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第一楽章
第2話 弁護士 椎名錬三郎
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「眠剤も飲まずにぐっすり眠っているわ。可哀想な琴子・・・」
「あんな辛い別れ方をしたんだ、立ち直るには時間は掛かるよ。見守ってあげよう、僕たちで」
疲れていたせいか、ワインの酔いも早く、私と悟は熱いキスを交わし、服の上からお互いの身体に触れた。
琴子が傍で寝ているので、セックスまでは無理だった。
私たちは声を押し殺してペッティングに興じた。
「お口でしてあげましょうか?」
「今夜は遠慮しておくよ。苦しんでいる琴子ちゃんを前に悪いから」
「ごめんなさいね」
悟はそういう男だった。
「お正月が明けたら、琴子と一度、日本に帰ろうと思うの」
「その頃までには琴子ちゃんの気持ちも落ち着くといいね?」
「それは無理だと思う。かなりの重症だから」
「凄く愛していたんだろうな? 彼の事。
僕たちは35年以上も想い続けていたが、琴子ちゃんたちはたった2週間しか愛し合う事が出来なかった。
愛とは付き合っていた長さではなく、僕と久子のように、深さなんだろうな?
琴子ちゃんたちの出会いは本当に運命だったのかもしれない」
「運命なんてものじゃないわ。これは宿命だったのよ。あの子たちの。
生まれた時から決められていた宿命。
いえ、もしかすると、生まれる前からなのかもしれない」
「それじゃ僕と久子が再会出来たことも、宿命だったんだね?」
「そうよ、だいぶ遠回りした宿命だったけどね?」
「でもこうしてまた君と出会うことが出来た」
「奇跡よね?
この子、いつになったらオペラ歌手に戻れるのかしら?」
「焦ってはいけないよ。僕たちは琴子ちゃんを信じて見守ってあげるしかない」
「悟・・・」
トイレに行こうとベッドから降りた時、母と悟さんが抱き合ってソファで眠っていた。
私は見てはいけない物を見てしまったような気がした。それはひとりの女としての母の姿だった。
すると私の気配に気付いた母が目を覚ました。
「トイレ?」
「うん」
私がトイレから戻ると、ふたりは起きてソファに並んで座っていた。
「よく眠れたかい? 琴子ちゃん」
「おかげさまで・・・」
「琴子、先生の依頼してくれた東京の弁護士さんに電話してみたら? 今だと日本は丁度午後の三時過ぎだから」
「まだいいよ」
「お手紙にも書いてあったでしょう? 「なるべく早く」って。
依頼を受けた先生も、お待ちになっているはずよ」
私はあまり気乗りがしなかった。別にお金が欲しいわけではない。私は銀河にもう一度会いたいだけ、死んでしまった銀河に。
「それにその弁護士さんは先生の親友だった人なんでしょう? 先生のお話も聞くことが出来るんじゃない?」
仕方なく、私は手紙に書かれていた電話番号に電話を掛けた。
ただ興味はあった。椎名というその男性が銀河の親友であったなら、母が言うように、私の知らない銀河のことを色々と知っているかもしれないと思ったからだ。
(椎名錬三郎。銀の親友って一体どんな人なのかしら?)
電話が繋がった。
「はい、エンデバー法律事務所でございます」
「海音寺琴子と申しますが、椎名錬三郎先生はお手隙でしょうか?」
「少々お待ち下さいませ」
かなり大きい法律事務所のようだった。
事務所の住所は東京地方裁判所に近い、霞が関になっている。
「お待たせしてすみませんでした。初めまして、弁護士の椎名です」
「海音寺琴子です。初めまして。星野銀河の・・・」
椎名は私の言葉をやさしく制した。
「銀から聞いていますよ。なんでも凄いオペラ歌手さんだそうで?
