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第4話
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小川係長のヤマネコ・パッケージへの出向が決まった。
係長は自暴自棄になっていた。
小川係長は居酒屋『源五郎』に行くと、ジュリアに言った。
「とりあえず生10杯、すぐに持って来い!」
「オキャクサン、「ちょい飲みセット」ハ 発泡酒1杯ダケダヨ チンポ」
「うるさい! 単品で持って来いって言ってんだ! このバカチンポ!」
ジュリアは驚いた。日本に来て初めて驚いた。
発泡酒ではない、サントリーモルツの生ビールをこのオジサンが頼むなんて!
しかも10杯も!
ジュリアは食い逃げされたら大変だと心配し、店長に相談した。
「店長、ダイジョウブデスカ? チンポ」
「大丈夫だろう? 万が一の時はケツ持ちの竜神会の雅さんに取り立てをお願いするから心配すんな」
「ワカリマシタ、チンポ」
ジュリアのとんでもない日本語に、いつものように店長とスタッフは息が出来ないくらい笑い転げていた。
ジュリアが生ビールをビアホールの給仕のように両手に10杯、ジョキを持って係長のテーブルにやって来た。
「遅い! あと枝豆にフライドポテト、焼き鳥セットに刺身の船盛、ホタルイカの沖漬とカキフライ。
それからサイコロステーキとホッケの開きを持って来い! 大至急だ!」
「ワ、ワカリマシタ、チンポ」
ジュリアはその場に気を失いそうになりながら、震える手でオーダーの端末ボタンを押した。
「オオ・マイ・ガアッー!」
ジュリアは胸の前で十字を切り、神に祈りを捧げた。
明日、この世が滅びるのではないかとジュリアは怯えていた。
小川係長は飲んだ。そして食べまくった。
いつもの「ちょい飲みセット」ではなく、『源五郎』のすべてのメニューをまるで「帰れま10」のように食べて飲んだ。
「ふざけるな! ふざけるなよ!
俺はあと1年、あと1年で定年だったんだ!
それなのに「さいたま」だ? しかも深谷・・・。
俺が一体何をしたというんだ! 俺は、俺はずっと会社のために・・・、ううううう」
係長はとうとう泣き出してしまった。
「お気の毒に。さいたまの深谷ですか・・・。
心中お察し申し上げます」
そこにメフィストが立っていた。
「小川さん、あなたはもう十分やりましたよ。
どうか私にその魂を売って下さい。
そして深谷から逃れるのです。
いいんですか? ネギ臭くなっても?」
「ネギ?」
「そうです、しかも「さいたま」ですよ、海のない」
「海のない、さいたま・・・」
「深谷になると、自宅から片道3時間通勤になってしまいます。
単身赴任になるんですよ、それでもいいんですか?」
「単身赴任・・・」
そうなのだ、今の自宅からはもう通勤は無理だった。
単身赴任しかない。
係長は暗澹たる思いになった。
「いかがです? 私にその魂をお譲り下さい、そして一緒にパラダイスへ参りましょう!
ねえ、小川係長さん?」
メフィストは赤い舌を出して笑った。
「イヤだ! 俺は魂を悪魔に売ってまで快楽に溺れようなんて思わない!
お前のような悪魔に魂を売るくらいなら、俺は深谷へ行く!
たとえネギまみれになろうともだ!」
居酒屋に沸き起こる拍手と歓声!
「よく言った!」
「アンタは偉い!」
「アンタは俺たち新橋の「ちょい飲みセット」族の星だ!」
「ブラボー!」
「愛してるわ!」
「令和の新鮮な野菜組から立候補しろ!」
中には涙を浮かべている者さえいた。
「帰ってくれ! 帰れ! 俺は絶対に魂は売らん!
