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第6話
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母がどうしても会津に帰りたかった理由は、父と結婚する前に残してきた子供が、会津にいたからだった。
私には父親の違う姉がいた。
いつその事実を父に告げたのかはわからないが、父と結婚したいがために、母はその事実を父に隠して結婚したらしい。
私が2歳の時、父は母に言ったそうだ。
「昭仁はまだ小さいから、会津から連れて来て一緒に育てればいいんじゃないか?」
やさしい父らしいと思った。
実はその姉は、祖母の家で長男家族と暮らしていた、私の従姉妹だった。
祖母は別の男性と再婚し、母を実家の曾祖母に預けていた負い目からなのか、母の申し出を了承した。
「お前がコウちゃんとそんなに結婚したいのなら、オレが育てっぺ。
この子はオレの孫だかんな?」
母の兄、私の叔父もそれを快諾したらしい。
叔父夫婦にはすでに長男が生まれていたが、我が子のように姉を育ててくれていた。
そして姉の下に女の子も生まれ、子供は3人になっていた。
田舎に帰るといつも私をかわいがってくれる叔父と叔母が私は大好きだった。
カメラが趣味だった叔母は、上から覗き込むクラッシックカメラでよく子供たちを写真に収めていた。
叔父はブロック工事の職人をしており、叔母は女土方をして生計を立てていた。
ふたりとも読み書きがあまり得意ではなく、運転免許が取れずに現場には自転車や、遠方の現場になるとトラックに乗せてもらい移動していた。
小学校5年生だったと思うが、夏休みに初めて一人で特急『あいづ』に乗り、母に買ってもらった赤いテンガロンハットを被って祖母の家に遊びに行った。
その頃、妹はまだ3歳だったので、私がひとりで帰省することになったのだ。
母が大宮駅で私を指定席に座らせると、周囲の乗客に、
「この子、終点の会津まで行きますのでよろしくお願いします」
と頭を下げていた。
小学生のひとり旅ということで、まわりの人たちはとても親切にしてくれた。
色々と食べ物や飲み物を貰った記憶がある。
私は従兄弟の「ケンボあんちゃん」が大好きで、いつも金魚のフンみたいにくっついていた。
とても面倒見のいい従兄弟で、ケンボあんちゃんは当時中学三年生で新聞配達のバイトをしており、私も自転車の荷台に乗せてもらって一緒に新聞を配って歩いた。
朝刊を家先に出て待っているお爺さんから、「朝早くからごくろうさん」と感謝された。
お爺さんはまだ幼い兄弟が、朝早くから新聞配達をして家計を支えていると感じたのだろう。
新聞配達は従兄弟全員がやっていた。
中学1年生の私の姉も、小学4年生の従姉妹もだ。
そんな大らかな時代だった。
その当時は父親が違う母の弟夫婦も同居しており、大家族だった。
新聞配達を終え、みんなで食べる朝食は美味しかった。
朝食を終えると、叔母からお弁当を作ってもらい、私もケンボあんちゃんの荷台に乗って叔父のブロック工事の手伝いに出掛けた。
オリンパスの工場の下請けのまたその孫請けで、私はケンボあんちゃんと汗だくになって叔父にブロックを運んだ。
すると若いゼネコンの現場監督がやって来て、
「何をやっているんですか! 子供なんか働かせて!」
と叔父は叱責された。
小中学生がヘルメットも被らずに大きな工場の建設現場で働いているのだ。無理もない。
まるでフィリピンや韓国、中国のようだった。
毎日朝は新聞配達、そして現場でブロック積みの手伝い、そして夜は従姉妹たちとチラシの折り込み作業を手伝った。
大して役には立たない私にも、バイト料が入るとケンボあんちゃんは私に千円をくれた。
「昭仁、バイト料だ」
叔父からも千円貰った。うれしかった。
真夏の炎天下でのブロック工事で汗だくになり、叔父が私とケンボあんちゃんに一服休憩の時に買ってくれたファンタのガラス瓶の500ミリリットルの味が忘れられない。
井上陽水の『少年時代』を聴く度、その時の夏空を思い出す。
祖母の家は隣家に挟まれた日の射さない街道筋にあり、小さな天ぷらのお惣菜コーナーを祖母が営んでいた。
評判は良かったようで、母も若い頃は店を手伝っていたと聞いた。