すみません、僕、クラッシックは苦手なんです。
いつも甲本ヒロトや椎名林檎ばっかり聴いているんですよ。ちなみに同じ椎名ですが、彼女とは何の関係もありません。あはははは」
私も彼につられて少し笑った。
嬉しかった。銀河が私の事を親友の椎名先生に話していてくれていたことが。
でも意外だった。国際弁護士だと言うから、もっと堅物な人なのかと思っていたからだ。
陽気で明るいカウンターテナーの声、温かい人柄が伝わって来た。
「ごめんなさい、余計な話をしてしまって。
では早速本題に入りましょう。銀の資産は現時点で預金、有価証券、不動産、動産等を合わせて234,522,345円。約2億3千万円ほどになります。
それをすべて海音寺さんに相続させるようにと、銀から依頼されています。
失礼ですが銀とは結婚されていたのですか?」
「フランスと日本の婚姻届に彼のサインがされた物は預かっています。もしそれで手続きが上手く進むのであれば使って欲しいと遺書に書いてありました」
「なるほど。フランスでは婚約者が死亡しても結婚は出来るのですが、最終的には大統領の審査が必要になるのです。そして相続に対する権利は生じません。
日本の法律ではそれは認められていません。予めフランスで亡くなることを見越して、生きていることにして婚姻関係を結ばせようとしたのかもしれませんが、それでは後でその事実が発覚した時に、海音寺さんが困ることになってしまいます。
相続ではなく、別な方法を考えましょう。すでに彼からの遺言書は僕にも届いていますので、正確な数字については税理士とも協議の上、お知らせします。
弁護士資格を取得すれば弁理士、社会保険労務士、行政書士、海事補佐人、そして税理士の登録も出来るのですが、税法はしょっちゅ変わるので、とても私では追いつけないんですよ。
やはり餅は餅屋に任せた方がいいですからね? 税金は少しでも安い方がいいですから。駄目ですよね? 弁護士の私がそんなこと言っちゃ。あはははは。
ところで日本にはいつ帰国されますか?」
「お正月が明けたら一度、帰国するつもりです」
「ではその日が決まりましたら、なるべく早くお知らせ下さい。スケジュールを調整しますので」
「お世話になります」
すると椎名弁護士は急に声のトーンを落とし、
「銀の事、本当に残念です。バカですよアイツは。「詩人は不幸じゃなければ詩人じゃねえ」なんてカッコ付けて。
ごめんなさい、いただいた電話でつい長電話をしてしまいました。じゃあ東京でお待ちしています。まだパリは朝の6時ですよね? では失礼いたします」
「貴重なお時間をありがとうございました」
私は少し心が軽くなった。
早くこの弁護士に会ってみたくなった。銀の事をもっと聞きたい、話したいと思った。
「琴子、笑って話していたようだけど、先生、何だって?」
「銀の資産が2億3千万円ほどあるから、その遺産の移行の手続きをするから、東京に戻ったら会いましょうと言われたわ」
「そう」
お金に困っていない母と悟さんは遺産には無関心だったが、私が笑ったことが余程うれしかったのか、目頭を押さえていた。
「ママ、そう言うことでお正月が明けたら私、一度日本に帰るね?」
「私も色々と日本でやらなければならないことがあるから一緒に帰りましょう」
「うん」
「良かった、琴子ちゃんに笑顔が戻って」
「おじ様、ソファで寝かせてごめんなさい。今日は母の宿泊しているホテルでゆっくり休んで下さい。私ならもう大丈夫ですから」
「ありがとう。でもパリでの女性のひとり暮らしは心配だから、このメゾンに僕たちも引っ越して来ようかと思っているんだ」
「えっ、いいの悟?」
「ホテルより安上がりだろう? ここならルーブルやオルセーにも近いしね。そして何よりこの建物が気に入ったんだ。どうだい久子? ここで3人で暮らさないかい?」
「実は私も同じことを考えていたの。ここに大人三人は狭いから、このメゾンに空きがあればと」
「じゃあ今日、早速、不動産屋に行ってみるよ」
「ねえ琴子、気晴らしにクリスマスツリーを買いにいかない? そしてリースとかも」
「それじゃ僕がサンタクロースになるよ」
「私もミニスカサンタになりたい! オバサンサンタだけどね? あはははは」
「あはははは」
そんな楽しそうな母と悟さんを見ていると、私も頬が緩んだ。
「あんな辛い別れ方をしたんだ、立ち直るには時間は掛かるよ。見守ってあげよう、僕たちで」
疲れていたせいか、ワインの酔いも早く、私と悟は熱いキスを交わし、服の上からお互いの身体に触れた。
琴子が傍で寝ているので、セックスまでは無理だった。
私たちは声を押し殺してペッティングに興じた。
「お口でしてあげましょうか?」
「今夜は遠慮しておくよ。苦しんでいる琴子ちゃんを前に悪いから」
「ごめんなさいね」
悟はそういう男だった。
「お正月が明けたら、琴子と一度、日本に帰ろうと思うの」
「その頃までには琴子ちゃんの気持ちも落ち着くといいね?」
「それは無理だと思う。かなりの重症だから」
「凄く愛していたんだろうな? 彼の事。
僕たちは35年以上も想い続けていたが、琴子ちゃんたちはたった2週間しか愛し合う事が出来なかった。
愛とは付き合っていた長さではなく、僕と久子のように、深さなんだろうな?
