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第15話 陰膳

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 洋子さんを失った悲しみで、私たちの会話はめっきり少なくなっていた。
 特に洋子さんを姉のように慕っていた沙織ちゃんの憔悴は痛々しいほどだった。
 食事の時は洋子さんの席に「影膳」を据えた。
 テレビを点けていないと、とても間が持たなかった。
 朝のニュース番組では今日もまた、政治家の下劣さが暴かれ、その事実に対して知らぬ存ぜぬを決め込む議員たち。
 私はテレビのチャンネルを変えた。

 

 食事を終え、私たちは作業小屋で正月のしめ縄やしめ飾りを作っていた。
 沙織ちゃんの手が止まり、急に泣き出してしまった。
 真一君は手を休めずに言った。

 「あんないい人、いなかったよね・・・」
 「どうしてそんないい人が・・・、死んじゃうの・・・」

 私と洋介さんは何も言わず、しめ縄を作り続けた。
 私たちは悲しい時には悲しむしかないことを知っていた。



 夜、真一は沙織の部屋の襖の外から声を掛けた。

 「さおりん、まだ起きてる?」
 「うん」
 「あたたかいココアでもどう? 淹れて来てあげようか?」
 「もう歯を磨いたからいい」
 「そう、じゃあおやすみ」
 「真ちゃん、ちょっとお話ししない? 入って来てもいいよ」

 真一は襖を開け、寝ている沙織の隣に座った。

 「中々眠れなくって・・・」
 「僕もだよ。今も洋子さんが傍にいるような気がするんだ」
 「やさしくて、思い遣りがあって・・・。洋子さん、結婚していたの知ってた?」
 「えっ? 洋子さんが?」
 「お医者さんと結婚していたんですって。そしてその旦那さんも病気で死んじゃって、今度は洋子さん。
 そんな酷いことってある?」
 「そうだったんだ・・・。洋子さんは僕のお姉ちゃんみたいな人だった。
 僕が初めてここに来た日、洋子さんは言ってくれたんだ。
 「真一君。ここは自分を赦してあげる場所よ。この大自然がそれを手伝ってくれるわ。これからよろしくね?」
 そう笑って僕と握手してくれた。洋子さんの手、とても温かい手だった。
 僕はダメな警察官だったんだ。周囲に溶け込めず、ドン臭くていつも先輩たちから虐められ、そしてある日、発作的に拳銃を自分に向けて・・・」

 沙織は布団の中から手を出し、真一の手を握った。

 「かわいそうな真ちゃん。一緒に寝てあげるからおいで」

 沙織は布団をめくり、真一を招き入れた。
 ふたりは並んで天井を見上げていた。

 「洋子さんに言われたの。私たちがこの村で結婚して、子供が生まれたら抱っこさせて欲しいって。
 その夢、叶えてあげられなかった・・・」
 「さおりん、結婚しよう。
 そして僕たちの子供を天国の洋子さんに見せてあげようよ」
 「真一・・・」
 「今すぐにとは言わない。沙織の気持ちの整理がつくまで待って・・・」

 沙織が真一の言葉を遮るように、突然キスをしてきた。

 「今日はここまで。寝よう、真一」
 「うん」

 ふたりは手を繋いだまま目を閉じ、久しぶりに熟睡した。





 私は盗聴器のペンを見詰め、決心した。

 (もう止めよう、こんなことは)



 翌朝、『道の駅』の駐車場で新里さんたちと会った。そして私ははっきりと言った。

 「もう協力することは出来ません」

 私はペンを新里さんに返した。

 「なぜです? これをポケットに差しているだけであなたは3万円が貰えるんですよ。こんな美味しいバイトはないじゃありませんか?」
 「確かにいいバイトかもしれません。でも野村さんは私たちの家族なんです。家族を疑うのはもう耐えられません」
 「困りましたねえ~。目黒洋子さんがお亡くなりになったことは残念でした、何でも末期ガンだったそうで。まだお若いのに」
 「彼女の事とは関係ありません。どうしてそこまで・・・」
 「警察ですからね? 私たちは。
 わかりました。それでは仕方がありません、では野村さんには私の方からお話しします。渋山さんがお金を貰ってあなたを盗聴していたとね? 木下沙織さんにもお伝えしないと。あっ、もう木下さんじゃないか、目黒さんの養子になったんですものね? 目黒沙織さんにもお話ししないと」
 「そんな、酷いじゃないですか!」
 「酷い? 酷いのは渋山さんの方でしょう? 仕事を途中で放り出すなんて」
 「・・・」
 「よろしくお願いしますよ、渋山さん。
 私たちはお互いに「パートナー」なんですから。ふふっ」

 新里は盗聴器のペンと現金の入った袋を私に渡した。

 「今回からバイト料、増額しておきましたから。5万円入れてあります。ではよろしくお願いしますよ、渋山さん。我々はもう、ズブズブの関係なんですからね?」

 私はクルマを降り、しばらくそこに立ち尽くしていた。

 (警察がそうまでして洋介さんに関心を寄せるのはどうしてなんだろう?)

 私はまた胸ポケットにペンを差した。
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