ずっと従姉妹だと思っていた。それが私の姉だと知ったのは中学2年生の時だった。
旦那さんの浮気に悩み、幼い子供ふたりを道連れに無理心中を図った叔母から教えられた。
私には親切だったが義姉だった母のことはあまり良く思っていなかったようだ。
「リカちゃんはアッチャンの本当のお姉ちゃんなんだよ」
だが私はあまり驚かなかった。
血の繋がりとは不思議なもので、以前からなんとなくそんな気がしていたからだ。
姉は私にいつもやさしく、よく世話を焼いてくれた。
だがそんな姉が煩わしくもあり、私は姉とは距離を置いていた。
姉と育ての叔母の関係は良好だった。
姉は叔母を「母ちゃん、母ちゃん」と呼び、叔母もそんな姉に目を細めていた。
叔母も私にはやさしかった。
だがそんな叔母も、
「リカを私に返して欲しい」
と母が懇願した時には、
「そんなことしたらナタで殺す」
と言われたらしい。
自分の身勝手で子供を捨てた母を、叔母は許せなかったのだろう。
でも私はそんな母を責めたりはしない。母は人間として正直だからだ。
そんなことをしたら誹謗中傷をされるのはわかっているはずだ。
それでも母はイケメンの父と結婚したかったのだ。
私が叔母からリカちゃんが姉だと聞かされたことを母に話した。
母はすぐに叔母を呼びつけ烈火の如く激怒した。だが叔母はシラを切った。
私の前でも平然と。
「そんなこと言ってないからあ」
私は姉の自慢の弟だった。
「弟なんです」
うれしそうに他人に紹介する姉。私はただ頭を軽く下げるだけだった。
姉の次女である姪がある時母に言ったそうである。
「どうしてフジコあーちゃんはお母さんを捨てたの?」
母は私にこぼしていた。
「ホント、ミサトはかわいくないわ!」
私は姉の子供たちからは「アキおじちゃん」とよく慕われていた。
それは姉が私のことを子供たちにいつも良く話してくれていたからだろう。
私はいつも姉のことを「リカちゃん」と呼んでいた。
三年前である、初めて電話で「姉ちゃん」と呼んだのは。
姉ちゃんは泣いているようだった。
初めて「姉ちゃん」と呼ばれたうれしさに。
姉はテレビで1時間のドキュメンタリー番組にもなるほどのトラベル・ナースである。
私は自分の病状を告げ、長くないことを告げると姉は言った。
「困ったことがあったらいつでも言いなよ」と。
今更ではあるが、私はそんな姉がいて、本当に良かったと思った。
私には父親の違う姉がいた。
いつその事実を父に告げたのかはわからないが、父と結婚したいがために、母はその事実を父に隠して結婚したらしい。
私が2歳の時、父は母に言ったそうだ。
「昭仁はまだ小さいから、会津から連れて来て一緒に育てればいいんじゃないか?」
やさしい父らしいと思った。
実はその姉は、祖母の家で長男家族と暮らしていた、私の従姉妹だった。
祖母は別の男性と再婚し、母を実家の曾祖母に預けていた負い目からなのか、母の申し出を了承した。
「お前がコウちゃんとそんなに結婚したいのなら、オレが育てっぺ。
この子はオレの孫だかんな?」
母の兄、私の叔父もそれを快諾したらしい。
叔父夫婦にはすでに長男が生まれていたが、我が子のように姉を育ててくれていた。
そして姉の下に女の子も生まれ、子供は3人になっていた。
田舎に帰るといつも私をかわいがってくれる叔父と叔母が私は大好きだった。
カメラが趣味だった叔母は、上から覗き込むクラッシックカメラでよく子供たちを写真に収めていた。
叔父はブロック工事の職人をしており、叔母は女土方をして生計を立てていた。
ふたりとも読み書きがあまり得意ではなく、運転免許が取れずに現場には自転車や、遠方の現場になるとトラックに乗せてもらい移動していた。
小学校5年生だったと思うが、夏休みに初めて一人で特急『あいづ』に乗り、母に買ってもらった赤いテンガロンハットを被って祖母の家に遊びに行った。
その頃、妹はまだ3歳だったので、私がひとりで帰省することになったのだ。
母が大宮駅で私を指定席に座らせると、周囲の乗客に、
「この子、終点の会津まで行きますのでよろしくお願いします」
と頭を下げていた。
小学生のひとり旅ということで、まわりの人たちはとても親切にしてくれた。
色々と食べ物や飲み物を貰った記憶がある。
私は従兄弟の「ケンボあんちゃん」が大好きで、いつも金魚のフンみたいにくっついていた。