琴子ちゃんたちの出会いは本当に運命だったのかもしれない」
「運命なんてものじゃないわ。これは宿命だったのよ。あの子たちの。
生まれた時から決められていた宿命。
いえ、もしかすると、生まれる前からなのかもしれない」
「それじゃ僕と久子が再会出来たことも、宿命だったんだね?」
「そうよ、だいぶ遠回りした宿命だったけどね?」
「でもこうしてまた君と出会うことが出来た」
「奇跡よね?
この子、いつになったらオペラ歌手に戻れるのかしら?」
「焦ってはいけないよ。僕たちは琴子ちゃんを信じて見守ってあげるしかない」
「悟・・・」
トイレに行こうとベッドから降りた時、母と悟さんが抱き合ってソファで眠っていた。
私は見てはいけない物を見てしまったような気がした。それはひとりの女としての母の姿だった。
すると私の気配に気付いた母が目を覚ました。
「トイレ?」
「うん」
私がトイレから戻ると、ふたりは起きてソファに並んで座っていた。
「よく眠れたかい? 琴子ちゃん」
「おかげさまで・・・」
「琴子、先生の依頼してくれた東京の弁護士さんに電話してみたら? 今だと日本は丁度午後の三時過ぎだから」
「まだいいよ」
「お手紙にも書いてあったでしょう? 「なるべく早く」って。
依頼を受けた先生も、お待ちになっているはずよ」
私はあまり気乗りがしなかった。別にお金が欲しいわけではない。私は銀河にもう一度会いたいだけ、死んでしまった銀河に。
「それにその弁護士さんは先生の親友だった人なんでしょう? 先生のお話も聞くことが出来るんじゃない?」
仕方なく、私は手紙に書かれていた電話番号に電話を掛けた。
ただ興味はあった。椎名というその男性が銀河の親友であったなら、母が言うように、私の知らない銀河のことを色々と知っているかもしれないと思ったからだ。
(椎名錬三郎。銀の親友って一体どんな人なのかしら?)
電話が繋がった。
「はい、エンデバー法律事務所でございます」
「海音寺琴子と申しますが、椎名錬三郎先生はお手隙でしょうか?」
「少々お待ち下さいませ」
かなり大きい法律事務所のようだった。
事務所の住所は東京地方裁判所に近い、霞が関になっている。
「お待たせしてすみませんでした。初めまして、弁護士の椎名です」
「海音寺琴子です。初めまして。星野銀河の・・・」
椎名は私の言葉をやさしく制した。
「銀から聞いていますよ。なんでも凄いオペラ歌手さんだそうで?