俺は深谷へ行く!」
たちまち店内にシュプレヒコールが沸き起こった。
「深谷! ねーぎ! 深谷! ねーぎ!」
メフィストは茫然とした。
「諦めない、私は絶対に諦めない!」
メフィストの闘志にメラメラと火が付いた。
係長が家に帰ると、静枝と乃亜が「エンタの神様」を観て、また大口を開けて笑っていた。
「ただいま」
「おかえりなさい、あははは、あははは」
「ちょっと話があるんだ」
それでも静枝と乃亜はテレビに夢中だった。
係長はリモコンでテレビを消した。
「なにすんのよ!」
「パパ、信じらんない! 今、アキラボーイなんだよ!」
係長は言った。
「来月から深谷のヤマネコ・パッケージに出向することになった」
「深谷って、あの「さいたま」の?」
「そうだ、あの「さいたま」の深谷だ」
「元気でね?」
「体に気をつけてね? パパ」
「私たちは大丈夫だから、心配しないで。
先生さようなら、みなさんさようなら」
静枝と乃亜は再びアキラボーイを観て、笑い転げた。
係長はうな垂れて、風呂場へ向かった。
今日は風呂の湯の温度は42℃にして、肩までたっぷりと湯を張った。
「俺の人生は終わったな・・・」
そこへまた、メフィストが現れた。
「アンタもしつこいなあ、売らんと言ったら売らないの!」
「では、こういたしましょう。
王宮生活をトライアルしてみませんか?」
「トライアル?」
「そうです。1週間だけ、酒池肉林の王宮パラダイスをご堪能いただき、そこでご満足いただければご契約ということでいかがでしょうか?」
「いわゆるクーリング・オフみたいなやつか?」
「そうです、そうです。
いかがですか? 係長さんに損はないと思いますが?
もしもご不満な点がございましたら、どうぞ消費者生活センターにでもご相談いただいて結構です」
メフィストはニヤリと笑った。
(王宮で王様のような生活をすれば、どんな人間でも必ず落ちる。
なぜなら人間は欲の塊だからな? ウヒヒヒヒ)
係長は思った。
俺にはもう何も失う物はない。会社も家族もすべて失った俺に、生きる希望はなくなってしまったと。
「わかりました、トライアルに応募します」
「ホントですかあ! ありがとうございます!
ではこちらの仮契約書にサインをお願いします!
明後日の満月の夜、お迎えに参ります。
なおトラベルセットは必要ありません、すべて用意してありますので。
お体ひとつでご参加下さい」
小川係長が仮契約書にサインをすると、メフィストは飛び跳ねて喜んでいた。
そしてメフィストは大きくガッツポーズを決めた。
「よっしゃあああ!」
係長は自暴自棄になっていた。
小川係長は居酒屋『源五郎』に行くと、ジュリアに言った。
「とりあえず生10杯、すぐに持って来い!」
「オキャクサン、「ちょい飲みセット」ハ 発泡酒1杯ダケダヨ チンポ」
「うるさい! 単品で持って来いって言ってんだ! このバカチンポ!」
ジュリアは驚いた。日本に来て初めて驚いた。
発泡酒ではない、サントリーモルツの生ビールをこのオジサンが頼むなんて!
しかも10杯も!
ジュリアは食い逃げされたら大変だと心配し、店長に相談した。
「店長、ダイジョウブデスカ? チンポ」
「大丈夫だろう? 万が一の時はケツ持ちの竜神会の雅さんに取り立てをお願いするから心配すんな」
「ワカリマシタ、チンポ」
ジュリアのとんでもない日本語に、いつものように店長とスタッフは息が出来ないくらい笑い転げていた。
ジュリアが生ビールをビアホールの給仕のように両手に10杯、ジョキを持って係長のテーブルにやって来た。
「遅い! あと枝豆にフライドポテト、焼き鳥セットに刺身の船盛、ホタルイカの沖漬とカキフライ。
それからサイコロステーキとホッケの開きを持って来い! 大至急だ!」
「ワ、ワカリマシタ、チンポ」
ジュリアはその場に気を失いそうになりながら、震える手でオーダーの端末ボタンを押した。
「オオ・マイ・ガアッー!」
ジュリアは胸の前で十字を切り、神に祈りを捧げた。
明日、この世が滅びるのではないかとジュリアは怯えていた。
小川係長は飲んだ。そして食べまくった。
いつもの「ちょい飲みセット」ではなく、『源五郎』のすべてのメニューをまるで「帰れま10」のように食べて飲んだ。
「ふざけるな! ふざけるなよ!
俺はあと1年、あと1年で定年だったんだ!