とても面倒見のいい従兄弟で、ケンボあんちゃんは当時中学三年生で新聞配達のバイトをしており、私も自転車の荷台に乗せてもらって一緒に新聞を配って歩いた。
朝刊を家先に出て待っているお爺さんから、「朝早くからごくろうさん」と感謝された。
お爺さんはまだ幼い兄弟が、朝早くから新聞配達をして家計を支えていると感じたのだろう。
新聞配達は従兄弟全員がやっていた。
中学1年生の私の姉も、小学4年生の従姉妹もだ。
そんな大らかな時代だった。
その当時は父親が違う母の弟夫婦も同居しており、大家族だった。
新聞配達を終え、みんなで食べる朝食は美味しかった。
朝食を終えると、叔母からお弁当を作ってもらい、私もケンボあんちゃんの荷台に乗って叔父のブロック工事の手伝いに出掛けた。
オリンパスの工場の下請けのまたその孫請けで、私はケンボあんちゃんと汗だくになって叔父にブロックを運んだ。
すると若いゼネコンの現場監督がやって来て、
「何をやっているんですか! 子供なんか働かせて!」
と叔父は叱責された。
小中学生がヘルメットも被らずに大きな工場の建設現場で働いているのだ。無理もない。
まるでフィリピンや韓国、中国のようだった。
毎日朝は新聞配達、そして現場でブロック積みの手伝い、そして夜は従姉妹たちとチラシの折り込み作業を手伝った。
大して役には立たない私にも、バイト料が入るとケンボあんちゃんは私に千円をくれた。
「昭仁、バイト料だ」
叔父からも千円貰った。うれしかった。
真夏の炎天下でのブロック工事で汗だくになり、叔父が私とケンボあんちゃんに一服休憩の時に買ってくれたファンタのガラス瓶の500ミリリットルの味が忘れられない。
井上陽水の『少年時代』を聴く度、その時の夏空を思い出す。
祖母の家は隣家に挟まれた日の射さない街道筋にあり、小さな天ぷらのお惣菜コーナーを祖母が営んでいた。
評判は良かったようで、母も若い頃は店を手伝っていたと聞いた。
ずっと従姉妹だと思っていた。それが私の姉だと知ったのは中学2年生の時だった。
旦那さんの浮気に悩み、幼い子供ふたりを道連れに無理心中を図った叔母から教えられた。
私には親切だったが義姉だった母のことはあまり良く思っていなかったようだ。
「リカちゃんはアッチャンの本当のお姉ちゃんなんだよ」
だが私はあまり驚かなかった。
血の繋がりとは不思議なもので、以前からなんとなくそんな気がしていたからだ。
姉は私にいつもやさしく、よく世話を焼いてくれた。
だがそんな姉が煩わしくもあり、私は姉とは距離を置いていた。
姉と育ての叔母の関係は良好だった。
姉は叔母を「母ちゃん、母ちゃん」と呼び、叔母もそんな姉に目を細めていた。
叔母も私にはやさしかった。
だがそんな叔母も、
「リカを私に返して欲しい」
と母が懇願した時には、
「そんなことしたらナタで殺す」
と言われたらしい。
自分の身勝手で子供を捨てた母を、叔母は許せなかったのだろう。
でも私はそんな母を責めたりはしない。母は人間として正直だからだ。
そんなことをしたら誹謗中傷をされるのはわかっているはずだ。
それでも母はイケメンの父と結婚したかったのだ。
私が叔母からリカちゃんが姉だと聞かされたことを母に話した。
母はすぐに叔母を呼びつけ烈火の如く激怒した。だが叔母はシラを切った。
私の前でも平然と。
「そんなこと言ってないからあ」
私は姉の自慢の弟だった。
「弟なんです」
うれしそうに他人に紹介する姉。私はただ頭を軽く下げるだけだった。
姉の次女である姪がある時母に言ったそうである。
「どうしてフジコあーちゃんはお母さんを捨てたの?」
母は私にこぼしていた。
「ホント、ミサトはかわいくないわ!」
私は姉の子供たちからは「アキおじちゃん」とよく慕われていた。
それは姉が私のことを子供たちにいつも良く話してくれていたからだろう。
私はいつも姉のことを「リカちゃん」と呼んでいた。
三年前である、初めて電話で「姉ちゃん」と呼んだのは。
姉ちゃんは泣いているようだった。
初めて「姉ちゃん」と呼ばれたうれしさに。
姉はテレビで1時間のドキュメンタリー番組にもなるほどのトラベル・ナースである。
私は自分の病状を告げ、長くないことを告げると姉は言った。
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