すみません、僕、クラッシックは苦手なんです。
いつも甲本ヒロトや椎名林檎ばっかり聴いているんですよ。ちなみに同じ椎名ですが、彼女とは何の関係もありません。あはははは」
私も彼につられて少し笑った。
嬉しかった。銀河が私の事を親友の椎名先生に話していてくれていたことが。
でも意外だった。国際弁護士だと言うから、もっと堅物な人なのかと思っていたからだ。
陽気で明るいカウンターテナーの声、温かい人柄が伝わって来た。
「ごめんなさい、余計な話をしてしまって。
では早速本題に入りましょう。銀の資産は現時点で預金、有価証券、不動産、動産等を合わせて234,522,345円。約2億3千万円ほどになります。
それをすべて海音寺さんに相続させるようにと、銀から依頼されています。
失礼ですが銀とは結婚されていたのですか?」
「フランスと日本の婚姻届に彼のサインがされた物は預かっています。もしそれで手続きが上手く進むのであれば使って欲しいと遺書に書いてありました」
「なるほど。フランスでは婚約者が死亡しても結婚は出来るのですが、最終的には大統領の審査が必要になるのです。そして相続に対する権利は生じません。
日本の法律ではそれは認められていません。予めフランスで亡くなることを見越して、生きていることにして婚姻関係を結ばせようとしたのかもしれませんが、それでは後でその事実が発覚した時に、海音寺さんが困ることになってしまいます。
相続ではなく、別な方法を考えましょう。すでに彼からの遺言書は僕にも届いていますので、正確な数字については税理士とも協議の上、お知らせします。
弁護士資格を取得すれば弁理士、社会保険労務士、行政書士、海事補佐人、そして税理士の登録も出来るのですが、税法はしょっちゅ変わるので、とても私では追いつけないんですよ。
やはり餅は餅屋に任せた方がいいですからね? 税金は少しでも安い方がいいですから。駄目ですよね? 弁護士の私がそんなこと言っちゃ。あはははは。
ところで日本にはいつ帰国されますか?」
「お正月が明けたら一度、帰国するつもりです」
「ではその日が決まりましたら、なるべく早くお知らせ下さい。スケジュールを調整しますので」
「お世話になります」
すると椎名弁護士は急に声のトーンを落とし、
「銀の事、本当に残念です。バカですよアイツは。「詩人は不幸じゃなければ詩人じゃねえ」なんてカッコ付けて。
ごめんなさい、いただいた電話でつい長電話をしてしまいました。じゃあ東京でお待ちしています。まだパリは朝の6時ですよね? では失礼いたします」
「貴重なお時間をありがとうございました」
私は少し心が軽くなった。
早くこの弁護士に会ってみたくなった。銀の事をもっと聞きたい、話したいと思った。
「琴子、笑って話していたようだけど、先生、何だって?」
「銀の資産が2億3千万円ほどあるから、その遺産の移行の手続きをするから、東京に戻ったら会いましょうと言われたわ」
「そう」
お金に困っていない母と悟さんは遺産には無関心だったが、私が笑ったことが余程うれしかったのか、目頭を押さえていた。
「ママ、そう言うことでお正月が明けたら私、一度日本に帰るね?」
「私も色々と日本でやらなければならないことがあるから一緒に帰りましょう」
「うん」
「良かった、琴子ちゃんに笑顔が戻って」
「おじ様、ソファで寝かせてごめんなさい。今日は母の宿泊しているホテルでゆっくり休んで下さい。私ならもう大丈夫ですから」
「ありがとう。でもパリでの女性のひとり暮らしは心配だから、このメゾンに僕たちも引っ越して来ようかと思っているんだ」
「えっ、いいの悟?」
「ホテルより安上がりだろう? ここならルーブルやオルセーにも近いしね。そして何よりこの建物が気に入ったんだ。どうだい久子? ここで3人で暮らさないかい?」
「実は私も同じことを考えていたの。ここに大人三人は狭いから、このメゾンに空きがあればと」
「じゃあ今日、早速、不動産屋に行ってみるよ」
「ねえ琴子、気晴らしにクリスマスツリーを買いにいかない? そしてリースとかも」
「それじゃ僕がサンタクロースになるよ」
「私もミニスカサンタになりたい! オバサンサンタだけどね? あはははは」
「あはははは」
そんな楽しそうな母と悟さんを見ていると、私も頬が緩んだ。
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