それなのに「さいたま」だ? しかも深谷・・・。
俺が一体何をしたというんだ! 俺は、俺はずっと会社のために・・・、ううううう」
係長はとうとう泣き出してしまった。
「お気の毒に。さいたまの深谷ですか・・・。
心中お察し申し上げます」
そこにメフィストが立っていた。
「小川さん、あなたはもう十分やりましたよ。
どうか私にその魂を売って下さい。
そして深谷から逃れるのです。
いいんですか? ネギ臭くなっても?」
「ネギ?」
「そうです、しかも「さいたま」ですよ、海のない」
「海のない、さいたま・・・」
「深谷になると、自宅から片道3時間通勤になってしまいます。
単身赴任になるんですよ、それでもいいんですか?」
「単身赴任・・・」
そうなのだ、今の自宅からはもう通勤は無理だった。
単身赴任しかない。
係長は暗澹たる思いになった。
「いかがです? 私にその魂をお譲り下さい、そして一緒にパラダイスへ参りましょう!
ねえ、小川係長さん?」
メフィストは赤い舌を出して笑った。
「イヤだ! 俺は魂を悪魔に売ってまで快楽に溺れようなんて思わない!
お前のような悪魔に魂を売るくらいなら、俺は深谷へ行く!
たとえネギまみれになろうともだ!」
居酒屋に沸き起こる拍手と歓声!
「よく言った!」
「アンタは偉い!」
「アンタは俺たち新橋の「ちょい飲みセット」族の星だ!」
「ブラボー!」
「愛してるわ!」
「令和の新鮮な野菜組から立候補しろ!」
中には涙を浮かべている者さえいた。
「帰ってくれ! 帰れ! 俺は絶対に魂は売らん!
俺は深谷へ行く!」
たちまち店内にシュプレヒコールが沸き起こった。
「深谷! ねーぎ! 深谷! ねーぎ!」
メフィストは茫然とした。
「諦めない、私は絶対に諦めない!」
メフィストの闘志にメラメラと火が付いた。
係長が家に帰ると、静枝と乃亜が「エンタの神様」を観て、また大口を開けて笑っていた。
「ただいま」
「おかえりなさい、あははは、あははは」
「ちょっと話があるんだ」
それでも静枝と乃亜はテレビに夢中だった。
係長はリモコンでテレビを消した。
「なにすんのよ!」
「パパ、信じらんない! 今、アキラボーイなんだよ!」
係長は言った。
「来月から深谷のヤマネコ・パッケージに出向することになった」
「深谷って、あの「さいたま」の?」
「そうだ、あの「さいたま」の深谷だ」
「元気でね?」
「体に気をつけてね? パパ」
「私たちは大丈夫だから、心配しないで。
先生さようなら、みなさんさようなら」
静枝と乃亜は再びアキラボーイを観て、笑い転げた。
係長はうな垂れて、風呂場へ向かった。
今日は風呂の湯の温度は42℃にして、肩までたっぷりと湯を張った。
「俺の人生は終わったな・・・」
そこへまた、メフィストが現れた。
「アンタもしつこいなあ、売らんと言ったら売らないの!」
「では、こういたしましょう。
王宮生活をトライアルしてみませんか?」
「トライアル?」
「そうです。1週間だけ、酒池肉林の王宮パラダイスをご堪能いただき、そこでご満足いただければご契約ということでいかがでしょうか?」
「いわゆるクーリング・オフみたいなやつか?」
「そうです、そうです。
いかがですか? 係長さんに損はないと思いますが?
もしもご不満な点がございましたら、どうぞ消費者生活センターにでもご相談いただいて結構です」
メフィストはニヤリと笑った。
(王宮で王様のような生活をすれば、どんな人間でも必ず落ちる。
なぜなら人間は欲の塊だからな? ウヒヒヒヒ)
係長は思った。
俺にはもう何も失う物はない。会社も家族もすべて失った俺に、生きる希望はなくなってしまったと。
「わかりました、トライアルに応募します」
「ホントですかあ! ありがとうございます!
ではこちらの仮契約書にサインをお願いします!
明後日の満月の夜、お迎えに参ります。
なおトラベルセットは必要ありません、すべて用意してありますので。
お体ひとつでご参加下さい」
小川係長が仮契約書にサインをすると、メフィストは飛び跳ねて喜んでいた。
そしてメフィストは大きくガッツポーズを決めた。
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