもしれない今、子供たちからの電話もメールもない。
 それほど俺は子供たちから嫌われているのだろう。
 寂しくないのかと言えば嘘になる。子供たちに会いたい。
 俺のあぐらの上に座って絵本を読み聞かせてやった息子、「パパ、いっしょにネンネしよう」と、枕を引き摺って俺のところにやって来た娘。

     家族は仲良くなければいけない

 それはただの呪縛だ。何故かいがみ合ってばかりいる家族もいるではないか。
 「こうあるべきだ」などという考えは間違っている。

 自分が相手のために尽くしたかどうかは自分が決めることではない。相手が決めることだ。
 「あんなに愛してやったのに」とは自分の勝手な思い上がりだ。
 相手がどう思おうが、感じようが、それは大した問題ではない。
 何も考えず、見返りを求めない無償の愛。それこそが大切なのだ。

 反省の日々はいつまで続くのだろう? この入院生活はいつ終わるのだろうか?
 怖くて佐藤医師に訊くことが出来ない。
 なぜなら先生からは「退院」の話が一向に出ないからだ。
 つまりそれだけ私の症状は「危うい」ということになる。
 俺は臆病な小心者だ。

 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

★ランブルフィッシュ

菊池昭仁
現代文学
元ヤクザだった川村忠は事業に失敗し、何もかも失った。 そして夜の街で働き始め、そこで様々な人間模様を垣間見る。 生きることの辛さ、切なさの中に生きることの意味を見つけて行く川村。 何が正しくて何が間違っているか? そんなことは人間が後から付けた言い訳に過ぎない。 川村たちは闘魚、ランブルフィッシュのように闘い生きていた。

★【完結】オレンジとボク(作品230729)

菊池昭仁
恋愛
余命を告知された男が 青春時代の淡い初恋の思い出を回想する物語です

★【完結】海辺の朝顔(作品230722)

菊池昭仁
恋愛
余命宣告された男の生き様と 女たちの想い

★【完結】夕凪(作品230822)

菊池昭仁
恋愛
人生に挫折した男が 再び自分をやり直すために小笠原の小さな島へ移住する 島の人たちとの生活の中で 男は次第に「生きることの意味」を見つけてゆく

★【完結】恋ほど切ない恋はない(作品241118)

菊池昭仁
現代文学
熟年離婚をした唐沢は、40年ぶりに中学のクラス会に誘われる。 そこで元マドンナ、後藤祥子と再会し、「大人の恋」をやり直すことになる。 人は幾つになっても恋をしていたいものである。

★【完結】ペルセウス座流星群(作品241024)

菊池昭仁
現代文学
家族を必死に守ろうとした主人公が家族から次第に拒絶されていくという矛盾。 人は何のために生きて、どのように人生を終えるのが理想なのか? 夫として、父親としてのあるべき姿とは? 家族の絆の物語です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

★【完結】進め‼︎ 宇宙帆船『日本丸』(作品230720)

菊池昭仁
現代文学
元航海士だった私のマザーシップ 横浜に係留されている帆船『日本丸』が あの宇宙戦艦になったら面白いだろうなあというSF冒険・ギャグファンタジーです

処理中です...