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第7話

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「満さん、お風呂どうぞー。
 着替えは主人の物だけど、もちろん新品だからそれを使って頂戴ね。
 どうせ脱いじゃうんでしょうけどね?
 沙恵も一緒に入ったら? アハハハハ」
 「すみません。お言葉に甘えさせていただきます。
 では、お先に」

 彼が脱衣場に行くと、母が言った。

 「良かったわね? あの人なら大丈夫。しあわせになるのよ、沙恵」
 「お母さん・・・」
 「男はね、お酒の飲み方で器量がわかるものよ。
 満さんは気配りの出来る人だわ。
 きちんとお父さんにも手を合わせてくれた。
 結城さんは誠実な人よ。いい人とめぐり逢えたわね?」
 「お母さんのことも大切にしてくれているしね?
 彼が言ったのよ、「お母さんに会わせて欲しい」って」
 「でも不思議よね? 男の人がいるだけで、こんなにも安心するものなのかしら?
 沙恵とふたりの時には気にしてはいなかったけど」
 「ホント、男の人がいるだけでホッとするような、守られているって感じがするもんね?」
 「そうね、所詮、女は女だからね?」
 「女のしあわせって、やっぱり男次第なのかも知れない」
 「ただし、良い男ね。
 満さんがお風呂から上がったら先に入りなさい。私は後でゆっくり入るから。
 お布団敷いて来るわね?」
 「うん、ありがとう」

 そう言うと、母は布団を敷きに客間へと向かった。



 私が食器を洗っていると、彼がお風呂から上がって来た。

 「ああ、いい風呂だったー」
 「父のために買ったパジャマだから、ちょっと小さいわね?
 うふっ、ズボンがバミューダパンツみたい」
 「そうかなあ? でもうれしいよ、お母さんに認めてもらえて」
 「母も喜んでいたわ。ビール飲む?」
 「もういらない。今日はかなりごちそうになったからね?
 何か手伝おうか?」
 「ううん、大丈夫。テレビでも見いて。
 私もお風呂に入って来るから」



 お風呂から上がり客間に行くと、布団がピッタリと並べて敷かれていた。

 「なんだか新婚旅行に来たみたいだね?」
 「リゾートホテルじゃなくて、民宿だけどね?」

 そう言って私たちは笑った。
 私は彼の布団に入った。

 「お邪魔します」
 「君の家だよ」
 「あっ、そうだった」
 「あのさ、結婚したら、お母さんと三人でここで暮らさないか?」
 「えっ、いいの? だってみっちゃんは長男でしょう?
 ご両親と同居でもいいわよ、私は」
 「僕の方は大丈夫なんだ。妹夫婦が親との同居を望んでいるしね。
 それに両親は僕の自由でいいと言ってくれている。
 君とお義母さんがイヤじゃなければの話だけど」
 「ううん、母もきっと喜ぶと思うわ。ありがとう、みっちゃん。
 何だか悪いわね? 私の親と同居なんて」
 「三人で暮らそう。その方が楽しいだろう?」
 「今日みたいに大きな声、出せないわよ。お母さんに聴こえちゃうから」

 私は彼に甘えた。

 彼が母との同居を自分から言ってくれた。
 実はそれが唯一の結婚への気掛かりでもあったからだ。
 大好きな母をひとりには出来ないし、したくはなかった。
 どうしてこの人は私の気にしていることがわかるんだろう?
 母をひとりにするには気が引けていたのは事実だった。


 私は彼にキスをした。
 そして私たちは布団の中で声を殺して魚になった。
 二階で寝ている母に気付かれないように。

 男に抱かれて眠るしあわせを、私は堪能した。




 翌朝の日曜日、私と母は朝食の支度を整え、3人で食卓を囲んだ。
 卵焼きにアジの干物、九州の伯父さんから送られて来た博多の明太子にキュウリの浅漬、切干大根とひじきと薩摩揚げの煮物。それにお豆腐の味噌汁とご飯の朝食。
 いつもと変わらない朝食が、彼がいることでこんなにもふくよかな食事になっていた。


 「満さん、ご飯のお替りは?」
 「ありがとうございます。じゃあ、お願いします。
 お母さんと沙恵のご飯、とても美味しいです!
 結婚して同居したら太っちゃうなあー」
 「同居はしないわよ、これでもお母さん、結構モテるのよ。うふふ。
 私のことはいいから、しあわせになりなさい」

 そう言って母は私たちに気を遣ってみせた。

 「夕べも沙恵と話したんです、結婚したらここで一緒に暮らそうって。
 僕、ずっとマスオさんに憧れていたんです」
 「本気で言ってるの?」
 「そうよ、お母さん。三人でここで暮らそう」
 「もしかすると家族が増えるかもしれませんしね?」
 「いやよ、お婆ちゃんだなんて」

 母はとてもうれしそうだった。
 私と母はしばらく、こんな家族団欒を忘れていた。

 「お母さん、お替り下さい!」
 「ハイハイ、明太子もまだあるわよ。
 そう言えば、イカの沖漬もあったわよねー?
 ちょっと待ってて、今、持って来るから」

 それは初夏の爽やかな日曜日の朝だった。
 私はその時、リビングのカーテンをブルーに変えようと思いついた。

 そんなやさしい彼のために。
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