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9月10日(木)曇り 入院5日目

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 台風18号は秋雨前線の影響を受け、50年に一度の大雨をもたらした。

 何もかもが白い病室。
 井上陽水の『白い一日』を思い出す。

    作詞:小椋佳
    作曲:井上陽水


    真っ白な陶磁器を 眺めては 飽きもせず

    かといって 触れもせず そんな風に 君のまわりで

    僕の一日が過ぎてゆく


 うつ伏せ寝にも慣れて来た。
 病室の患者が家族や恋人と退院して行く。
 そしてまた新しく患者がやって来る。私はすでに牢名主になっていた。

 何もすることもなく、する気にもなれず、出来ることもなく、ただうつ伏せに眠ているだけの退屈な毎日。


 朝昼晩にはナースの体温と血圧のチェック、点眼がある。
 午前中は先生の診察とガーゼの交換。
 看護士さんたちとも仲良くなった。

 「菊池さん、いつも何を書いているんですか?」
 「日記だよ、闘病日記」
 「へえー、マメなんですね?」
 「やることがないからね」
 「目が見えないのによく書けますね?」
 「何となく指の感覚で書いてるから誰も読めないよ。
 自分でも読めないしね?」
 
 入院して気持ちが沈んでいる時に、やさしくしてくれる彼女たちはまさに天使だ。

 この大学病院では看護士さんが食事も運んでくれる。
 看護士さんたちの仕事は過酷だ。
 ここのナースはみんなスレンダーだ。太れる仕事ではないらしい。
 眼科なので定時で帰れるのかもしれないが、精神的にはラクではないはずだ。
 失明して絶望している患者を見るのは辛いだろう。


 仕事を辞めてラーメン屋をやろうかなあ。
 ラーメン屋をやっている時は評判が良かった。
 あの頃は過酷だった。一週間で7kg痩せた。
 グループの風俗店にスナックの店長。キャバクラにホストクラブのマネージャーに立ち飲み屋の店長、居酒屋でのランチに女の子の送迎に店舗開発。管理運営。そしてラーメン屋の店長。
 ラーメン屋は深夜零時から朝の5時まで営業した。
 ヤクザ同士の抗争でドンパチがあったビルの地下の店だったが、常連さんも付いて、結構繁盛した。
 「闇の帝王」からも褒められた。
 「お前は何でもやれるんだな?」

 一日2時間の睡眠時間で死ぬかと思った。
 ラーメンを作るの好きだった。
 スープは佐野実さんのレシピを使った。
 スープが外注の麺では合わず、製麺機が欲しくなった。
 白河ラーメンが一番だと言うヤクザのフロント企業の常務が食べに来て、「会長、コイツのラーメンは俺が完成してやるよ」と言って、翌日、会長に呼ばれて「一緒にやってみないか?」と言われた。
 「私は会長に言われてラーメンを作りました。あの男の好みのラーメンを作る気はありません」と言ったら会長はそれ以上何も言わなかった。
 気が利くパートのおばさんがいれば食ってはいけるだろう。


 目が見えるようになったら旅に出たい。
 北陸がいいなあ。富山、金沢。
 海外はもう無理だ。佐藤医師は飛行機は大丈夫だと言うが、気圧が低くなるのが怖い。
 目がポテチの袋みたいにパンパンになる気がする。
 最期はハワイで死にたい。豪華客船なら行けるかもしれない。
 
 せめてもの救いは日本中、世界中を回ったので、目が見えなくなっても思い出
はある。

 全盲の天才ピアニスト、辻井伸行さんは生まれた時から全盲だったという。
 目が見えていた人が視力を失うのと、元から目が見えない人も夢を見るのだろうか?
 生まれた時から視力を失っていた人でも夢を見るが、「見えない」という。
 つまり「見たこと」ではなく「感じたこと」の夢だそうだ。
 私は途中から視力を失ったが、実に鮮明な夢をカラーで見ることが多い。
 辻井さんのようにピアノは弾けないし、琵琶法師にもなれない。
 これから俺に出来ることは何だろう?
 

 今まで目が見えていたのだからそれで良しとしよう。
 退院したら寿司を食べに行きたい。

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