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9月11日(金)晴れ 入院6日目

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 手術して5日が過ぎた。風呂に入りたい。
 退院したら温泉に行きたいなあ。

 毎日温かいペーパータオルを看護士さんが持って来てくれる。

 「菊池さん、背中、拭いてあげましょうか?」

 ベテラン婦長なら気軽に頼めるが、美人ナースだと気が引ける。
 カラダを拭いてもらうなんてとてもとても。
 それでも快く背中を拭いてくれる。気持ちがいい。

 特に下半身は入念に拭く。もちろん自分で。


 ガーゼを交換する時に左目を少し開けて見たが、グレーにしか見えない。
 それでもいくつかの黒点は消えていた。少しは改善したようだ。

 右目は眼底出血をしてからようやく血が沈殿したらしく、前のように見えるようになった。
 視力は眼鏡使用で1.0。凄く嬉しい。
 このままなら運転免許の更新が出来るかもしれない。
 片目でも眼鏡使用で0.7以上あればいいらしい。
 頭が痛くなるので本は読めないが、テレビが見れるようになった。

 うつ伏せ寝はもう効果がないだろうと自分で勝手に判断し、仰向けに寝てみた。
 久しぶりにぐっすり眠った。
 夢を見た。鮮やかな花の夢だった。
 視力が2.0以上あった頃のように鮮明なカラーの夢だった。

 
 私のベッドは北向きの窓際にあった。
 見えるのは別棟の病棟しか見えない。
 個室や女性の病室は南向きなので、美しい緑や空が見える。
 ヘリポートがあるのでドクターヘリも見えるので退屈はしない筈だ。

 最初、緊急入院ということもあり、相部屋のベッドの空きがなかったので個室を勧められたが、霊媒体質なので怖いのと、入院費が高額なので困った顔をしていると、別な人を個室に回して、私を4人部屋に入れてくれた。

 お金持ちや偉い人のための特別室もあった。
 
 (政治家がマスコミから逃げるための部屋がここなのか?)

 と感心した。
 

 カーテンを開けて病棟の壁を見ていると、婦長が部屋にやって来て叱られた。

 「ダメじゃないですか? うつ伏せ寝をしていないと。
 明るいのは禁物ですからね。安静にしていて下さい」

 サーッとカーテンを引かれてしまった。
 うつ伏せ寝をして、婦長が出ていってから横向きで寝て、イヤホンでテレビを見ていた。


 おふくろに電話をしたが呆れられた。

 「何やってんの! まったく! 遠いからお見舞いには行けないからね!」

 おふくろは少しボケ始めていた。
 親父と別居して、他界した親父は私たち家族と屋敷に住んでいたが、母親は女房と折り合いが悪く、妹夫婦と一緒に暮らしていたが義理の息子とも犬猿の仲になり、自分の故郷で年金暮らしをしていた。

 俺が船を降りたばっかりに、すべてが狂ってしまった。
 俺が家族を不幸にした。
 女房も子供たちも、そして両親も妹、姉ちゃんも。

 だが後悔しても仕方がない。
 すべては終わったことだ。


    覆水盆に返らず


 こうして右目はまた見えるようになった。
 これ以上何を望むというのだ?

 幸福とは「幸福だと感じる心を持つこと」なのだ。

 ポケットに500円があれば、「500円しかない」と嘆くのではなく、「500円もある」と希望を持つことだ。
 そして何よりも俺はまだ、こうして生かされているのだから。

 
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